宝桜へ級
戦姫の居場所を食堂に行き着くまでの間聞きいていた際、何事も無く食堂に着いた。
食堂内の調理場には、残念ながら食材は少ない。
余程貧相な食事なのだろうか、辛うじて電力が通っている冷蔵庫には何も入っておらず、殆どが漬物や調味料だけだった。
幸い、米と巨大な釜があったので、それで米を炊こうと思う。
自炊はあまりしないが、訓練校では米の炊き方ほど教えて貰ったので、早速米を研ぐ。
紫閃は壁に項垂れながら、自分が料理をする様を眺めている。
手負いなので、手伝ってくれとは言わないが、せめて話だけでもしたい。
米を研いで、釜の中に水を入れ蓋をする、ガスコンロに火を付けて釜を置いた。
これで後は火に気を付けていれば、米は炊く。
「紫閃、後は頼む、私は今から他の戦姫を呼んでくる」
紫閃は痛む横腹を抑えながら、料理の後始末を自分に押し付けられて絶句している。
料理は出来ないわけじゃないだろうと自分は言って、布巾で両手の水気を取り除いて手袋をはめた。
無論、料理を作る際軍帽子は脱いでいたので、それも被る。
やはり手負いの者に作業は駄目かと思っていたが、意外にも紫閃はあたふたしながらも釜を見ている。
「紫閃、始めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子無いても蓋取るな、だぞ」
そう助言して、自分は急ぐ様に尋問室へと向かった。
濁る様に澄んだ空気。
其処から溢れるように流れてくる鉄の匂いが、その部屋で起こった残響を物語る。
その部屋で、ただ独りポツンと座る少女は、闇に差し込む扉の光にすら目もくれない。
美しい程まで柔らかい茶色の毛並み、瞳は黒で、やはりハイライトは消えている。
かろうじてその少女が生きていると思わせるのは、その絶壁に似た幼児体系、基胸元の動きから薄い桜色の唇が微かに息を漏らしている事が分かる。
「初めまして、宝桜ヘ級」
自分は一応手袋を外し、彼女との握手を試みるが、やはり失敗に終わった。
宝桜、彼女は『火兵型』の「戦姫」だ、主に重火器を用い、遠距離、中距離からの攻撃を得意とする援護基最大火力を持つ戦姫だ。
さらに資料を見るからに、彼女の『 国宝桜』は、相応の能力だと聞く。
詳しい事は資料に書いてはいないが、察するに、彼女がこの握島本部内での最大戦力とも言える戦姫だろう。
「―――何しに来たの? あなた、だれ?」
しかし、今こうして見れば、赤子も同然とも言える程の無能。
精神が不安定ゆえに、今こうして独りにして心を落ち着かせているというが、それは困る。
「私は今日から配属された司令官である、名前は、八木よし――――」
―――刹那として剥かれた牙は、しばらくして宝桜の指先だと知る。
「(く、糞、殺気に気が付かなければ、死んでいた!)」
文字通り、目にも留まらぬ速さで繰り出された宝桜の一撃は、偶然にも右手で宝桜の手首を掴んでいる。
本来、戦姫の一撃は、それは並の人間では到底太刀打ちできない程の威力。
しかし、疲労、体力の低下で弱体化していた為、何とか彼女の一撃を受け止める事が出来たが、弱体化しても何と言う特攻力。
大の大人が、地面に足を固定しても後ろに押される力強さだ。
欲しい。
自分は、彼女の全力が、どれ程の強さなのか、見てみたかった。
最高だ、もし、全力で戦えるのならば、きっと機動力で敵を翻弄し、圧倒的火力で敵を粉砕できるのだろう。
しかし、今子の現状では夢物語。
勝率は一%も無いこの状況。
そう簡単に、自分の思惑が進む筈も無い。
「もう嫌だ!! また私達を戦場に送るのか!? あの、あの死が通う所に!! 私のともだちはあそこで死んだ!!あそこに行くくらいなら、お前を殺す!! 行きたくない、私は、あそこに逝きたくない!!」
悲痛の叫び、耳が声を伝い、脳に伝える彼女の言葉。
胸を裂く様な痛みを感じる、そうか、戦姫、彼女は、まだ幼いのだ。
大日本帝国ならば、子供は国の宝として、すべてに置いて優先されるのは子供達の命。
しかし、戦姫は道具として扱われる、歳相応の対応など、された事が無いのだろう。
可哀想だと思う、同情もしてしまう、けれど。
「…………宝桜ヘ級、今さっきの言葉使いとこの攻撃、気をつけろ今回は不問にするが、次は無いぞ」
彼女は兵士だ、戦士であり、私の部下だ。
故に、上司らしく振る舞いをしよう、上司らしく罰を与えよう。
「ふざける―――」
「ふざけているのはお前だ!! 戦場に送る!? 当たり前だ、貴様は兵士だ、戦士であり私の駒だ!! 私がどう使おうが私の勝手だ!!」
言葉の刃は彼女の首元に当てる、恐怖し、恐れを抱く目。
だがこれでいい、恐れを抱く、と言う事は、俺の言葉を聴いている証拠だ。
「………やだ、まだ、死にたくない」
涙をこぼしながら、舌っ足らずな発音。
自分の胸を裂くような痛みはいっそう体に広まる。
しかし、言わなければならない。
彼女を救うための嘘を。
彼女をもう一度、戦わせるための虚勢を。
「貴様の手足、心臓、血液、脳髄、瞳、耳、口、細胞一つ残らず私が使う、私がだ!! 故に、私が指揮をするからには、貴様には死んでもらっては困る」
空気が変わる、彼女の涙は止まり、少しだけ俺の顔を見る。
その大きな瞳に写る、自分の顔は、何とも言えない程、醜く偽善で最悪な顔をしていた。
最低だ、と自分に罵る、糞みたいな言葉で人を動かす偽善者。
結局のところ、俺は他の人間とは変わりない。
「貴様は駒だ、だが、捨て駒ではない」
この言葉を聞いて、彼女は何と思ったのか、俺にはわからない。
ただ、呆然としていて、泣きじゃくりながら地面に蹲る姿を、俺はただ呆然と眺めていた。