司令官、八木吉家着任
大日本帝国第二十三区名称「握島」に今日より自分は配属される。
錆の付いた運用トラックの荷台に揺られながら自分は上官より渡された「戦姫」の資料を確認する。
【『次世代生物兵器、通称「戦姫」』は、女性器を使用し、卵巣に覚醒細胞を打ち込み受胎させ、人間に似た文字通りの生物兵器である。
「戦姫」の実力は実に戦闘機一機とも渡り合う事が出来、身体能力は実に並の人間では太刀打ちする所か傷一つ与える事は出来ないだろう、更に「戦姫」最大の利得は覚醒細胞により発現された異能である。
データ参照として大日本帝国軍所属『白兵型、浅巾ホ級』を推奨。
彼女の異能力『 天照大白兵』は本来持つ身体能力を倍化し、更に飛行能力を発現させる事が可能になる事が確認された。
この様に様々な検証を行った結果、「戦姫」には異なる能力を持つ事が発見される。
備考として「戦姫」は文字通りとして全て女性である】
そこまで資料を読んだ時に、胸ポケットに入れた交信機が鳴り出した。
交信機を取り出すと、手袋を歯で噛んで脱ぎ捨て、通話ボタンを押した。
『よぉ、八木くぅん?』
声の主は長月上官だ。
上官はくぐもった声で話し出す。
『まず最初に、二度目の司令官おめでとう。お前の行く「握島」は今や崩壊寸前の城壁だ。敵国は半月も待たない内に握島を手に入れてしまうだろうねぇ、いやぁ可哀想に、約束された負け戦に片足を突っ込んだ物だ、まぁ、私の顔に泥を塗ったんだ、「握島」と共に消えろ、八木』
長月上官は苦い声を出しながら言う、きっと自分が殴った傷が痛むのだろう。
一言喋る事に苦痛に歪ませる顔が目に浮かぶ。
長月上官は、自分の上官であり、「握島」へと移送する原因となった人間だ。
彼を一言で表すのであれば、「最悪な人間」と言うのが正しいだろう。
彼は大日本帝国本部に所属する自分の下上司だ、彼は安全地帯である本部に飽きを感じたのか、暇つぶしとして「戦姫」に手を出した。
その行為を見つけた俺は特に何も考えず、その上官を殴った事が不味かった、長月上官は、所謂コネで上り詰めた人間だ。
表向きは暴漢及び反逆罪により移送、その裏は最高階級を持つ長月総帥の息子に手を出した事で総帥の怒りを買い、島流しと言う形になった。
「申しますが、「戦姫」に手を出したのは貴方だ、卑猥な行為をした挙句、証拠を隠滅しようと「戦姫」を反逆罪として処分しようとしたんだ、「戦姫」は、貴方の欲を満たす道具では無いです」
交信機に向かって静かに怒鳴りつける。
交信機はしばし沈黙をした後、長月上官は喋りだした。
『……道具さ、少なくとも戦争の主格になっている、お前も馬鹿だねぇ、大人しくしていりゃあ今頃は安全圏に入る本部に永住できたのに、俺を殴ったお陰で今じゃこうして移送されてんだからよぉ』
危機として喋る長月上官の声は、少なくとも自分の気分を害すのには十分で、一刻も早く切ってやりたいが、彼の言う事も最もである。
今の時代は戦争が主だ、自らの済む地区が戦争の地帯になる事など稀ではない、唯一つ安全圏があるとすれば、中心区にある大日本帝国本部だ。
全ての「戦姫」を収納し、尚且つ防護と武装された城壁内には、貴族や上官類の親族や家族が住んでいる。
自分は兵士として志願し、運良く大日本帝国本部に配属された。
「―――確かに、貴方に何もしなければ危険の無い人生を歩めたかも知れません」
残念だなぁ、と、ねっとりとした声色で相槌を打つ。
安全圏に入る本部に居れば、戦争なんて行かなくても良いのだろう、それはきっと、心安らぐ人生なのだろう。
だが。
「が、しかし、どうやら私は御山の大将よりも、銃持って敵国に突っ込んだ方が性に合ってるらしいです、それに悪徳上官に正義の鉄槌、見事移送行きとは、大義名分、素晴らしく格好良いじゃないか」
なッ、と長月上官の声が聞こえた、その驚愕の声はきっと暴言ではなく自分が敬語を止めたからだろう。
長月長官が口を開けながら硬直する姿を眺めて、少しだけ苦笑する。
「最後に一つだけ、貴様は負け戦と言ったが、それは戦場を直で見ていないからそんな事が言えるんだ。電子機器に乗っているデータだけ見ても、それだけで勝敗なんて分かりはしない」
その言葉は実の所虚勢だ。
苦し紛れのいい訳。
本当は負け戦なんて分かっている。
「握島」にはもう守るべき物は無い、価値の無い地区に国が援助するなんて到底思えない。
長月上官が言ったとおり、崩壊寸前の城壁、自分が現場に向かったところで、ゼロに近い勝率が一%になるだけだ。
たかが一%上がったところで、何も変わりはしない。
だけど。
「敢えて言わしてもらおう、ありがとう」
それでも。
「私は国を護る、それどころか敵国の地区も盗り名誉賞を頂いて、貴様よりも上に行く」
ここで言わなければ自分は戦争に怯む負け犬になってしまう。
「今一度言わして貰おう、大義名分、ありがとう」
それだけは嫌だ、あの時みたいになりたく無い。
『キ、サマァ!! 上官である私に、何て口の聞きか―――』
言いたい事は言ったので交信機の電源を落とす。
運用トラックは以前変わりなく移動を続けている。
時折地面の石を踏んだのか機体が上下に動き、それに従い自分も上空へと少しだけ浮く。
さて、あんな事を言ったのだ。
もう後戻りは出来ない。
弱弱しく笑みを浮かべて、今一度資料に目を通す。
【「握島」に配属している「戦姫」は六体。
「『白兵型』紫閃ト級」、機体ニ損傷アリ
「『火兵型』宝桜ヘ級」、精神ニ異常アリ
「『騎兵型』独斑ロ級」、精神ニ異常アリ
「『偵兵型』文寄ニ級」、能力ニ異常アリ
「『工兵型』了師ハ級」、機体ニ損傷アリ
「『伏兵型』所夜ニ級」、現段階異常ナシ
戦死兵一体、「『衛兵型』春定イ級」、司令官ヲ庇イ名誉ノ死傷】
これが「握島」に所属する自分の兵であり部下である。
「損傷二名、精神異常二名、能力異常一名に、異常ナシ一名か……」
足りない、これでは勝つ確率も下がる訳だ。
本来ならば「戦姫」だから大丈夫だろうという人間も居るかもしれない。
一人一人が戦闘機並みの威力を持ち、尚且つ「武装」をしている。
七種類の型が集まれば、軍隊と渡り歩ける程で、最早普通の人間や兵器では太刀打ち出来ないだろう。
それこそ戦争の主格は「戦姫」と呼ばれ程で、今や「戦姫」を使わない地区は無いだろう。
故に自分の所属する大日本帝国軍以外にも、「戦姫」を使用する国は当然にある。
だからこそ、損傷、及び精神異常がある我が「戦姫」を連れて勝つ勝率は限りなく低いと言えるのだ。
「まずはそこから改変しなければな……」
自分がまず先に改変しなければならない所を決め、少しだけ仮眠を取った時には、既に司令塔である「握島本部」に到着していた。