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黒崎くんは吸血鬼  作者: 工藤啓喜
4/78

第一話 3

★★★


と、そんな事もあったが、身体の事はどうにか慣れつつあった。真祖と同等とはいえ蓮は中途半端な吸血鬼で、ホンモノの吸血鬼のように、欠損した部分を瞬時に再生できないらしい。


エルウィン曰く、変化した身体が馴染んでくれば、再生する速度も上がるが、それは人間から遠ざかることだと言っていた。


「どうかしましたかな?黒崎様」


しばらく、黙り込んでいた蓮に、エルウィンが声を掛ける。


「いや?何でも。」


そうですか。とエルウィンは微笑んだ。

この老人は、本当に穏やかな気質で、好々爺と呼ぶに相応しかった。

若い頃は、最強と呼ばれた吸血鬼には、とても思えなかった。


「しかし、よくご自身の事を受け入れることができましたね。黒崎様?私はもうしばらく、時間を要すると思っていましたが」


確かに‥普通なら、事故から目が覚めて、自分の肉体が元通りのモノじゃなく、全く別のモノになっていたという事実を突き付けられれば、冷静ではいられないだろう。

蓮は楽観的な思考回路だったのか、割とすぐに対応できた。


最も、吸血鬼だということが、半信半疑だった故に、あんなバカげた事をしたのだが。


「よく言うだろ?習うより慣れろってさ」

「…私も、長いこと吸血鬼やっていますが、あのような馬鹿な事をなさったのは、黒崎様だけですよ…」

「ぐっ…」


彼も、まさか自分の右手を切り落として再生できるかどうか、試すなどということを本当にやる者が、いるとは思わなかったらしく、あの時、蓮の話を聞いて右腕を見た時は、本気で頭を抱えていた。


「あのような事は、今後、くれぐれもお止めになって下さいね。黒崎様の身体は、まだ完全な吸血鬼ではないのですから…あの時、私が、たまたま屋敷に居たからよかったものの、居なかったら死んでいましたよ」

「いや、ホラ、結果オーライって言うか。生きているんだし、いいかなって」

「駄目です。私は、若様に貴方の事を頼まれているんです。……貴方が、日常の暮らしに戻れる様にサポートするのが、私の務めなのです。任されていきなり死なれるなど、私の矜恃に反します!」

「へーいへい。わかりました。もうしませんよ」


蓮は、いい加減な感じで、答えたが、エルウィンは、満足したように「それなら良いのです」と頷いた。

蓮はエルウィンを見て苦笑しながら、ふと辺りを見回す。


特区は闇の眷属(ナイトメア)と呼ばれる人外達が、暮らす場所だと聞かされていたが、驚くほど、穏やかで、普通の所だった。


スーパーもあれば、カラオケもあるし、雑貨屋もある。

なんなら、キャバクラやちょっと大人のお店やパチンコ屋なんかもあったりする。


闘いや血生臭い事が、起こっているとは思えなかった。


しかし、その裏で、人間達に牙をむく者達も多いのは事実で、そのようなことがないように囲いを作り、監獄のような一面もある。


だか、人間社会と特区は、完全に隔離されているわけではなく、都市に近いこともあって、普通の観光客も、訪れることもある。


現にここ、特区の資金調達は、外部からの観光客によって、大部分が賄われている。普通の人が、暮らす世界と何ら変わらない、どこにでもありそうな暮らしだった。


「…そう言えば、じいやさん。前に言っていた“王”って何なんだ?」

「おや?“王”に興味が、ありますかな?」

「興味っていうか、なんとなく聞いておいた方がいい気がして」

「なるほど。確かに。私としたことが、すっかり忘れてしまいましたな」


エルウィンは、穏やかにほっほっほと、笑いながら、王について説明を始めた。


「特区を管理、監視、統治している奴が王って事か」

「それだけではありませんよ。黒崎様が今、仰ったことは勿論、他の特区の王達との会議、特区の調整、特区と表世界との関係維持なども、ございます」

「大変なんだな…王って。王になる奴の気が知れないな」

「ほっほっほ。左様ですか。……ですが、王とは、実質、特区の支配者ですからね。狙っている輩も多いのですよ」

「あんまりなりたくね。俺は」

「おや?案外、王になるなら、黒崎様くらいの適当さが丁度良いのかも知れませんな」


褒めているのか、貶されているのか、微妙な評価だったが、エルウィンは、蓮の事を割りと気に入っているのかもしれなかった。


「ときに、黒崎様は、この先どんな事をしたいですか?」

「んぁ?俺。俺かぁ、俺ねぇ…ここに来る前はさ、普通に大学行って、普通に就職して、みたいな?そんな感じだったな」

「ほう。それでしたら、ここからでも、大学へは通えますよ。バスも出てますし」

「いや。通学以前の問題で、単位がもう……」

「あっ………」


エルウィンは、そう言ったきり、その話題を口にしなくなった。


蓮としては、この数ヶ月間、何かしらのフォローとかなかったのかなぁと思った。

蓮は、気まずくなり、話題を変える意味合いも込めて今、自分が考えうる出来る限りのことを言った。


「まぁ、今のこの平和な感じが、続いたらなって思うんだ。俺も訳アリな身体になっちまったしさ」


青臭い、何の保証もない、何の根拠もない言葉であったが、エルウィンは、黙ったまま聴いて頷いていた。

その表情は、何処か嬉しそうだった。


二人が、そんな感じで、話していると、突然、貧民街の方から、火の手が上がった。

ごうごうと炎が街を覆っている。


貧民街とは、特区の一番北の端の方にあり、特区の中でも貧困層が寄り添って暮らしている街である。闇の眷属(ナイトメア)の中でも力の弱い者や、序列の低い者、表の世界あるいは特区の中の暮らしに馴染めなかった者、アウトロー的なワケありな者など様々な者達が住んでいる。


被害が広範囲に広がっていないのが救いだったが、火の回りがかなり早い。


「火事か?にしちゃ随分、勢いがすごいな」


蓮が、呑気にそんなことを口にすると、横にいた、エルウィンが怒りに満ちた形相で貧民街の方を見ていた。


「…黒崎様は、ここに居て下さい。」


普段のエルウィンとは違う、明らかな憤怒の感情が混じった声色に、蓮は、一瞬たじろいだが、すぐにいつもの調子でエルウィンに答える。


「何がなんだかわからないけど、何かが起こっているのはわかった。俺も行く」

「黒崎様‼︎」


エルウィンは、怒気の込もった声で、反論しようとしたが、蓮の真っ直ぐな瞳を見ると溜め息を一つつき、蓮の同行を認めた。

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