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黒崎くんは吸血鬼  作者: 工藤啓喜
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第0話 ある吸血鬼と少年

炎が揺らめいている。揺らゆら揺らゆらと。

その中から、一人の男が出てくる。


「こっちは、無事か?じい」

「ええ。私は。ですが…」


じいと呼ばれた白髪の老人は、少年を抱きかかえていた。

少年の歳は16〜17くらいだろうか、横たわる姿は実際の年齢よりも、さらに幼く見えた。


「その少年は?」

「恐らくは、さっきの人外の者の仕業かと」


老人は、少年から目を離さず答えた。


少年は、ただ横たわっていた訳ではなく、負傷していた。

身体の左側が派手に吹き飛ばされており、ほとんど即死の状態だった。


「…俺達の争いに、無関係の人間を巻き込んでしまった。巻き込んではいけなかったのに!」


男の言葉には、怒りと悲しみが、混じっていた。


「じい…この少年を頼む。俺は、残りの人外を倒す」


男は、わずかに冷静さを保ちながら、隣にいる老人に言うと、再び、燃えさかる炎の元へと向かった。

その老人には、男の表情を見ることができなかったが、怒りと悲しみの表情なのだろうと思った。

男は、人外との闘いには、人間を巻き込まないこととしていた。


人間をこの裏の世界に、巻き込むことを良しとしなかったのである。

何よりも、そんな争いに、無関係の、しかも人間の少年を巻き込んでしまった自分自身に怒りを覚えていた。


男は、激しく咳こんだ。男の手のひらには、かなりの量の血が付いていた。男には、負傷した形跡はない。

むしろ傷らしい傷すら存在しない。


男は、病に冒されており、自身の命が残りわずかだということを知っていた。

だが、今ここで、この人外達を見過ごすわけにはいかなかった。


☆☆☆



男が、前を向くと、そこには数体の人外が居た。


男は拳に力を込める。


すると、赤い液体のようなものが男の左手に集まり、刀のような形に変化した。

この赤い液体は血液で、彼は、自身の血液を自在に操ることができる。


血液で、刀を作り上げ刃を人外へと向けて斬りつけた。

一体、二体と瞬く間に、人外を倒していく。

何体か倒した後、男は何かに気付き、一度攻撃を中断した。


(あれは…!)


男が攻撃していた人外の額には、小さな角のような突起が、生えていた。


「そうか…そういうことか」


次々と、襲い掛かってくる人外を、倒しながら、男は呟いた。人外は、次々とその数を増やしていき、あっと言う間に男を取り囲んでいた。埒が明かないと、判断した男は、血液の刀を両手で握り、力を集中させていく。


刀身が、みるみる大きくなり、男の背丈以上の大きさに変化する。

男が、力を集中させるのを止めて、再び刀を左手に持ち替える。


その巨大な刀を横に向け、なぎ払うように刀を振るう。

すると、血液の刃の斬撃が弧を描き、人外達の方へ向かっていった。

何体もの数に増えていた人外が、男の一太刀で、一桁台にまで減った。


男は再び激しく咳込む。


先程、咳込んだときより、大量の吐血だった。


しかし、己の吐血した血も吸収し、人外を攻撃する。

だが、幾度なぎ払っても人外達の数は減る事がなく、むしろその数を増やしているようにもみえる。


「全く。いい加減にしてくれ…」


男は、そう言い、呆れながらも手を休めることなく、人外達を倒し続ける。


だが、男の体力は衰えていた。


男の口元からは、一筋血が流れ、息も上がり、もはや満身創痍の状態である。


そして、男は、ついに地面に膝を倒した。

しかし、すぐに片膝を立て、刀を杖代わりにして、立ち上がる。男は、すでに闘える状態ではなかったが、最後の力を振り絞り、刀に力を込める。


男の体力の消耗と共に、細く頼りなくなっていた刀も、力を集中させると、再び、刀身が大きくなっていく。

前よりも、さらに大きくなった刀を両手で持ち上段に構え、勢いよく振り下ろす。


刀の斬撃と血液の奔流が、残りの人外を取り囲みそうして、男の周りにいた人外達は、全て消滅した。


「全ては倒し切れないか。…七色の万華鏡(カレイドスコープ)が聞いて呆れるな」


男は、苦笑しながら、眼を閉じる。


男が眼を開くと、男の両眼が紅く光り、人外達を目視した。すると、他の人外達の周りには、標準機のようなものが、展開されていた。


一つ…二つ…と標準機が増え、人外達を囲んでいく。


「これでいい。…後は」


そう言って微かに男は微笑むと、老人と少年が待つ場所へと戻った。


☆☆☆



「じい!」

「若様!ご無事でしたか・・」


若様と呼ばれた男は、老人の元へと駆け寄る。


「少年は?」


老人は、首を横に振りながら答える。


「…既に息をしておりません。手遅れです」


「そうか…」と男は、悲しげに言った。


その瞬間ーーー


男は、自分の手を胸部の辺りに突き刺し、肋骨を取り出した。男が取り出した肋骨は、黄金に輝いており、骨というよりも、小さな金塊と呼んでも差し支えないものだった。


「若様!何をなさるのです!」


男は、口元から滴り落ちる血を拭いながら答える。


「くっ…この少年を…蘇生させる」

「何を無茶な!そんな事をしたら、若様が!」

「いいさ。既に俺の身体は、限界に近かったし。…後、数日持ったかどうか…」

「若様…」


男の身体が、徐々に衰弱していく。


男の終わりが、近づいていた。


「…この俺の身体の一部を、少年に移植する…そうすれば、蘇生出来るはずだ」


男は、取り出した肋骨を少年の、胸部に付ける。男の肋骨が少年の胸部へ、取り込まれていく。

すると、派手に吹き飛ばされた少年の左側が、ゆっくりと再生を始める。その様子を見ていた男は、ずるずるとその場に座り込んだ。


「これで…大丈夫。…少年は生き返る‥」


男は、再度咳込んだ。男の口元からは、大量の血が流れ落ちる。


「じい…頼みがある…」


男は、息も絶え絶えに老人に、語りかける。


「少年が息を吹き返したら後の事は頼んだよ。そして、少年の…サポートも。彼には、いずれ…“どちらか”を選ばなくてはならない時がくる。…その時は、彼の意志に任せてやって欲しい。…彼がどちらを選択したとしても、彼を護ってやってくれ…それと、もう一つ…“奴”には気をつけろ。何かを企んでいる」


「若様…」


老人は、涙を堪えながら、応える。

決して、自分の主の前では、弱さを見せまいと、悲しむまいと、至って普通に応える。


老人にも、男の終わりが、近づいていくのがわかっていた。数百年…老人の人生の大半をこの男に仕えてきた。

この男と共に、幾度も幾度も闘いをくぐり抜け、弱きを護り、死する者達を見送ってきた。

自分よりも先に主が逝くなど、考えたこともなかった。


「…じいには…迷惑をかけるな…すまない…」

「いいえ…若様。いつもの事じゃないですか…私に迷惑をかけるのなんて。若様に仕えて、数百年…慣れたものでございます」


先程の戦闘の衝撃で、辺り一面に火の手が上がり、男と少年と老人の周りにも、炎が迫る。


「…ここもじきに火の海になる。そろそろ彼を連れて行ってくれ。残りの後始末も、俺がやっておくから…」


老人は、少年を抱え無言で立ち上がり、姿勢の良い真っ直ぐな背筋を伸ばしながらその場を後にする。


男は、薄れつつある意識のなか、後ろ姿の老人に声をかける。


「俺も後から、すぐに追いつく……また後でな……じい……」


老人は、振り向かずそのまま歩き続ける。

老人の瞳から、涙が流れている。


「……後は……これで……“赤………爆……」


男が、微かにそう呟くと男が闘っていた方角から、巨大な爆発が起こる。

そこにいた人外が、全て燃え尽きていく。


「あとは………頼ん……だ……じい…俺の………族…」


男は、目を閉じた。


その目が二度と開く事はなかった。


しかし、男の表情はとても安らかな顔だった。

湧き上がった炎は、男を包んでいき、その周辺は、やがて炎の海となった。



☆☆☆



その後、この周辺はしばらく、立ち入り禁止となっていた。男が、死の直前に放った能力により、炎の勢いが、衰えず鎮火に時間を要した。

近隣の住民には被害は出なかったのは、奇跡に近かったのだろう。


だが、老人には男が近隣住民に被害が出ないように、力を調節していた事がわかっていた。

男は、最後まで、人外と人間を巻き込まないようにしていた。


老人は、炎が消えた後、この地へ訪れていた。


そして、最後に男と別れたあの場所。

男が、最後に居たであろうこの場所で、老人は、しゃがみ込み静かに言った。


「お疲れ様でございました。若様。

ゆっくりとお休みください。少年は必ずこの私がお護り致します。安心してくださいませ」



ああーーよろしくねーーーじい



老人は、ハッとして、顔を上げる。


なんとなく男の声が聞こえてきたような気がした。

老人は、軽く微笑むと、ゆっくりと立ち上がり、また姿勢の良い真っ直ぐな背筋を伸ばして、歩き出した。




この話は……少年こと、黒崎蓮が吸血鬼になる数ヶ月前の出来事である。

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