メアリーの微笑み
思い付きで書ききったので、色々と可笑しいかもしれませんが、スルーしていただけると嬉しいです。
「メアリー・ジルべスタン。お前が何をして来たのか、私達は全てを知っている」
金髪碧眼の大柄な美少年は、小柄な少女を見下ろす。
「双子の姉でありながら、シャーリーを苛めるとは人としての神経を疑うな」
黒髪黒眼の騎士の少年は、吐き捨てる。
「こんなに優しいシャーリーを嫌えるとはどこまで歪んでいるんでしょうね」
銀髪灰眼の官服の少年は、侮蔑を混ぜた視線を向ける。
「貴様のような非道な娘は、ワシらの娘ではない」
茶髪緑眼の初老の紳士は、威圧的ににらみつける。
「…何の話ですか」
それら全てを受け止めて、無表情だった少女は盛大な溜息をついて忌々しそうに呟く。
黒髪紫眼の怜悧な美貌の少女・メアリーは、少年達と紳士の奥に庇われた自分とそっくりの少女を一瞥して足を組みなおす。
※※※
ジルべスタン公爵家には、美貌の双子がいることは有名だった。
姉のメアリーは、無表情ながらに文武両道で領主代理として領地を国内随一の富裕な土地に改革して見せた才媛。
妹のシャーリーは、幼い頃から療養を余儀なくされた病弱で両親と使用人から過保護に過保護を重ねて甘やかされ、天真爛漫で周囲を明るくし素直な愛される美少女。
一家の嫁として姉は優秀すぎる為に敬遠されるが、その才能を惜しまれる。
一家の嫁として妹は家柄的にも不足はないが、淑女教育もまともにこなせない為に落胆される。
貴族社会における評価は、姉の方が圧倒的に高かった。
それは、王家から第1王子の正妃として指名されるほど。
王家からの指名に拒否することなどできるわけがなく、淡々と頷いたメアリーは淑女教育と魔法学院の勉強、加えてお妃教育を受けることになった。
淑女教育はほぼ終了していたので良かったが、シャーリーにかまけて仕事をほとんど放棄していた父に代わり、領主代理の執務を行っているメアリーには激務でしかなかった。
それを表に出すことなく、完璧にやってのけた。
仕事や勉強で遅くなれば、シャーリーは「寄り道ばかりしてちゃダメよ」「こんな遅い時間まで遊んでちゃダメよ、危ないよ」と心配しているのだろうがはっきり言って迷惑というか、腹立たしい言葉にメアリーが邪険にしてしまうのは当然だろう。
シャーリーのおかげで苦労している部分もあるのだから。
さらに、第1王子がシャーリーに夢中でメアリーを煙たがるものだから、腹立たしさもひとしおだ。
メアリーは第1王子に恋愛感情はない。というか、好意的な感情は一欠片とて存在しない。
だが、貴族としての立場、王族の妃という重荷を十分に理解していた。だから、メアリーは次期王妃となりえる未来の為に努力を惜しまなかった。
それを理解し、褒め、支えてくれたのが国王夫妻と第1王女だけという現実は物悲しくなるものだったが。
瓜二つの容姿のメアリーとシャーリーだが、性格の違いゆえか表情が違い受ける印象が真逆だ。さらに、受け継いだ色彩も全く違った。メアリーは母に、シャーリーは父に似た。
だからだろうか、シャーリーの貴族令嬢として落第すぎる姿に、多くの領民や領地で実際に政務をとっている官吏などは納得して諦めている。メアリーが良く似た母は、双子が3歳の時に病死しているが賢夫人として有名だったのだ。
凡人もいいところの公爵の仕事を、半分以上行っていたというのは貴族社会では有名な話だ。
「殿下、私が妹に何をしたのでしょうか? 日々忙しすぎて、会話すらまともになかったのですけれど。バイス様、私が妹を苛めたとのことですが、証拠はおありですか? 状況証拠だけでなく、物証をお持ちくださらなければ納得できません。法廷でも通用しませんよ。リオネル様、私がいつ妹を嫌いだと言いました? 普段の態度でしたら、課題をしている最中に遊びに強引に連れだしたり、仕事中に父上の仕事を奪っちゃダメとか頓珍漢な言動を繰り返された結果ですので、私に非はありません。父上、先日、灌漑工事が完了いたしました。ついで、農地改革の為に区画整理を行いますので住民への補償金が発生します。我が家の生活費を8分の1削らせていただきます。よろしいですか? まぁ、拒否しても断行しますが」
つらつらと言いつのれば、返答がない事にメアリーは首を傾げる。
文句はないという事だろうと解釈して、斜め後ろに控えている護衛兼学友兼専属執事である乳兄弟の少年・シーズを振り返る。
「官吏達に指示書の通りにするように、と。今日で卒業ですから私も明日にでも領地に向かい、実地視察をします。あぁ、歓待とかはいらないからその分努力と働きを、と」
「かしこまりました」
「それでは、皆様。何を仰りたかったのか私はこれっぽっちもわかりませんが、忙しいのでこれで失礼させていただきます。あぁ、そうそう、そちらにいる私の不肖の妹が欲しいのでしたらどうぞご勝手に。これで重荷から解放されますわ。あ、父上。陛下からのお許しを得て明日、私が家督を継ぐこととなりましたので一週間のうちに荷物をまとめて出て行ってくださいね。もう屋敷の買い手はきまっていますから」
「なんだとっ?! そんな勝手が!!」
「許されますわ。聞いておられませんでした? 陛下からのお許しを得た、と」
初老の紳士、メアリーの実父であるジルべスタン公爵は呆然としてへたり込む。
「…父上を籠絡し、実父を追い出すとはこの性悪がっ!」
「もうちょっと考えてからモノを申された方がよろしいと思われますわ、殿下」
警備にあたっていた近衛騎士3人が金髪碧眼の美少年、メアリーの婚約者であった第1王子を即座に拘束する。魔法封じの腕輪を真っ先にはめたのは、火炎魔法を得意としているからだろう。
「貴様ら、何をしているかわかっているのか!」
「分かっておられますわ。国王陛下を侮辱した不敬者にして反逆者。王太子として立って居なくて良かったですわ。王太子がこんなことをしでかしたら、国の恥、諸外国に侮られてしまいますもの」
心の底からの安堵を滲ませて呟くメアリー。
意味が分からないという顔をする第1王子に、メアリーは微笑む。
「たかが17・8の小娘に籠絡される、軽薄で愚劣な国王、とご自分で仰ったでしょう?」
父上を籠絡、としか言っていないが、周囲はメアリーの言葉に頷いているので解釈としては間違っていないのだろう。事実、そう取れる言葉であるのは確かなのだから。
理解して、青ざめ、何やらわめき散らす第1王子に興味を亡くし、メアリーは笑みを浮かべたまま視線を滑らせる。
瞬間、向けられた騎士の少年、某伯爵令息と官服の少年、某侯爵令息だけでなく、周囲にいるすべての人が悪寒を感じた。
「私、朝早くて夜遅いんです」
いきなりの宣言に、妙な間が出来る。
だが、メアリーは関知しない。
「朝は4時に起きて、日課のロードワークと剣術と魔術の復習、学業の予習をして、5時には父上の仕事を行い、6時にようやく侍女達が起こしに着ますがすでに身支度は終わっています。6時半に朝食、7時から経済新聞からゴシップ誌まで約30部ほどに10分ほどで目を通し、その後、家を出て学院に向かいます。始業は8時半からですので、その間に殿下方が放棄なさった生徒会業務を行い、教室の花を変えます。授業は割愛させていただくとして、帰宅後はすぐに学業の復習と王女殿下へのお手紙のお返事をしたためて、私の都合などごみクズ扱いの家ですので夕食は8時ごろですわね。あぁ、食後のわずかな時間がつかの間の休息ですわね。9時には入浴とお肌のお手入れ、ストレッチを行い、その後はずっとず~っと、仕事ですわ。就寝するのは12時と決めております。さすがに4時間を切ると辛いんです」
疑うんでしたらシーズにでも家令にでもご確認を、と笑みを深めるメアリーに、誰も何も言えない。
10代の少女が担うにはあまりにも過酷すぎる日常だった。
「はっきり申しておきます」
幸福で仕方ない、と言わんばかりの笑みを浮かべるメアリー。
「私、貴方方の事が心の底から本当に嫌いですわ。えぇ、きっと、ずっと、生涯、永久に、生まれ変わっても」
これでもかというほど念を押すメアリー。
「シャーリーの事は嫌いではありませんでした。えぇ、本当ですわ。でも、もう我慢の限界です。ジルべスタン公爵家当主としての決定を下します。シャーリー・ジルべスタン、貴方を勘当します。今後一切、ジルべスタンの名を名乗ることは許しません」
「そんなっ! 酷いよ、姉様!!」
わっと泣き出すシャーリーに、我に返った第1王子達が慰めの声をかける。
「良い男と見ればすぐに近づいて媚を売り、ほいほいと股を開く淫売が妹であるなど虫唾が走りますわ。同じ一族と思われるだけで腹立たしいことこの上ない」
メアリーがあっさりと告げた言葉に、反抗する第1王子達。
「各所で、貢がせられてふいに連絡が取れなくなった、と抗議が来てます。いい加減になさいな。その尻拭い、誰がして来たと思ってるんですの? 相手方にも同情されるなんてどれだけの屈辱か、貴方方には理解できないのでしょうけれど」
変わらない笑みを浮かべたままで淡々というメアリーははっきり言って怖い。
「皆様と話していると疲れますし、頭痛がしてくる気がしますわ。これ以上、話しても何の利もないでしょうから、これで失礼させていただきますわ。―――それでは、ごきげんよう」
最後だけは晴れやかな声音で告げて、シーズを従えて颯爽と去っていく後ろ姿に、シャーリーと取り巻きは気付かない。
自分達が、破滅への坂道を転がり始めている事に。
※※※
「悪かったわね、うちのクソバカが」
「実の兄上をそのように言ってはいけませんよ、殿下」
「クソバカってことは否定してないじゃん。…まぁ、良いわ。ひとまず、おめでとう」
「ありがとうございます」
「シャーリーに夢中になることも、シャーリーが苛められることも、勘違いされる言動を目撃したことも、父親がシャーリーばかり構ってべったりになることも―――全部、アンタの手のひらの上って知ったら、どう思うのかしら、あのクソバカ達」
「発狂なさるか、激昂なさるか、呆然自失となられるか、どれでしょうね?」
「分かっててやってんだから、十分性悪よね」
「それで誰も不幸になっておりません」
「クソバカ達は?」
「自業自得です。チャンスは幾度もありましたわ。私自身が働きかけることはありませんでしたが、周囲の方々を誘導して諌めさせたり、ぶつかってみたりしましたもの。結果、そういう良識ある善良な方々を権力でねじ伏せたあの方々の、愚かさが招いただけですから」
「…どうしよう、何一つ反論できないわ」
「ありがとうございます」
「…褒めてないわよ。つまり、被害者はわたしってことよね」
「あら、殿下には何もしておりませんよ?」
「あのクソバカを廃嫡にしたせいでわたしが女王にならざるを得なくなったじゃない」
「ご安心ください。私の名に懸けて、永久の忠誠を誓い、粉骨砕身してお仕えさせていただきますわ。未来の女王陛下」
「…微妙に安心できないけど、味方ならこれ以上ないほど心強いわね」
ふぅ、と一息。
「なんせ、先代公爵夫人で王妹の唯一の娘であるシャーリーを天然悪女に仕立てて一家乗っ取りを果たした、先々代公爵夫人と先王の娘であるメアリーは、本来の第1王位継承者なんだから」
王国史上初の女公爵メアリー・ジルべスタンは、絶対勝利を掲げて動く時、幸福を象徴するような笑みを浮かべることで知られる。
それを目にした者に、明日はないと言われるほどに、完膚なきまでにやり込められる不可避の現象。
その出生に関しては特に秘されていたわけではないが、暗黙の了解で誰もが知っている。
先王が戯れに手を出した先々代公爵夫人の娘であり、先代公爵夫妻の娘として育てられたメアリーには、先王の遺言で王位継承権が与えられている事を。
立場的に、王女の叔母となる為、生母の立場と順列に基づいて与えられる継承権は、第1位であると。
それらを拒絶し、自身の夫に身分の低いシーズ・バーラフを選び、継承権を放棄して生涯を女王となる王女にささげた。
献身的であり、最高の忠義の臣。
メアリー・ジルべスタン女公爵。
後に、『微笑み公爵』とあだ名されるようになる。