宇宙警察と兄妹喧嘩 中編
あまり認めたくはないけれど、私はかつて兄の事を尊敬していた。一人の人間として、私は彼以上にお人好しな人間を知らない。どんなに自分がそれによって不利益を被ろうと、まるで「それ以外の方法を知らない」かのように、兄は困った人間に対して手を差し伸べてきた。
そんな自己犠牲な行動をしてきた兄を何処かの神様は見守ってくれてて、逆に兄が困っている時には必ず救ってくれるものだと、私は勘違いをしていた。本当に兄が困ってる時に、ノアの箱舟も、足長おじさんも、メシアもブッダもはたまた仮面ライダーも。そんな奴らは一人だって兄を救ってはくれなかった。
私はこの世界の不条理を理解した。結局「救う」、「救われる」なんて、一方方向の「自己満足」に過ぎないのだと。見返りなんか存在しないのだと。
それを理解してしまえばもう簡単だ。同じ「影」を踏まなければいいだけの話なのだから。
この高校に入学してからもう一月以上が過ぎた。クラスメイトの大半は中学からの知り合いで構成されていて、最初から新鮮味など無い。
だがその中にも、他の地域からこのクラスにやってきた「擬似」転入生なる人達がいる。彼らもまた、クラスメイトが顔見知り同士が殆どである状態で、自分の立場というものを確立し始めていた。
その中に一人。その居場所を見失っている子がいる。武内宮美。授業中はもちろん休み時間、昼休み、彼女はいつも自分の席で本を読んでいる。席を立つのはせいぜい移動教室と始業終業の合図くらいなものだ。そんな彼女はいつの間にか「地縛霊」と呼ばれ、半ば好奇な目に晒されていた。
「おっ、『地縛霊』が席立ったぜ。あいつが教室離れるなんて、さては地震か?」
後ろのお調子者が、わざと彼女に聞こえるような声量で近くの男子に話しかけている。その後に起こる笑い声が、教室内の至る所から聞こえてきた。
「……下衆め」
私にこのような、人を貶して笑いを稼ぐような低俗な趣味はない。だが精神年齢の低いこいつらにとっては、自分の立場が無事であれば、それ以外には全く興味などないのだろう。……全く反吐が出る。
「はいはーい! ホームルーム始めるわよー」
針崎先生が教室に入ってきた。男達の歓声が起こる。
「あれー!? 今日のホームルームは針崎先生? やまっちは?」
「山内先生は今日は寝坊で遅刻でーす♪ なので私が出欠取りますねー」
担任の癖になにやってんだ。大人ならしっかりしろ。
「あれ? 武内さんはお休みかな?」
どろっとした空気が教室を包む。彼女の名前が出た瞬間、あれだけやかましかった男子も口を噤んだ。……余計な事を言って針崎先生に「彼女のこと」を悟られたくないのだろう。全く、利己主義な奴らだ。
「今日はお休みかな?」
「いえ、出席してます。私探してきます」
いつもならここで「こいつら」のように黙秘をするのだろう。だが今日は、家庭の事情で朝から機嫌が悪いのだ。散歩ついでに授業をバックれたい気分の私は、針崎先生の「え? ちょっと!」を無視して教室を出た。