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宇宙警察と囮捜査 後編

ーーまずい。


いや、別に僕はやましい事はないのだけど。それでも家族とあいつの接触は何かしら危うい気がする。


階下では帰宅して来た妹の前で、何故か腰に手を当てて偉そうな態度の宇宙警察がなにやら話しているようだった。幸いにも玄関からは死角となっている階段の中腹辺りで、彼女たちの話す言葉に耳を澄ます。


「……というわけだ。理解したか? 哉井葵」


「分かりました。で、あいつは?」


あいつというのは十中八九僕だろう。なにせあの妹は、平気で実の兄をゴミと言い放つような畜生だ。


「部屋にいる。もしくは階段で聞き耳を立てているかだ」


見透かされている。しかしよく考えると突然目の前から人がいなくなったのだから捜しに行くのは至極当然。ともすればこの二択に絞られるか。


「……オーケー。協力します」


なんだ、いつのまにか結託が組まれたぞ。しかも心なしか笑い声さえ聞こえる。ーー危ない。目的不明の宇宙警察とサドの妹のタッグ。命の危険さえ感じる。一体どんな条件を交わしたというんだ……


「それでは一度部屋に戻る。また、夕食の時にでも」


ーーやばい!


急いで自分の部屋へと戻る。ちょうど机の前辺りに来たところで宇宙警察が戻ってきた。しかし階段を上る音は聞こえなかった。こいつ、どんなことをしたのかは分からないが瞬間移動らしきことをしている。


「……なにを話していた」


どうせ盗み聞きはバレているだろう。それならば直接聞いた方がいい。


「ああ、妹には私がこの家に住む許可をもらった」


「なに!?」


あの畜生から簡単にそのような許可を? ものの一分でどんな会話が交わされたというのだ。


「……どうやって許可を?」


「簡単さ。近々貴様をこの家から追い出すという条件でな」


「……」


ーーあのど畜生がァァァ!


「というかなぜ僕が追い出されるんだよ!」


「パラサイトシングルは嫌だろ? なら早く独立して一人暮らしでも始めなければな」


「意味不明です! 働きながら家族一緒に住めば無問題です!」


「妹は早く出て行ってもらいたいみたいだぞ」


「知ってるよ! 二年前から気づいてたよ!」


「そして私がこの部屋に住みます」


「それこそ意味不明です! あなた目的見失ってるよ!」


「さて、残るは貴様の両親か。どう切り出すか」


彼女が真面目顔で考え出したところで、僕はもうそれ以上突っ込むのをやめた。今はただ、僕の両親がまともな態度を取ってくれるのを祈るだけだった。



間も無くしてまず母親が帰ってきた。机の上で表紙を戻した○リーチの新刊を読んでいる宇宙警察に動きはない。代わって僕はというと、バイトに行けなかったという事。その元凶がここに住み着こうとしている事。この二つの問題をどう解決しようかベッドの上で躍起になっているところだ。


「おい。母親帰ってきたけど」


「待て。そう焦るな」


なぜこいつの方がくつろいでいるのか。


「守。今何時だ」


「6時15分。父親もじきに帰ってくるぞ」


そうか、と椅子から降りた彼女は無造作に散らばる服の中から何枚か手に取り部屋を出た。どうやら着替えは妹の部屋でするらしい。


「はぁーっ」


深いため息をついて天井を仰ぎ見る。そういえば久しぶりの一人の時間だ。


本当に彼女がこの家に住むことになってしまったら、今まで通りの生活は送れないだろう。思い返してみると今までの人生、確かに彼女の言う「宇宙ごみ」のような日々を送っていたかもしれない。そう考えると彼女は、堕落していた自分に天啓もたらす女神なのか。まさしく今が大きなターニングポイントの中心なのではないか。そうさえ思えてきた。


そうこう考えていると彼女が部屋に戻ってきた。彼女の姿は先程までの警察服と対照的に白い服を纏っており、まるで純白のドレスに身を包んだかのような清麗さであった。


「む、どうした」


しばらく見惚れていたことに気付き、慌てて視線を逸らす。そして彼女はそれ以上なにも言わず、また漫画を読みに机へと戻って行った。


彼女が新刊を読み切り、次に読む漫画を選んでいると親父が帰ってきた。おかえりーと答えるカーチャンの声が響く。


ーーもうすぐだな。


我が家の夕飯はほぼきっちり19時に準備が終わり、四人全員がテーブルを囲んで食事をする。それは数少ない我が家の掟のようなものであり、よほどのことがない限りは別々に食事をすることはない。あの妹でさえもこの掟の効力により、友達との遊びを断って食事に参加する。この時間にこそ唯一家族全員が集まるのだ。


しかし今回はこいつがいる。家族以外の人間と共に食卓を囲むことは滅多に無いことで、仮に僕の連れということになると、それはもう人生初である。今まで友達を招いて食事を取ったこともない。女性となるとなおさらだ。


下の階は油の跳ねる音と皿の重なる音でけたたましくなってきた。相変わらず彼女は漫画を読んでいる。妹は隣の部屋でケラケラ笑ってる。なんだよ、緊張してんの俺だけかよ。


そうこうしてる間に下からカーチャンの呼ぶ声がする。19時ジャスト。遂に宇宙警察と哉井家が接触するときが来た。


「行くぞ」


漫画を引き剥がし彼女を下へと連れて行く。テーブルの上には出来たての料理が並んでいて、それを囲んで三人が座っていた。テレビからは音楽番組が流れており、大衆アイドルが端から端まで踊っている。


「ん? お友達?」


僕の後ろに立っていた彼女を見てカーチャンは妹に尋ねた。


「違うよ」


無愛想に妹は否定する。こちらに目も合わそうとしない。今度は僕の方を向いて尋ねてくる。


「それじゃ守のお友達?」


「ああ、そうだよ」


「ええ⁉」


カーチャンが声を上げ驚く。聞いていてなんだそのリアクション。親父は言葉こそ発さなかったが目が見開いている。


「すみません。私も在席してよろしいでしょうか?」


今まで聞いたことのない丁寧な口調で彼女が僕の横に身を出した。気のせいか声の高さも一オクターブ上がっている。


「ええもちろん! ほらお父さん椅子持って来て!」


カーチャンが親父をパシリ、テーブルには新たに一つの席が設けられた。いつもなら僕が妹の隣なのだが、今回においては僕がその用意された席に座り、妹の隣は彼女が座ることになった。


「それじゃいただきましょうか!」


カーチャンの合図によって食事が始まる。いつもなら大好物のはずの唐揚げも、今は弾力のあるゴムを噛んでいるような気分だった。テレビの音楽なぞ一切耳に入ってこない。


「それで守、この子とはどういう関係なの?」


「関係って言ったってバイトにむか……」


「そのことでお母様、お父様に言っておかなければいけないことがございます」


僕を阻み、彼女が口を挟んで来た。相変わらず妹は黙って唐揚げを咀嚼している。


「私……」


ーー わたくし!? どんなキャラだよお前! この服装と顔なら何処ぞのお嬢様と言っても通用するだろうが。


「守さんとお付き合いさせてもらってます」


僕は天を仰いだ。

母は叫んだ。

父は唐揚げを落とした。

妹は咀嚼している。


「え!? え!? 」


「いやちが……」


「私の方からお願いをして、今回親御さんに挨拶したいとお邪魔しました」


なんでこんな息をするように嘘を言うかな!


「それで折り入ってお願いがあるのですが……」


「ああ、はい!」


「無理を承知でお願いします。私をこの家に住ませてもらえないでしょうか?」


「ええええ!!?」


さっきから驚いてばかりのカーチャンを尻目に彼女は言葉を続ける。


「私たちは結婚を前提に考えておりますが、なにせ守さんに就労意欲というものが存在せず、働かない限りは結婚すら叶わないと思い、私が見守りながらそのお手伝いをしたいと思ったのです」


ーーくそ! 妙に上手い嘘つきやがって! カーチャン騙されるな!


「いいわ。一緒に頑張りましょう」


ーー ってえー!? 軽いよカーチャン! しかも親父泣いてるし! 妹においては笑いこらえてやがる!


カーチャンは彼女の手を強く握りしめていた。騙されるな。こいつ宇宙警察だぞ。


「ところであなた名前は?」


そういえばこいつの名前知らなかったな……。聞こうともしてなかったが。


彼女がチラッとテレビの方向を見る。


「……レグザです。東芝レグザです」


てめえそれテレビの名前だろ!ふざけんな!


「レグザちゃん! 一緒に頑張りましょう!」


「いい名前だ……」


お前ら夫婦本当馬鹿だな! 気づけよ! 妹もう爆笑してんぞ!


こうしてレグザこと宇宙警察の彼女は我が家の一員として認められたのだった。







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