宇宙警察と囮捜査 前編
「捜査だ。貴様の部屋を確認する」
何故だ。何故僕の部屋を捜査する必要がある。というかこいつ気づかない内に警帽被ってるし。鍵取って来るついでに持ってきたのか?
「なんで俺の部屋が捜査されないといけない!? ニートじゃないってさっきわかったろ!」
「貴様の部屋に犯罪に関わる可能性があるかもしれんだろ」
「駄目だ! 部屋には入れん! 第一プライバシーの侵害だ! あ、そうじゃん。プライバシーの侵害! 人権万歳!!」
「令状もある」
「なに〜? ……手書きじゃねえか! 通るかこんなもん!」
さっきは手錠の鍵すら忘れてきたってのに今度は用意周到だな。おい。
「ということで入るぞ。おい、鍵を開けろ」
僕の要求をことごとく無視し、腕で俺を押しのけ玄関へと迫る。というかマジで入るつもりかよ……
結局玄関での押し問答に敗北した僕は宇宙警察の侵入を無念にも許すことになった。意外にも玄関先で律儀に靴を揃えてから上がるという点においては評価するが。
「貴様の部屋はどこだ」
「そこの階段を上がって二階だよ」
「むっ。そこか」
ーーこっ! これは!
彼女が家に侵入してから常に彼女は僕の前を歩いていた。今階段を上がっている時もその優位は変わらない。
この勾配の厳しい階段。
その先を進む彼女。
ーー視える……!
天啓! 僥倖! ウルトラC! まさにこの時の為に今までのフリがあったもの! これを見ずして何が漢か!
僕は悟られぬように徐々に上半身を後ろに傾ける。彼女が上に上がるにつれ露わになる算段!
ーーくっ、見えぬ……
三段差、四段差。
ーー絶対領域さえも現れないか……!
五段差、六段差。
広がる差。一向に現れない桃源郷。焦りと苛立ちが臨界点へと近づく。その時。
ーーこれはまさか……
「ん? 何をしておる」
二階へと辿り着いた彼女がこちらを見下ろす。そしてその瞬間、疑問は確信へと変わった。
ーーニーソじゃなくてタイツかよ……
茶番は終わり、部屋の捜査が始まった。
「くさっ」
「入って一言目がそれかよ!」
「まあいい。とりあえずどこから手を付けるものか」
彼女が動き出す。はじめに向かったのは本棚だった。
その判断は概ね正しい。僕のようなタイプの男性は最初から、「異性になど見られない」前提で本棚を扱うと思っているのだろう。
しかし僕は違う。過去数回に渡り母親の急襲でいかがわしい本が没収されてきたのだ。時にはベッドの下。またある時にはタンスの裏。ひどい時は灯台下暗しと天井に貼り付けた時もあった。それら全てが暴かれいよいよ僕も成長した。
秘技! カモフラージュベール!
ごく一般的な少年漫画の表紙をいかがわしい本に移し替えることにより、いかにも少年コミックスしか持ってませんよーとアピールすることが出来る! しかもこの技の素晴らしい所はワン○ースとか○リーチとか結構長い巻数出てるコミックスならその数の分収容することが出来るということだー!!!! ドイツの技術は世界一ィー!!!
「あっ、○リーチ新刊だ」
URYYYYY!!!! フラグ回収早すぎぃ!
「…………逮捕」
「ちょっと待て! エロ本混ぜたのは謝るから! 俺ハタチだから! 違法なやつだけ探して! ね?」
次に向かったのは机だ。デスクトップのパソコンと昔使った大学の教科書がおいてある。
彼女は机の上を一瞥し、興味をそそらなかったのかすぐに引き出しに手をかけた。
「これはなんだ」
彼女は引き出しから箱を取り出し僕に掲げる。黒の皮で覆われたハードケースだ。
「ああ。それは親父から貰ったペンダントだよ。なんでももう自分には似合わないからお前が貰えって」
「見た所これは貴様には少しばかり荷が重いと思うのだが」
確かにこのロザリオのペンダントはお洒落とは程遠い僕には似合わない代物だろう。金色のチェーンに銀色の聖十字。その中心には碧く輝く小さな石が埋め込まれている。
「兄弟はいないのか?」
「今年高校生になったばかりの妹がいる。だがまあ、僕がこんなだから嫌われているけどな」
「……そうか。見たところこのペンダントは女性にも使えるようだが、何故貴様の親は妹ではなく貴様に与えたのだろう」
「さあな。貰ったのも丁度一年前くらいだし、その時に妹にあげてもよかったと思うけどな。少しでも外見に気を遣えってことなんじゃないか?」
「…………ああ、そうかもしれんな」
そうして彼女は箱を閉じ、それを引き出しの中へと戻した。
「他に何か調べるものはあるか? とは言っても、疑われるような怪しい物など僕は何も持ってないけどな」
「うーん。そうだな……」
彼女はそう言いながら椅子に腰掛け机に肘つく。そして虚ろな目で、机の上に転がっていたボールペンを手に取りクルクルと廻し始めた。
「……そうだなぁ」
「なんだ、何か言いたい事でもあるのか? さっきからチラチラ見てくるが」
「いやなあ。貴様がニートではないことは分かったんだが、それでも宇宙ごみでないという事にはならない」
「よく分からないのですが」
「必ずしもニートだけが宇宙ごみではないんだ。例えばしっかり働いていても、稼いだお金をお世話になった家族に渡さず趣味に費やし、なお今まで通り家族に養ってもらいながら生活する。パラサイトシングルというやつだな。こいつも宇宙ごみの一つだ。」
NEETとかパラサイトシングルとか、もしかして語感だけで宇宙ごみを定義してるのではなかろうか。
「つまり貴様の部屋を見る限り、仮にニートを脱出したとしても、パラサイトシングルになり得る可能性は十分にある。よってだ」
「よって?」
「真の地球人たりえる人物になるまで、宇宙警察の権限に於いて哉井守を監視する」
「えー!!!」
「令状もある」
「これも手書きじゃねえか! しかも明らかに今書いたろ! え、なに!? 監視ってバイトとか覗きにくるってことか!?」
「それも含まれる。しかし就労中だけ監視していても私生活で今まで通りの生活をしてもらっていたら敵わん。よって」
「よって?」
「私も今日からこちらに住む」
「なにーーーー!!?」
「不満か?」
不満もなにも常識的に考えてあり得ないだろ。たかだか出会って数時間の異性と同居だなんてエロゲじゃないんだし。
「無理だ! 大体この家は僕だけのものじゃないし親も妹もいる! 加えてなんて説明すればいい!? 『宇宙警察が僕を監視するために家に住む事になった』とでも言ってみろと? 頭がどうかなったかと思われるわ!」
「貴様が都合の良い理由をつければいいではないか」
「は? だからなんて……」
「貴様の恋人とでも言えばよかろう」
なにいってんだこいつ。大体なぜ僕がこいつの為に理由をつけねばならん。
「大体な〜、お前警官だろ? そんな格好して誰が恋人だって言えるんだよ」
「私服ならあるぞ」
いつのまにか持っていたボストンバッグには大量の服が詰め込まれていた。バッグからはナース服やらエプロンまで多様多種の服が溢れている。もはや警察官さえもコスプレだと認めているようなものだ。
「これが本当の囮捜査ってやつだな」
「いや、うまくないし」
ちなみに日本で囮捜査は禁止されています。
ーーバタン。
「!!!」
ドアの閉まる音。家族の誰かが帰ってきた。ーーまずい。玄関にはこいつの靴も並べられている。
「おい! ひとまず隠れろ……っていない!?」
さっきまで椅子に座っていた彼女がいない。
「消えた……?」
床にはあいつの服が散らばっている。だが当の本人は部屋からいなくなった。悪い予感がする。
「やっぱり……!」
閉めたはずの部屋の扉が開いていた。僕は急いで一階へと向かう。そして玄関が目に入った時、学校帰りの妹と彼女が向かい合っていた。