宇宙警察とフリーター
周りから見ると誤解をされかねないが、今こうして男女が歩いているのはデートでもなんでもなく、身柄拘束中の宇宙ごみ(仮)とそれを監視している自称宇宙警察(謎)のシュール映像である。
僕は右手首に相変わらず手錠をぶら下げたまま自転車を引き、片方の手錠は彼女が左手で持っている。
僕、自転車、宇宙警察と奇妙な構図で歩いている訳だが、結局僕たちが今何処に向かっているかというと、始めの目的地であるバイト先のコンビニだ。
どうやら宇宙ごみとはニートのようらしい。宇宙ごみで無いことを証明する為に、彼女の確認の後処分を委ねるということに決まったのだ。
こうして二人で歩いている訳だが、突然彼女が口を開く。
「ニートはアルファベットで書くとNEET。宇宙ごみの分際で、特殊捜査官の様な略式で呼ばれていることに憤りを感じている」
自称宇宙警察が英語を理解しているという意味不明さ(先程も流暢な日本語で会話が成立していたが)もさることながら、こいつ実はアホなのではないかとツッコミをいれたくなったが、そんなことをしたら公務執行妨害だとか名誉毀損だとかマトモな事を言い出しそうなのでなんとか抑えることができた。
「あの、あなたは一体何者なんでしょう」
正直自分でも「無いな」って聞き方だが、この電波女の設定の懐をどうしても暴き立てたかった。
「私は宇宙警察地球支部の巡査だ。ジュンサーとでも呼んでくれ」
「いやそれポケ……」
「まだ未熟なものでな。もし仮に貴様が冤罪を被っていたとしたら心から非を詫びよう」
「ジュンサーさん……」
「しかし無罪が証明出来ないようなら貴様は太陽の藻屑だ」
「怖いよ! なんか無駄にスケールでかいし! もっと簡単に死なせてよ!」
やはりこいつは危険だ。話している間も無表情を貫いているどころか、目線は進行方向を向いたままこちらを見ようともしない。ガン無視だ。
しかし臆せずにはいられない。抜いてしまった刀は太刀を浴びせるまで納められない……!
「宇宙警察ってどこにあるんですかねー?」
「さあな」
ーーなにー!!!?
あくまで都合の悪い質問は答えないつもりか! せっかくその設定バッキバキに破壊してやろうと思ったのに……
「♪〜 ♪〜」
「あ、失礼。……はい、もしもし」
ーーなにー!!!?
今の着信音加藤ミ○ヤじゃねえか! なんだこいつ! 宇宙警察のくせに普通の感性じゃねえか!
「失礼。さて、なんの質問だったか?」
「いや、もういいです…………」
とりあえず、早くこいつから離れてしまおう。
三分後。無事僕たちは目的地にたどり着くことができた。自転車を停め、従業員専用の出入り口からスタッフルームへと入って行く。
「こんにちは」
奥で商品の整理をしていたオーナーに挨拶をする。その間彼女は僕の背後にいた。
「よう、守。早かったな。ん? 後ろの方は?」
「いや、そのことで少し相談が……」
「貴方がこの店のオーナーか?」
ぬるりと背後から僕の右隣に移動してきた。ジャラ、と鎖の音が微かに室内に響く。
「手錠!? 守! てめえなんか悪いことでも……」
「してないしてない! なあ、オーナーからも説明してくれよ! 僕がニートじゃないってさ!」
「はあ?」
訳が分からない、といった顔をしている。当たり前だ。当事者の僕でさえ意味がわからないのだから。
「哉井守はここの従業員か?」
「……? ああ、確かに今日からここで働くことになっているが、それが何か?」
そうか。と一言呟き、彼女は顎の下に手をやる。神妙な面持ちだ。そして僕の方に体を向ける。
「ふむ。私の勘違いだったようだ」
全く謝られている気がしないのは気のせいだろうか。
とは言え、これで僕の無罪(?)が証明されたことになる。ようやくこの女からも離れることができるのだ。顔だけみれば少し勿体無い気もするが、それでもこれ以上の厄介事は御免蒙る。
「まあ勘違いで良かったよ。ひとまずこの手錠外してくれないか?」
その時、今まで無表情だった彼女が「あ」、と一言漏らした。悪い予感がする。
「……どうした」
「手錠の鍵、忘れた」
「……どこに」
「………………宇宙?」
「てめえ地球支部って言ってたじゃねえかーーーー!!! 今外せ! すぐ外せ! 僕の目の前で外せぇー!!」
「すまぬ!」
「あっ!?」
逃げた。掴んでいた片方の手錠を思いっきりぶん放して。宇宙警察は職務を放棄した。
彼女は脱兎の如く部屋を脱出。その様子を僕は目で追うことしかできなかった。
「……えーっと?」
呆然とする僕の後ろでオーナーがタバコの火をつけた。
「んで、どういうことだ」
「い、いやー。最近変な人って多いですよねー」
「……そうだな」
「突然宇宙警察とか名乗って僕を逮捕するとか言っちゃうんですもの。怖いなー」
「……」
「よし! タイムカードはどこですかーっと」
ガシッと腕を掴まれた。先程彼女に掴まれた場所。先程の倍の力で。
そしてそのままその腕を上に持ち上げる。プラプラと手錠は僕の前で揺らいでいた。
「……これ付けてなんの仕事が出来るって? えぇ?」
強制送還。何もすることなく人生初のバイトは終了。もはやボロボロの自転車を漕ぐ気にはなれず、トボトボと自転車を押して自宅へ向かっていた。
「なんで僕がこんな目に……」
思えばいつもそうだった。大学受験のある日、隣の女の子が突然泣き出した。試験内容が難しかったのだろうか。今まで何百時間、何千時間と努力してきたのだろう。ーーしかし試験はただ一度きりなのである。そのたった一回の、たかだか一時間程の試験で彼女の努力は無かった事になる。
僕はハンカチを彼女に渡した。それを受け取った彼女は涙を拭き取り、再び試験に挑みだした。試験が終わると彼女から感謝された。
「本当にありがとう」
「貴方のおかげで諦めずに問題を解く事ができた」と。
その後僕は試験の監視員からカンニングを疑われ呼出を受けた。僕は必死に事情を話したが、彼らがそれを認める事はなく、結局僕は第一志望の大学に落ちた。
そうして地元の私立大へと進学したが、自分の目指していた学問と講義の内容のギャップに絶望。大学を頻繁に休み、結局退学。
退学してからはバイトの面接を受け続けたがことごとく落ち、先日やっとツテで働けることになったこのバイトも結局はこのザマだ。
自分には何もない。頑張ろうと決心しても成功に繋がらない。どうせうまくいかないならもう何もしたくない。
気がつくと家まであと少しの距離にいた。もう陽が暮れかかっている。両親も帰ってきているだろうか。
「……親になんて説明しよう」
虚しくぶら下がる手錠を見て一人溜息をつく。
ーーあいつ、なんだったんだろう。
突然現れ、手錠だけ残して去っていった謎の宇宙警察。目的、正体、一切不明。ただ、美人。
「まあ、バイトもクビになったわけじゃないし、夜にでもオーナーに謝るか…………ん?」
家の表札の前に女の子が立っていた。紺のブレザー、スカート、ニーソックス。紛れもない、あいつだ。
「あ」
あちらも僕に気づいたようである。少し躊躇いがちに僕の方へ向かってきた。
僕は歩くのをやめ、彼女が向かってくるのを待った。そして彼女は僕の前に着くと、僕の目を真っ直ぐ見ながら無愛想に命令してきた。
「腕を出せ」
僕は正直、こいつに次会った時には文句を散々言ってやろうと思っていたが、そういう気分ではなくなってしまった。
きっかけは単純だ。あの大学受験の日、僕が渡した水色のハンカチが彼女の胸ポケットから顔を出していた。
例えうまくいかなかったとしても間違ってはいない。失敗したらまたやり直せばいい。
僕は何も言わずに腕を差し伸ばす。彼女は鍵を取り出し右腕の手錠を外した。
「……外れたぞ」
「ああ。ありがとう」
この言葉を聞き、彼女は驚いたように顔を上げる。
「怒らないのか?」
「ん? ああ。怒ったりなんかして公務執行妨害でまた捕まりたくないからな」
むっ、としかめ面をする彼女の横を通り抜け、車庫へ自転車を停める。車が無いところを見ると、まだ両親は帰ってきていないようだ。
「もう手錠も外してもらったし、明日からまた働けるようオーナーにはお願いするよ」
「…………そうか」
彼女も心配していたのだろうか。安心したかのように少し、ほんの少しだけ笑った。その表情を見て僕も少し笑う。
「それじゃ宇宙警察さん。お務め頑張ってください!」
わざとらしく彼女に敬礼をし、僕は玄関へと向かう。また明日から頑張ろう。長かったようで、実はなにもしていない一日がこれで終わっ……
「……待て」
掴まれる。本日三度目の場所を。アザが出来ていないか後で確認しておかないと。
「な、なに?」
「……貴様の部屋、捜査してもいいか?」
「………………は?」