釣られる虎
俺は今、狐に連れられている。なぜこうなったかは分からない。朝まではこいつのような存在は俺にとってはただの餌だった。それがいまでは…
「どこまで行くんだ?」
俺は狐に尋ねた。
「どこか広い所へ行きましょう。ギャラリーがたくさんいるところへ。ああ、ここら辺がいいですかね…」
狐は答えた。周りには狸やらなにやら、つまりは俺にとっての餌がたくさんいた。いたのだが、問題はそこではない。
「なんだ…これは…?」
俺は驚いた。ここにいるやつらが全員、見るからにおそれおののいている。いや、正確にいえば、ここまでの景色はそう、皆いつも通りだ。俺をみて被捕食者どもはおそれおののく。だが今俺の目の前に広がっている光景は決定的にちがう。何が違うかは言い表せないが、
確実にいつもと雰囲気が違う。
勘違いなんかでは決してない。
「これは一体…?」
狐は、もとい、神の使いは答える。
「もう分かりましたよね。」
なんだか狐の声の調子がおかしいような気がしたが、それどころではない。俺はもう何も言い返せなかった。こいつの言っていたことは本物だ。こいつは俺以上の何かを確実に持っている。
「…っく。」
足が前に進まなかった。それどころか足が震えている。俺の目には狐の背が映っている。俺の目に映るその背中はさっき俺がこいつを喰おうとした時のものとはまるで別物だった。あるいは俺の目が節穴だったのか。
これが恐怖というものなのか、警戒しようとなにをしようと無駄だ。
ただひたすらに相手と自分との違いを思い知らされる。こんなものを俺は知りたがっていたのか。なんて…なんて…。
俺はもう狐を追いかけることはできなかった。
狐の背中がひたすらに遠くなっていった。