狩られる狐
もしかして世界は「敗者」と「勝者」の二つに分かれているのかもしれない。そして僕はきっと「敗者」だ。
僕は子狐のころ、両親に鈍臭いと言われた。体だけは一人前の狐になってからも僕に対する周囲の対応は変わらなかった。
「ノロマ」
親父はこの言葉をまるで僕のためにあるようだと言った。またある友人は僕こそがこの言葉のためにあるとまで言った。
まったくもって理解できていない。僕という個を。僕らという種を。子供のころから僕は自分たちという種がどのようなところに位置しているのか分かっていた。僕たちは被捕食者だ。だから僕たちが長生きしたければ、やたらと動き回ったりして警戒を怠ったりするべきじゃあ決してないのだ。
でも、彼らは分かっていなかった。なにを勘違いしたのか、二人ともいいえさ場があるからといって浮かれて気を抜いていたら、案の定狩られた。僕はそもそもえさ場になんか向かっていなかったけれども、ほかにもかなりの数の同胞がその時同じ場所にいてかなり狩られたようだった。その中の一人が僕の父で命からがら逃げ出してきた彼が僕に苦し紛れに「お前のノロマも役に立つこともあるんだな」と口汚く僕を罵ってきたけれど、悲しいかな、それが彼の最期の言葉となってしまった。ノロマであろうとなかろうと関係ない。喰われてしまえばすべて終わりだ。死んでしまえばすべて終わりだ。殺されてしまえばすべて終わりだ。僕たちは分をわきまえなければならないはずだ。親父はそれを分かっていなかった。
だから死んだ。
ノロマと嘲ってきた僕よりも早く。
僕は確かに動きがノロイ。だがそれがなんだというのだ。僕が無能ならば、だれも僕には責任ある仕事を負わせようとはしないだろう。ノロマでもなんでもいい。誰かの後ろに隠れていれば、僕には危機はやってこない。いつだって僕は自分のことを最優先で考えてきた。ノロマでもなんでもいい、生に縋りついてやる。そしてこれからも。
「 」
声にならない悲鳴が轟いた。
襲撃だ。周りの仲間たちは一目散に逃げ出した。
(違うそっちじゃない、まわり込まれている、そっちは囲まれている。)
僕はあたりを見回した。
(どこに逃げればいい?)
敵は刻一刻とせまってきている。考えている余裕がない。落ち着かなければ。
(どこだ、どこに行けばいい?)
僕は必至だった。そしてなにより焦っていた。落ち着きを失っていた。だからきっとそのせいなんだろう。いつもでは考えられないほどに思考が鈍って、僕は当然のことを失念していた。僕があたりを見回して相手が見えるということは、相手からも僕の姿が見えているという簡単なことを。
カサリ、と背後から足音がした。僕はすぐさま振り返る。そこには一体の虎がいた。目が合った。あまりの恐怖に足が動かない。しかし、恐怖だけではない、それだけでは説明できないなにかもっと大きなものを、隔たりを感じた。僕は頭の中だけではなく、実感として知った。「勝者」と「敗者」の違いを。埋められない、圧倒的な差を。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)
畜生、なんで昔のことなんかを思い出してしまったんだ。いつもならこんなミスするはずがないのに。……最初の失敗がそのまま最期の失敗になるなんて。相手がゆっくりと近づいてくる。
(でも、このまま死んだら僕は本当に皆が言っていたような鈍臭い奴じゃないか。そんなのは御免だ。)
あいての牙がゆっくりと開かれていった。
死にたくない。
そして僕は