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Hybrid Rainbow  作者: pepe
3章:虚ろなる我が身、救いたる御手はなくとも
9/26

3-3

 昼は歩きながら固いパンと干し肉を食い、結局、行軍は野営の準備に取り掛かるまで続いた。

 さすがにこれはいつものスタイルではないらしく、傭兵たちもバドの強行軍にいぶかしんだ。

「なにを焦ってんだか知らねえが、こっちは徒歩なんだ。参るね」

 今朝方にも声をかけてきた男が、アルスに向かって愚痴をこぼす。二人して薪拾いに狩り出された時のことで、さすがにバドの耳に入るのは怖いと見える。

「先生は進路を変えたとか言ってたけど」

「なんだそりゃ。聞いてねえな……まあ、後でお(ダンナ)が何か言うかもな」

 ただ愚痴を言いたかっただけらしく、さして興味もなさそうに流した後で、男はアルスに向かって笑みをこぼした。

「いやあ、しかし、おれより(わけ)えのが入ると……こう、なんだ、嬉しいもんだな」

「なんでだよ?」

「なんでってそりゃ、威張れるからに決まってらあ」

 と、偉そうに胸をそらす。

「まあ、困ったことがあったら、なんでもこのゴズの兄貴に言ってくれたまえよ」

「あんた、ここで一番の下っ端だろう? それなら先生に言うよ」

「下っ端って言うんじゃねえよ。まったく、近頃のガキは可愛げがねえな」

 不快げに眉をひそめてみせる。が、ゴズと名乗った男は、元来がさばさばした性格なのか、次にはけろりとしてアルスに話し掛けている。

「ところでよ、おめえ農民のせがれ(、、、)だって聞いたけどよ、この辺の村の出なんだろ? ミナって村、知らねえか?」

 少し照れ臭そうな表情を浮かべるゴズに、アルスは知らないと告げる。すると、ゴズは笑顔のまま微妙な表情を浮かべる。

「そうか。そうだよな。まあ、山奥の寒村だし、知ってるわけねえよな」

「あんたの生まれた村なのか?」

「ああ、そうさ。なーんにもねえ村でよォ、まったく何だってこんなとこに生まれちまったんだって思ってた。シケた村でシケた生き方するぐれえなら、いっそのことってんで飛び出してきちまって、こうしてるってわけだ」

 語るにつれて笑顔の萎んでいくゴズに、アルスはなんだか悪いことをしたような気分になってくる。

 次第にゴズの表情が郷愁のそれに変わっていくが、村を追い出されるように出て数日しか経ていないアルスにとって、それは実感が湧かない類いの感情だった。

「まあ、でも悪いとこじゃなかったような気も、今じゃするんだぜ? 冬は長くて辛いけどよ、雪が溶けると一面に白い花が咲くんだ。そりゃもう、また雪が積もったのかって思うぐらいさ」

 薪を拾いながらも、その眼が映しているのは遠い故郷のことだろうか。故郷を懐かしむような、今の生活を悔いているような、そんな複雑な表情だった。

「好きな女も居たんだけどな……。なんでだろうな、あの時は村から出るのが正しいと思ったんだ。一旗上げて、きっと迎えに帰るって約束したけどよォ、もう待っていちゃくれねえだろうな」

「後悔してるのか?」

 その無遠慮とも言えるアルスの問いかけに、ゴズはなんともいえない表情で「どうだかな」とだけ答える。

「待ってるさ」

「ん?」

「きっと待ってるよ、今でもその(ひと)。そうじゃなきゃ、そんなのおかしいじゃないか」

 アルスの言葉に、ゴズはなけなしの笑顔でうなずいた。

「そうだよな。まあ、でも別にだれかと一緒になってても構やしねえさ。そん時には、待てなかったのを後悔させるほど、出世して帰るんだからな」

「そうだよ。あんたは間違ってなんかいねえよ」

 ああ、とうなずいて、ゴズは鼻をすすった。

「おめえ、いい奴だよな。さ、早く拾って帰ろうぜ、遅れると飯抜きだからな」

 笑って、ゴズは言った。

「あんた、大人だよな……」

 どうしてこんなに子供なんだろう。人を慰めることもできず、背中を押すこともできず、なにもできない。これでなにかが出来るのだろうか。胸中に不安を過ぎらせるアルスに、ゴズが真面目腐って答えた。

「当たりめえだろうが。おめえとは年季が違うんだよ。まあ、おめえもあと十年すりゃ、おれみてえなイイ男になれるぜ。おれが保障してやらあ」

 ゴズが笑うから、アルスも笑った。そうすることが精一杯だと言うように。

「いらねえ」

「ンだと、この野郎! おれ様がせっかくだなあ……」

「早く戻らねえと飯抜きなんだろ、兄貴?」

 薪を腕一杯に抱えて走っていくアルスを見て、ゴズが頭をかいた。どういうガキなんだか……呟きながら、自分も野営地へと戻り始める。

「ま、ガキは元気が一番ってね」

 ひとり納得したようにうなずきながら、そろそろ不平をわめき始める腹の虫を宥めるように腹を撫でた。



 その夜、食事を終えた傭兵たちを前に、バドから予定の通達があった。

 さすがに荒くれの男たちを押さえてきただけに、前に立つバドには迫力があった。小男ですらあるバドの体躯が、何倍にも巨大に見えた。

 ひとしきり現況を述べた後で、バドはできるだけ迅速に資金の調達をしなければならないと括り、全員に今回の目標を伝えた。

「エンデルト城だ」

 城を襲うというバドの発言に、傭兵たちがざわめく。それを見て、アルスは手近なゴズに尋ねた。

「どういうことなんだ?」

「今まで城を襲ったことなんてないんだよ」

 理解できていないアルスに、ゴズが丁寧に教えてやる。

 だいたい標的とされてきたのは、小さな領主の館か、税の集積地点だった。兵こそ貼り付けているものの、その大半は防御施設としては落第点ぎりぎりという建物で、労少なくして確実な成果が得られる。

 もちろん、得られるのは穀物や特産品ぐらいで、金銀財宝というようにはいかない。それら戦利品をそのまま利用したり、売りさばいたりして、彼らはその命脈を保ってきた。

「城ってのは、城主の館だから、そりゃお宝はあるだろうがなァ。集積所なんかとは違って、本物の城となると楽にはいかねえもんさ」

 ははあ、とアルスは納得したが、実際はそんなものではない。たかだか二十数人の集隊で城を攻めるなど、無謀以外のなにものでもなかった。

「それにエンデルトの城となると、この辺でもかなり大きな部類の城になるんだぜ。詰めてる衛兵も十や二十じゃきかないって話だ」

「それって、無理なんじゃないの?」

「おれもそう思うけどよ、大将にはなんか策があるんじゃねえのかな」

 考えられる可能性としては、エンデルト城の防備が手薄になっているとか、内通者がいるとか、その辺りだろう。まさかアルスの持つ正体不明の魔器(ロスト)にそこまで期待しているとは思えない。

 いや、ありうるのか。ジラットは魔器(ロスト)を『単体で戦場を支配できる』と評した。

「心配には及ばん。他の傭兵仲間にも誘いをかける。ここで名を売れば、我々も一流の仲間入りというわけだ。いずれ大義を為す我々の名は全国に知れ渡ることになるだろう」

 バドはそう締めくくった。確かに先導者としての才能を持ち合わせているには違いない。ただ、あるいは煽動しているだけなのかも知れない。

「採算はできてそうだな」

 安楽にゴズが感想を述べた。

 アルスはジラットの言葉を思い出し、急にぞっとした。

 もし、本当にバドが自分のついた嘘に追い詰められているのだとしたら、これが焦った末の結論なのだろうか。彼は自分だけでなく、自分を信じた者すらも地獄へと急きたてているように見える。

 それとも、これが魔器(ロスト)の影響力なのか。すべてを呑み下すほど巨大な力ゆえに、人を狂わせていく。これまで堅実に積み重ねてきたのであろう彼らのすべてが、その影響で崩れ落ちていく幻影を見て、アルスは身震いした。

 そして、もうジラットですら止められはしなかったのだと確信もしていた。

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