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Hybrid Rainbow  作者: pepe
3章:虚ろなる我が身、救いたる御手はなくとも
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3-2

 傭兵隊の朝は早い。朝陽が顔を見せ、まだ夜霧が晴れ切らぬ頃には、朝食の支度が始まっている。湿り気を帯びた薪が、もくもくと白煙を立ち上らせていた。

 どうも色々と考えすぎたらしい。寝覚めの気分は最悪だった。眠たい眼をこすっていると、

「起きたか?」

 手近な男が声をかけてくる。

「起きたら身支度を済ませておけよ。飯を食ったら、すぐに出発だからな」

「どこへ行くんだ?」

 そのアルスの素朴な質問に、男は少し肩をすくめて見せた。

「次の戦場さ」

 そう言って、さっさと立ち去る。それを見送ったアルスは、ようやく立ち上がり、毛布を畳み始めた。古ぼけて薄っぺらになった毛布でも、寝藁よりは心地が良かった。

 片付けを終えて、配られた朝食を頬張る。実の少ないマメのスープは塩辛く、パンはいつのものとも知れないほど固い。村に居た時とそう変わらない食事。

「頭を使うと、腹が減るんだな」

 粗食を貪りながらこぼした言葉に、クローディアがひっそりと笑ったようだった。

 ようやく霧が晴れ始めた頃には、すべての後始末が終わって、行軍が始まっていた。アルスはジラットの荷馬車に沿うようにして歩く。余計な荷を積めば車輪が痛むし、馬も疲れる。そうそう甘やかしてはくれない。

「昨日はよく眠れなかったようだね」

 ジラットは昨夜のことなど忘れたように、変わらぬ調子でそう言った。

「だれのせいだと思ってるんだよ」

「ふむ。だが、寝不足以外は健康なようだね。若さとはうらやましい」

 さしてうらやましくもなさそうな口調に、アルスは鼻を鳴らす。

「この行列、これからどこへ行くんだ?」

「進路を変えて北上する。そろそろ路銀も尽きる頃合でね。稼ぎ出さなくちゃならんというわけだ」

「戦争でもやんのか?」

 傭兵の一人が答えた言葉を思い出して尋ねるアルスに、ジラットはそれを否定する。ではどうするのかと思えば、それについては詳しく説明する気はなさそうだった。

「この辺りではしばらく戦はないね。もともと貧しい地方だし、今年は特に冷夏で作物の育ちが良くない。戦をするだけの余裕はないよ」

「余裕がありゃ、戦すんのかよ?」

「そのように聞こえたかね? まあ、間違ってはいないな。余裕がなければ兵も雇えんし、兵糧も買えない。後者については現地調達という方法もあるが、さすがに子飼いの部下までそれで養うわけにはいかんからね」

 現地調達と(、、、、)ジラットは言ったが、それは略奪に他ならない。自分たちを守るはずの領主からさえ略奪を受けたことが一度や二度ではない、と、村長は言っていた。それでも税を納めなくてはならない。とてつもなく理不尽な話だった。

 アルスにとって不愉快な話題になってきた事に気付いたのか、ジラットはいったん口を閉ざし、話題を変えた。

「ところで君の魔器(ロスト)()はなんと言うんだい?」

「クローディア」

 即答して、しまったと顔を強張らせる。他の事に気を取られていたせいで油断していた。『トゥルース』と答えるべきだったろうか。

 だが、ジラットはそうしたアルスを気にした風もない。

「クローディア、か。変わっているな。君が付けたのか?」

「ああ、うん。まあ、そんなとこ」

 どう変わっているのか(、、、、、、、、、、)は分からなかったが、適当に話を合わせてはぐらかす。クローディアは『トゥルース』と名乗っていたが、その二つの名前がどう違うのか、アルスには分からない。

「なかなかいい名前を付けたね」

 ジラットはそう結論しただけだった。

 アルスの脳裏には昨夜のジラットの言葉が過ぎる。魔器(ロスト)を持つとは、どういうことなのか?

 魔器(ロスト)を正しく使えと言う。だが自分の正しさを疑えとも言う。訳が分からなかった。ジラットはいったい何が言いたいのか。

 確かに、手にした魔器(ロスト)がクローディアでなかったのなら、アルスは思いのままにその力を振るっただろう。怒りに任せ、欲望に任せ――つまり、ジラットが懸念したような使い方をしただろう。

 しかし、アルスの手にした魔器(ロスト)は、単なる兵器ではなかった。クローディアという人格をまとう『トゥルース』は、アルスにとって兵器である以前に心を許せる友だった。

 その友人(、、)を自分のための殺戮に使えるはずがなかった。

 そう考えて、アルスは考え方の根本を間違えていたことに気付いた。ジラットの問いは、無用のものだったのではないかという事に思い当たる。

 アルスの歩む道は彼だけのものではない。クローディアと一緒に居たいと願い、村から出た。ならば、これは共に歩むクローディアの道でもある。

 一人では何が正しいのかすら分からなくても、二人ならきっと正しい道を選べる。そう思った。

 クローディアがアルスを信じて身を委ねたように、アルスもクローディアを信じている。互いの欠点を補い、そして共に歩む。それは理想的な共生関係とも言いえただろう。

 唐突にそのことに思い至り、アルスは前途が開けたような気になった。理屈など必要なかった。ただ信じていればいい。自分と、そしてクローディアを。

 そのアルスの表情に気付いて、ジラットが尋ねてくる。

「どうやら、結論が出たようだね。良ければ聞かせてもらえるかな?」

「きっと、先生にも分からないさ。おれとクローディアにしか分からない答だから」

 新しい謎かけか何かかと思ったのか、ジラットは「ふむ」と呟き、顎を撫でた。

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