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Hybrid Rainbow  作者: pepe
7章:過ぎ去る時にその重みを知る者はなく
19/26

7-1

 其は何ぞや。神か、人か、獣か。

 ――聖典『無窮の書』第十三節


 出陣は華やかだった。着飾った騎士たちを率い、バルドレード伯ベルナルドはオロドヴァを発った。出陣には大司祭オスティンも顔を見せ、伯に祝福を送った。

 晩春の定例行事であるかのように、市民たちはその列を見送る。活気に満ちた市内では、その出陣に合わせての物売りまで見られたのだから、もはや一種の祭りと言って良かっただろう。

 行列は伯を先頭に位階の高い騎士、平騎士、傭兵、徴用兵……という具合に続く。もちろん、行軍隊形ではないが、市民への示威という意味合いを兼ねてのパレードだ。

 クリスとともに、アルスはわりと前方に位置していた。周りをクリスに劣らぬ装飾の施された鎧を着た騎士たちが固めている。いずれもそれぞれ軍旗を持ち、数人の従者たちに盾や槍を持たせている。

 アルスも一通りの武装をしていた。『トゥルース』は革袋の鞘に収めており、鎖帷子の上から胴鎧を着て、篭手で固めている。軽装ながらきらびやかな鎧は、ベルナルド伯下賜(かし)の証である紋章を刻んであった。冑は面頬のないもので、頭頂に赤く染め上げられた羽飾りが植えられている。鎧下のキルトや腰までの短いマントも赤で、おそらく、これはアルスの赤毛にちなんだものなのだろう。

 恥ずかしいほど色調が統一されているのだが、周りを見て納得する。けばけばしいほど派手な騎士たちの出で立ちを見ると、これでもまだ、控えめな方なのだ。

「やっと従者らしくなったな」

 その格好を見下ろしたクリスは、純白のマントをたなびかせている。旅装の頑丈一点張りのマントではない。アルスの掲げる軍旗、オライオン家の『城を守る白獅子』に合わせたものだ。輝く騎士鎧を身にまとった姿は、鋭く整った容貌も手伝って、周囲の騎士たちが霞むほど凛々しく見えた。

 彼女の腕に幾つも抱えられた花束は、パレードに駆け寄って来た城下の町娘たちに手渡されたものなのだが、それが男装の麗人として渡されたのか、それとも見目麗しい男性として贈られたものなのか、どちらにしてもクリスは苦笑するしかなかった。

 しかし、姿は立派といえども、騎士一人に従者一人という状態は、自分の家名を誇る軍旗を持つ騎士としては、甚だ不足したものだ。行進の先頭近くにいるとなると、なおさらのことである。そのため、彼らの周囲は事情を知っている伯家譜代の家臣団で固められていた。

 そうしたきらびやかな集団の中にあってさえ、ひときわ異彩を放つのは、この時代には珍しい正規の常備軍である、伯の親衛隊である。黒を基調とした装いで統一され、簡素ながらも動きやすさと防御力を考慮した全身鎧を身につけ、馬にまたがっている。その数は三十騎に及び、威圧感をともなう存在感は圧倒的なものがあった。アルスは、その様子を間近に見ることが出来た。

「彼らはひとつずつ魔器(ロスト)を持っている」

 と、クリスが解説した。いずれも『トゥルース』に及ぶほど高位ものものではないが、紛れもない魔器(ロスト)である。それがバルドレード伯の底力だった。

 その引き締まった親衛隊のシルエットが、無言のうちにこれから向かう戦場の厳しさを語っているようだった。

「戦争、か……」

 複雑な表情を浮かべて、アルスは呟く。血が騒がないわけではない。ただ、それ以上にクリスの体調が心配だった。

 それはアルスがいくら心配したところで、どうにもならない事ではあるのだが、気にしないでいられるものでもない。

『彼女を信じるしかないわ』

 そっとクローディアが囁いた。相変わらず、彼女はアルスの気持ちを寸分違わず捉えている。

「そうだよな……」

 やれることだけはやると決めたのだ。もう迷ってもいられない。

 必然の流れに乗るように、ここまで辿り着いた。だが、アルスはまだ何ひとつとして自分の意思で決めていないような、そんな思いに囚われていた。そのわだかまりも今は溶け、どこまでやれるのかを確かめてみたいという気持ちが強い。

 ジラットの問い――自分に何ができるのか、その答はまだ出ていないのだから。



 今回の出兵は定例行事のような装いを見せてはいるが、その実、火急の出陣でもあった。例年よりも早く、軍を動かしたソヴァース公に急襲されたサン・ロー砦の救援が、その主目的である。

 辺境の守り、その要として建造されたサン・ロー砦は、それだけに重防備の城砦であるが、公の大軍団に急襲されては危うい。報せでは二週間が限度だった。

 サン・ローの陥落は、直接、バルドレード伯領の危機に直結する。陣取り合戦の様相を呈するこの時代の戦は、拠点制圧が勝敗を分ける。平野での決戦による主力部隊の撃滅という考え方は、主流ではない。

 サン・ロー以降、伯領には大軍が拠るべき城砦はない。となると、どうしてもここを死守する必要があった。

 そこでベルナルドは軍を二つに分けた。中核戦力による急進と、兵站を含めた後続部隊とに分け、まず中核戦力によってソヴァース軍を一撃する。これによってサン・ロー守備隊の士気を上げ、ソヴァース軍の士気を低下させる。そして後続と合流した上で、城砦を取り囲む敵軍に対して前と後ろから挟撃するのだ。

 アルスが驚いたことに、ベルナルド自身が急進グループに身を置いた。

「まあ、あの御仁は戦がお好きだからな」

 クリスは苦笑いしたが、その彼女も先発組だった。馬を持つ騎士、傭兵たちの大部分が、この先発組に編入されていた。弓隊は同伴しないが、それは城砦に駐留する守備隊の弓兵で事足りるという計算だった。

 アルスはと言えば、他の従者と同じように、走って付いていくことになる。確かに農民出身ともなれば、そこらの貴族の子弟より体力には恵まれているが、さすがにその距離を地図の上で見て、これまでの旅路と比べると呆れてしまう。

「敵は多い、手柄を挙げる好機と心得よ! 行くぞ!」

 銅鑼声が、この大軍の中でもよく通る。ベルナルドの号令のもと、先発軍団が小走りに駆け出す。

 クリスが軽快に拍車を入れる。栗毛の愛馬がひとついななき、足を速めた。

「くそっ、鎧なんか、貰うんじゃなかった」

 軽装とはいえ、結構な重量となる鎧に文句を吐いて、アルスはクリスを追うのだった。



 サン・ロー砦まで、まともに進軍して二週間の行程を、ベルナルドの直轄部隊はわずか一週間で駆け抜けた。重荷になる糧食は、各地の領主に供出させ、とにかく先を急いだ。

 供出された食事を取りながら、アルスは複雑な気分だった。半年前までは搾取される側だったのに、今では搾取する側だった。こんな事がしたかったわけではないのだが、では、なにがしたかったのかと思えば、その時は必死で、そんな事は考えてもいなかった。

 急進撃の後、一日の休息を取り、ついにベルナルド直率の部隊はサン・ローに至る。平地に位置するサン・ロー周辺で、唯一小高い丘を通った時、そこに展開する軍勢に圧倒された。堅固な城砦に群がる軍勢は、まるで餌にたかる蟻の群れのようだった。

「思ったよりも状況は悪いな……」

 その様子を一瞥して、クリスが漏らす。

 十重二十重と城砦を取り囲んだ軍勢が見えた。這い出る隙間もないほどの重囲だった。すでに堀は埋められ、城壁での攻防戦となっている。破城槌や投石器など、攻城兵器も数多く見受けられた。ソヴァース公が動員した兵力は予想以上だった。

「あの数、相手にすんのかよ?」

 アルスがさすがに弱音を吐いた。見た目からして、数がまるで違う。彼の身を置く部隊は三百人と聞いたが、眼下に展開する敵軍がいったいどれほどの人数なのか、多すぎてアルスにはまったく見当がつかない。

「まあ、それについては「勇猛公」の手並みを拝見するしかあるまい。私から離れるな」

 一声かけると、その視線は前方に向けられる。兜をきっちりと被りなおして、彼女は面頬(フェイスガード)を引き下げた。槍を鞍から外すと、手綱から手を離し、それを両手で構える。

「全軍、突撃! 突撃しろ!」

 ベルナルドが叫ぶ。それが各中隊長によって伝達され、三百に及ぶ軍勢がぞろりと動き出す。動きは加速され、のろのろと動き始めた人々は、あっと言う間に全速で丘を駆け下っている。

 口々に鬨の声を上げ、その声は地面を踏みしだく音と渾然一体となって轟きのように聞こえた。アルスも叫んだ。なにを叫んでいるかは自分にも分からない。とにかく、恐怖を吹き飛ばすほどの声を上げる。

 先頭には伯の家紋である『銀の双鷲』の軍旗が翻る。それに沿うように、幾つもの軍旗が駆け出している。かく言うアルスも右手に『トゥルース』、左手に『城を守る白獅子』の軍旗を持っている。

 丘の裾野まで降ると、すでに白兵戦距離だった。

 丘が視界を遮るために、ベルナルドの軍勢は発見されなかった。監視していた兵士が見つけていても、それがすぐさま中枢に伝わらないほど、ソヴァース軍は大軍だった。

 結局、外円で休んでいた兵士たちは、丘の上に突如として現れた兵団に急襲されることになった。

「敵襲?」

 轟きを聞きつけて、ようやくそちらに気付いた時には、すでに先鋒が肉薄していた。

 初撃は完全にバルドレード軍が主導権を握った。血煙とともにソヴァース兵を薙ぎ倒し、急速に切り込んで行く。

「槍兵、隊列を!」

 混乱したソヴァース軍は、それでも中隊長が号令を下して迎撃姿勢を見せた。だが、その指示も中隊レベルではどうしようもない。動きはバラバラで、百戦錬磨のベルナルドにとって、その間隙を突く事は造作もなかった。

 戦場で『銀の双鷲』は迷う事のない鋭角な意思を持って、先頭をひた走った。それに導かれるように、無数の色とりどりの軍旗が戦場を走る。まるでソヴァース軍の陣営を切り分けようとするかのように。

 その中でアルスも走っている。朝露に湿った大地は、兵に踏みしだかれて泥濘と化しており、その泥が跳ねて、瞬く間に新しい鎧を汚した。

「旗を貸せ」

 馬上のクリスはアルスから軍旗を鮮やかに奪い取る。足だけで軽快に馬を捌きながら、鞍の脇にある旗差しに差し掛けた。

 それだけの余裕はあった。

 右往左往するソヴァース兵は、ほとんど反撃もままならないでいる。当たれば触ってみるが、わざわざ行く手を遮ってまで出てこない。中隊長にしても、まず勝ち目がないと思えば、こんなところで部下を失いたくないし、なにより自分が死にたくはない。

 一隊か二隊が、『銀の双鷲』に目がくらんで立ちふさがったが、その程度は苦にしない。槍を並べた程度で、突撃が止められるはずもない。先鋒が敵の隊列に浸透した瞬間に、槍兵の隊列は崩壊した。

 純粋な騎馬突撃というわけではない。歩兵も混じって、混然となった突撃だった。だが、それがこの混戦では思わぬ強みとなる。騎馬が立ち塞がる敵を踏み潰せば、歩兵がその側面を守るのだ。

 ベルナルドが選抜したのは、ただ機動力に優れるだけではなく、熟練した戦士たちだった。親衛隊を中核に、すでに閲兵の段階で、選り分けられていたのだ。アルスが属したのは、クリスの従者であったからに過ぎない。

 バルドレード軍は、包囲していたソヴァース軍をいいように掻き回すと、そのままサン・ロー砦へと入城した。ベルナルドの動きに呼応したサン・ローの守備隊長は、古参のルッソ将軍だった。彼はソヴァース軍の混乱を見て、猛烈な反撃を試みて、成功を収めていた。

「戦場ゆえ、非礼の段は御赦しを」

 それが将軍の伯への第一声だった。すぐさま部下に命じ、伯が入城した証として、砦の天守に伯家の旗を翻らせた。

 痛快な反撃と、伯の入城で守備隊の士気は大いに盛り返した。

 被害はほとんどない。数名の脱落のみで、親衛隊に至ってはベルナルドの傍を片時も離れず、隊形すら崩していなかった。従卒から渡された布で淡々と拭い取る血は、すべて甲冑に付いた返り血という凄味だ。

 呼吸を落ち着けて、アルスは背後で閉ざされた城門を振り返る。騒然とした空気は城内からも、城外からも間断なく肌を刺激した。

 ほとんど何も見えなかった、というのが正しい。なにしろ、それは圧倒的な質量とスケールで広がり、そしてアルスの視界を覆い尽くした。すぐ目の前に突きつけられたものに焦点が合わないように、薄ぼんやりとしたイメージでしか捉えることができなかった。

 流れ落ちる汗を、懐から引っ張り出した手拭いで拭くと、顔に跳んだ泥がべったりと付いた。だれから渡されたかも分からない椀に入った水を飲み干し、ようやく手が白くなるほど『トゥルース』の柄を握り締めていることに気付く。

「戦場……」

 五感が飽和するほど感じた迫力に、呆然とアルスが呟く。振り仰げば、兜の面頬(フェイスガード)を上げたクリスが、悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらを見ていた。その息が弾んでいる。

「どうだ?」

 クリスの問いかけに、少年は曖昧な表情で首を横に振った。どうにも圧倒的すぎる光景に呑まれて、うまく頭の中を整理できなかった。

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