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Hybrid Rainbow  作者: pepe
6章:輝ける季節に彩られたる者たち
17/26

6-2

 さすがにオロドヴァは交易の要衝だけあって、活気のある街だった。気圧されるほどの熱気が、まだ晩春の風を暑いほどに感じさせる。

 街に入る前に装いを整えたクリスは馬に跨り、大通りを進んでいる。その後ろには『トゥルース』を携えたアルスが付いている。

 完全装備で街に入るクリスに、アルスはややたじろいだのだが、十年も紛争をしている領国の中心都市だけに、武装している者の姿は少なくない。

 クリスは真っ直ぐに大路を進み、城下町を抜けて、城門の前に歩を進めた。体調はいいらしく、少しも危うい様子はない。

 若い守衛は胡散臭そうな表情で女騎士に近づいた。

「傭兵の雇用なら、街の外でやっている。閲兵には間に合うだろう、そちらへ行ってくれ」

「オライオン家の者だ。伯にお会いしたい」

「オライオン? いや、そもそも、なんで女が鎧なんぞ……」

 言い差した守衛を、もう一人、こちらは年配の守衛が止めた。

「それは我々の仕事ではない。――ご無礼を、騎士殿。身分を証立てる品はお持ちか?」

 どうやら、クリスのことを見知っているらしい守衛は、信頼感を込めた口調で形式に定められた口上を述べた。

 門の守衛に対して丸められた羊皮紙に目立たないように貨幣の入った小袋を添えて渡す。

 門衛は恭しく受け取ると、待機所に声をかけて、羊皮紙を託した一人を走らせた。

「なにを渡したんだ?」

「家系の証明書だ。オライオン家の、な。伯に面会するには、それぐらいは必要になる」

 渡した小袋は、その繋ぎを頼むための手間賃(チップ)だった。

 少し待つと、証明書を持った衛士が戻って来る。丁寧にクリスに証明書を返却し、

「ご入城ください、クリスティーヌ卿。中で係の者が案内いたしますので」

 恭しく頭を垂れた。

 それを見て、アルスは本当にクリスが貴族だったのだ、と漠然と思った。もっとも、そうした肩書きが何の役に立つのか、アルスにはいまいち分かってもいなかったのだが。



 伯との面会には、かなりの時間を待たねばならなかった。面会を申し込む者は多く、その申し出順と身分を加味して、順番が定められる。その日の内に面会が適ったこと自体、クリスの身分に因るところが大きかっただろう。

 面会の場である広間に入ると、クリスは非の打ちようのない作法で伯に挨拶した。礼儀作法などまるで知らないアルスは、その後ろでギクシャクしている。

 その場違いな少年に、伯は見向きもしない。

「久しいな、クリスティーヌ殿」

 ベルナルドは壮年末期の精悍さが浮かぶ顔に、鷹揚な笑みを浮かべた。

 「勇猛公」と呼ばれるだけの威厳と迫力は、その姿からも滲み出ていたが、とにかく声が大きかった。戦場で指示を通すための銅鑼声は、広間にわんわんと反響するほどだ。

「今年は参られるのが遅く、心配しておったのだ。また我が軍へ参じてくれるのだな?」

「はい、そのつもりでまかりこしました」

 そのクリスの返事に、ベルナルドは大いに機嫌を良くしたようだった。

「そなたが味方してくれるのであれば、百人力というものだ。いやはや、婦人にしておくには勿体ない猛者よ」

「ありがたき御言葉。ただ、女の身ゆえに目立つこともありましょう。閣下の評価は過大というもの……」

「いや、我が愚息も卿ほどの人物であれば、と思うと、悔しくてならぬ」

 そう言って、ベルナルドはちらりと傍らを一瞥した。その動作で、初めて隣に男が立っていることに、アルスは気付いた。

 青白い顔の青年は、神経質そうに眉を動かした。それは怒りからではなく、恐怖からだったろう。「惰弱公子」と囁かれる、伯の嫡子オスカーだった。

 父親とは似ても似つかぬ文人肌という感じのオスカーは、首から下の体積は父の半分とないように見えた。強いて共通点を探すのなら、その背の高さや髪の色など、その程度のものだろう。

「ところで、卿の後ろに居るのは?」

 今しがた気付いた、という口調でベルナルドが尋ねた。その強烈な眼光が自分を捉えていると思っただけで、アルスは異常に汗が吹き出た。生唾を飲み下す。

「私の従者です。農民の倅ではありますが、見るべきところがあると思いまして……」

「ふむ」

 人骨すら噛み砕きそうな顎に手を当てて、ベルナルドはうなずいた。そして、値踏みするようにアルスをじっと見据える。

 その視線は、とても耐えがたいもののように見えた。たとえば獲物を狙う猛獣のような、そんな眼差しだ。だが、目をそらせば負けのような気がして、アルスは踏みとどまった。あまつさえ、睨み返す。

 その気配を背後に感じたのか、クリスは少しだけ口元を緩めた。

「良い眼をしている」

 ベルナルドは呟くように言って、それ以上はなかった。すぐにアルスの事など忘れたように、クリスへと視線を移した。

「三日後に出立する。それまでは城内に部屋を用意させよう。そう、オスティン猊下にも挨拶してくるといい。わしは戦の準備に忙しいのでな、ゆっくり話をする機会も得られんだろうが……」

「閣下、ひとつお願いがございます」

 クリスが伯の言葉を遮って、声を上げた。それに対して、ベルナルドは鷹揚さを見せてうなずく。

「雇った傭兵の一覧――その閲覧をお許し頂きたいのです」

「どういうことか?」

 怒った様子も見せず、それどころか面白そうな表情で問う。

「この少年との交換条件で、従卒になる代わりに人捜しを手伝えということでして」

 嘘だった。しかし、アトリの事は聞いている。危険な男だともクローディアから聞いた。となると、同じ軍の中に居合わせるのはまずい。

「ふむ。まあ、良かろう。卿の面目を潰すわけにもいかんしな。しかし、面白い小僧よ。クリスティーヌ・オライオンほどの相手に、交換条件とは……その度胸、わしの親衛隊に欲しいほどだな」

 そう言って、ベルナルドは大音声で笑った。

 誉められているのは確からしいのだが、あまりの声量の大きさに、アルスは思わず眉をしかめ、その様子にまたベルナルドが笑った。



 与えられた個室に落ち着いて、アルスはようやく溜め息を吐き出した。

「変なおっさんだな」

 不敬罪を軽く飛び越えそうな発言で、アルスはベルナルドを評した。それを嗜めるように、クリスは答える。

「剛毅なのだ。猛将と呼ばれる方だからな。しかし、気に入られたものだな。衣服まで下賜されて」

 上質な綿の服に包まれたアルスを見て、さも面白そうに笑う。手の込んだ刺繍や飾りの施された服は、ベルナルドがアルスに与えたものだったが、気品などあるはずもないアルスには残念ながら似合っていない。

「伯の親衛隊に入ったらどうだ? 並みの騎士よりいい暮らしもできるし、活躍によっては領地を賜れるぞ」

「おれはあんたの従卒だろう? あんたがおれを騎士にしてくれるまで粘るよ」

 冗談めかしたクリスの言葉に、アルスも冗談で答えた。口が達者になったものだとクリスは笑い、そして笑いを収めて尋ねた。

「冗談は措くとしても、本気でやってみたらどうだ? 私の推挙と伯自身の許可があれば入隊には問題ない。魔器(ロスト)があれば、間違いなく活躍もできるし、重用される。悪い話ではないと思うがな」

「おれはいいよ」

 クリスの勧めに、アルスは首を横に振った。かたくなさや、クリスへの同情からではなく、ただ自然にそうするべきだと言うように。

「先生にも言われたけど、おれはまだ全然、何も見てないんじゃないかと思うんだ。まだ見なくちゃなんないものはたくさんあると思うし、もっとたくさんのものを見たいって思う。だからさ、ここで諦めちまうのはもったいないと思うんだ」

「言うようになったものだな。育て方を間違えたか」

 呆れたように嘆息するクリスは、しかし、言葉のわりに嬉しそうだった。世俗諸侯でも最大級のバルドレード伯からの仕官の誘いに乗ることを「諦める」と表現するのは、この少年ぐらいのものだろう。本来なら、一も二もなく受けるべき話だ。貧農の倅には信じがたいほどの栄誉と富を手にする、千載一遇の機会だと言うのに。

 アルスは本当に自分やジラットの言葉を正しく解し、信じられないほど真っ直ぐに成長している。それは面はゆいほどに嬉しいことだった。

 同時に、いらぬ危惧が鎌首をもたげる。それが彼に不利をもたらさないか、ということだ。ともかく、渡世術を一切、持たない。不器用なほど純粋な少年だった。

「……悪いが、また眠くなってきた。オスティン様に会うのは明日にしよう」

「ああ。おれ、アトリのヤツのこと、調べて来ていいかな?」

 クリスは軽くうなずき、一人で大丈夫か、と訊いた。

「子供扱いすんなって。なんとかするさ。おっさん(、、、、)の許可はあるんだからな」

 その言い方に、クリスは微妙な表情を浮かべ、

「頼んだ、クローディア」

 と、相方の方に頼んだ。襲い来る睡魔が思考を鈍らせていたのかもしれない。

 クローディアもまた世馴れないことは確かで、その後、奇妙な二人連れは忙しく働く書記官たちの職場を引っかきまわして不評を被ることになるのだが、そうした事態を想定していなかったのはクリスの失敗だった。

 それはさておき、結論から言えば、バルドレード伯の軍勢の中にアトリの名前は見出されなかった。偽名を使っている可能性が皆無というわけではなかったが、名を売るのも商売の内である。偽名を使う可能性はかなり低かったので、まずいないと断定して良いはずだった。

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