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Hybrid Rainbow  作者: pepe
6章:輝ける季節に彩られたる者たち
16/26

6-1

 者ども、謳い祈りたれば、奇蹟の輝きに包まれたる。その輝きの神秘なること、記すに足る言葉とてなく。

 ――聖典『天壌の書』第八節


 ――兵器に心は不要だ。判断を鈍らせる。

 それがクローディアに対する、正当な評価だった。

『特異なインターフェイスが問題だったのか?』

『いや、それなくして『トゥルース』は完成しない。複数機能ならば簡単な入力システムで機能するが、これはまったく別物だ。多次元構造ユニットともなれば、その把握は人間の認識能力を超えてしまう。どうしてもユニットの側で(、、、、、、、)状況に対応せざるをえない』

『それは分かるが、問題は『クローディア』がオペレーティングシステムとして以上に機能している点だ。技術的なブレイクスルーとしては特筆モノだが、兵器としてはそれが難点だ』

『兵器としては、な。だが、考えても見たまえ。兵器として捉えない場合、彼女は素晴らしい素材(、、)だ。フレームは銀色の流体金属に過ぎんというのに、与えられた偏光迷彩(ミリタリーテクノロジー)を使って人の姿に似せることまで学習した。あれの心が単なるプログラムではないという証だよ』

『その議論は措くとしても、そもそも、人間の思考の読み取り(スキャニング)など、可能な技術なのか? 電気信号の集合体を取り込んだところで、意味はない』

あれ(、、)主任研究員(プロフェッサー)の技術だ。彼以外には理解し得ないし、同じ方式を用いても再現はできない。どういう魔法(、、)を使ったのかは、だれも知らない。いや、プロフェッサー自身、理解していないだろう』

『あの方式では、思考の読み取りなど不可能なのは、六万二千回のシミュレーション結果で明白だ。だが、現に『トゥルース』……『クローディア』はこちらの思考を読み取っている』

『ただ一つの――奇蹟の一品(オンリーワン)というわけか。余計に厄介だな』

『いずれにせよ、もう少し、時間が欲しい。急ぎ前線に送らねばならんほど逼迫もしていないだろう? 彼女はまさに神の寵児(オンリーワン)だ。研究で解明されれば、これは歴史的な発見になりうる』

『参謀本部の決定だ、逆らえはしない。上申を出すのは自由だが、それで彼らが納得するとは思えんな』

『確かに、彼らが欲しているのは、兵器としての数値だ。そしてそれは計画以上と言わねばならん。興味を示すのもやむをえまい』

『そうだな。しかし、やがて計画も凍結されるだろう、『クローディア』の戦果(、、)によって。まったく(、、、、)無駄な研究だった(、、、、、、、、)、と』

『それも良かろう。私は怖いよ。もし彼女がその気になれば、私たちはいとも簡単に排除されてしまう。強い種が弱い種を駆逐するように……』

『それが杞憂に過ぎんことを祈っているよ』



 再び戦場に出ることは覚悟していた。とは言え、急な展開であることも否めない。それだけにクリスの焦りがひしひしと伝わってくる。

 季節は晩春に移っていた。クリスを気遣い、移動は遅々として進まないが、それでもバルドレード伯領には入っていた。

 アルスの提案で荷馬車を用意し、クリスはその荷台で揺られながらまどろんでいる。時おり起きると、クローディアに現在地点を訪ね、また浅い眠りに落ちる。

 よく訓練されたクリスの軍馬は、主人の乗る荷馬車におとなしく随行しているので、特に世話はなかった。

 伯の直接統治するオロドヴァ市まであと少しだった。

 クローディアはそのオロドヴァに対する知識を整理する。そのすべてがクリスから教授されたものだ。

 古都の部類に入る大城塞都市で、大貴族にふさわしい居城を有する。聖都に次ぐ格式を有する大教会座を持ち、その聖堂は有数の壮麗さを誇るという。現在の大司祭はオスティン・ゼールペー、珍しく高潔な人物で、教会につきものの固有武力である教会親衛隊を保有していないという。

 ベルナルド伯は「勇猛公」とあだ名されるほどの猛者で、ソヴァース公との係争を続けながらも十年以上、他者の侵入を許していない。また厳格な人物で、「公平公」とも称される。ただ嫡子オスカーは惰弱というのが専らの噂で、ベルナルド伯の死がバルドレード領の崩壊につながるとの見方が有力だ。

 この「勇猛公」が存在する限り、オスティンは教会の固有武力である親衛隊を持つ必要がないと明言しているらしい。

 現在の勢力関係で言えば、バルドレード伯はソヴァース公に対して劣勢を強いられているが、それでもなお係争が決着しないのは、ベルナルド伯という鉄人が存在するからだという。

 この時代の戦場がどのようなものであるかは、冬の間にクリスから教えられた知識でしか知らない。バドたちによる城攻めは「戦争」とは呼びがたいものだったからだ。

 そして、クリスが語る戦場は、クローディアにとって未知の形態だった。

 国家総動員令の下の総力戦、ひいては極限の消耗戦。あるいは、限定された状況下の少数人数による流動的な点の戦域、即ち対テロ戦のような低烈度紛争が、クローディアの知っていた戦場だった。

 だが、当代の戦争というのは、城塞が中心となっている。それは戦線を構築しない戦場だ。浮島のように領土の主要街道上に点在する城塞を手中に収めた者が、一帯の支配権を握る。

 そうした様式をクローディアは砂漠での戦いのようなものかと了解したが、厳密に言えば異なる。技術上、防御力が攻撃力を上回った結果で、そのために攻撃側は戦略上のイニシアティヴを失っていた。

 機動力に欠け、しかも相対的に攻撃力に欠ける軍隊は、決戦を挑むにしても補給線を維持することが不可欠で、そのためにはどうしても途上の城塞を排除するしかなかったのだ。が、その城塞が陥落しないとなると、これは千日手としか言えなかった。

 ラカラン地方を巡る係争が十年の長きに亘って継続されているのは、そのためでもあった。

 クローディアは状況を整理しつつ、別の部分では混沌とした気持ちが続いている。村を出てから――その契機も含めて――半年もしない内に余りにも事が多く、一言では言い尽くせないほどの感情が渦巻いていた。

 ここまで来たとも思うし、まだ踏み出していないとさえも思う。これで良かったのか、というのは何度も自問した疑問だった。だれもその答は与えてくれないとクリスは言い、ジラットもまたそう言った。

 学ばなければならないのは、アルスだけではなく、彼女もまたそうだった。過去の記憶は、この世界で生きて(、、、)行くためには、なんの手助けにもなりはしなかった。

 こうして気持ちを整理できないまま、新しい場所へ踏み入れてもいいのだろうかと感じていた。

 だが、それも生きる(、、、)ということなのだろう。それはいやが上にも決断を迫られるということだ。大切なのは自分を見失わないことだ。アルスとともに歩いた、ほんのわずかな時間が、それを教えていた。

 自分は兵器だという言葉に逃げ道を作っていたことも、今なら分かる。人として生きたいと泣き言を言って、兵器だからと答を避ける。それが薄暗い施設の中に閉じこもっていた自分だった。

 心を与えられた意味を考えてみたいと思った。今はまだ、その時ではないにしても。きっと、この心でできることが何かある。

 ――兵器に心は必要ない。

 そう言われた。失敗作だ、とも。それを受け入れてしまった心の弱さが、自分の価値を貶めたことに気付かなかった。

 兵器としては失敗作でも構わない。不必要でいい。心を持った存在として、だれかが必要としてくれる――それが今の誇りであり、存在意義(アイデンティティー)だった。

『おまえは我々が人の分を超えて作り出してしまった存在だ』

 プロフェッサーはそう言った。無期封印されるクローディアに向かって、最後の別れを告げた。それ以前の記憶にある姿よりも、ずっと年老いたような顔に、精一杯の笑みを浮かべて。

『けれども、それは命なのだよ。これはだれにも否定できない。今はそれを否定しようとする者たちに満ちた世界も、やがて変わるだろう。眠りなさい。そして目覚めた時が、おまえの本当の価値(アイデンティティー)が試される時だ』

 一転して哀しげな表情を浮かべ、プロフェッサーはモニターを投影する眼鏡(グラス)を外した。理知的な灰色の瞳が、深く透き通る。

 そこにどんな感慨があったのかは、クローディアには分からなかった。彼はその反省を賭した研究を成功させた代償として、裁きの場に引きずり出される。悔しさや恨みがあって当然の心中に、クローディアが感じたのは、彼女には理解できない穏やかさだった。

 『クローディア』製作による人権問題訴訟――きっと彼はひどく弾劾されるだろう。人の存在を脅かそうとした、狂気の科学者(マッドサイエンティスト)として。

 そうではないとクローディアは知っていたが、彼女は彼を弁護する立場にはない。彼女もまた、マッドサイエンティストの狂気の産物として、永遠に葬られることが定められていた。抗うこともできたかもしれないが、痛みしかない世界にいるよりは、用意された選択肢はずっと良いものだった。

 優しいマッドサイエンティストは、最後の言葉を、もう二度と会うこともないだろう愛娘(、、)に手向けた。

『辛い道程が待っているのかもしれない。だが、どうか……どうかこれだけは祈らせておくれ。君の行く道に神の祝福のあらんことを祈らせておくれ……』

 涙が出そうなほどの暖かさとともに、クローディアはその言葉を思い出す。その震える声すらも、はっきりと思い出せる。

 ありがとう、と心の中で呟いた。天国だろうと地獄だろうと、この思いがきっとこの言葉をプロフェッサーに届けるだろうと思えるぐらい、強く、心の中に呟いた。

 わたしという可能性(、、、、、、、、、)を生んでくれて――わたしを愛してくれて――ありがとう、と。

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