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Hybrid Rainbow  作者: pepe
4章:闇に没するとも陽はまた昇り
10/26

4-1

 神は人の愚昧を嘆き、知恵を授けたるなり。人、授けられたる知恵を用いて欺くを覚え、その罪を未だ知ることもなし。

 ――聖典『始原の書』第一節

 バドの傭兵隊は数日を経て、幾つかの傭兵隊と接触し、また分かれた。バドとジラットが努力した結果なのか、それとも他の傭兵隊も魅惑的な獲物に釣られたのか、数個の傭兵隊に承諾を取り付けた。

 そのまま纏まって行動したのでは目立ちすぎる。分進合撃という線で話はまとまり、決行の日時が定められた。

 さすがにその辺りはプロの戦闘集団と言うべきだろう。決定から行動へ移る素早さは見上げたものだった。

 エンデルトが近付くにつれてアルスは口数が減り、それに反比例するように傭兵隊の士気は上がった。半ばは自棄っぱちだったのかもしれないが。

 アルスの定位置はやはりジラットの荷馬車のすぐ横で、ジラットもその少年の変化に気付いてはいたのだろうが、事ここに至っては何も言わなかった。

 そして決行の日が来た。



 エンデルトは中規模とは言え、片田舎のこの地方にあっては有数の城塞都市であった。市街地をぐるりと取り囲む高い市壁は石で作られ、夜通しで歩哨が立てられている。

 それだけでも相当な難物ではあるが、その向こうには本格的な作りを備えた城がそびえている。幾つかの防御塔が周囲を睥睨し、それに負けない天守(キープ)が鉄壁の守りを体現していた。

 バドが呼びかけ、揃えた傭兵隊は自分たちを含めて五つ。短期間によくもそれだけ集めたもので、その総勢は二百名ほどにもなる。戦闘要員は百四十名ほど。戦場でも双方合わせて千を超えることはそうそうないことを考えると、相当な数の軍勢だ。

 だが、その軍勢を以ってしても不足に思えるほど、エンデルト城の景観は威圧的だった。

 それに対する傭兵隊の弱みは三つ。

 まず指揮系統が複数存在すること。戦闘が泥沼化すると脆さを見せることになる。序盤で勢いに乗れるか、それを維持できるかが問題になる。

 二つ目は攻城兵器を持たないこと。これは奇襲と小細工でなんとかするしかない。それについては、さすがに考えを巡らせてある。

 三つ目は時間がないこと。素早く事を終わらせ、できれば明け方までにはケリを付けておきたい。態勢を整えられては勝ち目がない。加えて、一切の補給は考えていない。

 いずれにせよ、まっとうに考えるのなら博打でしかない。それでもこれだけの数が集まったとなると、さすがに鈍いアルスでもバドが魔器(ロスト)の存在をほのめかしたのだと考えざるをえない。

 エンデルト城市は四方を深い森に囲まれているため、各傭兵隊は荷駄を遠方に置き、装備を整えた戦士たちはその森に潜伏している。

 バドは他の傭兵隊の隊長たちと最後の打ち合わせを行っていた。ジラットは後方の荷馬車で少数の傭兵に護衛されて居残っている。作戦立案までが彼の仕事だ。

 作戦の概要は、昼間に街に潜りこませた連中を使って市壁の門を制圧。間髪入れずに市街地に乱入し、市民の混乱を誘う。その混乱に乗じ、城内に突入する。

 正攻法ではとても相手にならないのは道理だが、余りにも雑な作戦だった。これでよくも命が預けられるという程度には。

 バドの殺し文句は、アルスが予想したとおりというべきか、「魔器(ロスト)がなんとかする」だった。

「冗談じゃない……おれはバドの道具じゃない」

 暮れなずむエンデルト城の威容を前にすれば、愚痴もこぼれる。目立ちすぎる銀剣は布に巻かれていたが、そのアルスの言葉はクローディアに伝わったらしい。

『逃げる?』

 それはひどく気楽な質問のように思えて、アルスはそれこそ冗談じゃないと思う。

「いまさら?」

『それもそうね。今から逃げるとなると、仲間から追われそうだし』

「できるだけ戦うのは避けたいけどさ、もし、どうしようもなくなったら……」

『分かってる。こんなくだらない事で死なせるぐらいなら、初めから助けたりしないわ』

 クローディアがそこで不意に冗談めかす。

『間違ってもわたしを落とさないでよね』

「素直に落ちるタマじゃないだろ?」

 それで少しだけ気分が楽になって、今はもう黒々とした影絵に見える梢の合間から、そびえ立つエンデルト城を見上げた。

「あんなもん、人が作れるんだな」

 城を見ることも初めてのアルスは、ある種の感心を抱いたように呟いた。そこには感動のようなものもある。ただの石造りの建築物でも、そのサイズそのものが感動を呼び起こすのだ。

『だれかが言ってたわよ、馬鹿と金持ちほど高いところが好きだって』

「水を差すなよ」

 日が没していく。作戦決行は間近だった。



「決行は日没時だ。確かに夜更けの方が油断も大きいだろうけど、市民が寝静まってしまっては、二段階目の城内突入に手間取るおそれがあるからね。そう、せいぜい鬨の声でも挙げて、大仰に突入してくれ。どこか一隊でも城門の制圧に成功すれば、勝機はあるんだからね」

 ジラットはそのように説明し、一同は半信半疑ながらもそうするしかないと決意する。

 初めから博打であることは分かっているのだ。

 市内から煙が立ち昇る。潜入した連中の火付けで、それも仕事のうちだ。注意を分散することも必要になる。

 それからしばらくして――

 日暮れから翌朝まで決して解放されることのない市門が開き始める。潜入していた仲間は上手くやったらしい。

 傭兵隊の戦士たちが一斉に林の中から駆け出す。

 異変に気付いた衛兵たちが戸惑いながらも、城壁に石弓を並べ始める頃には、すでに三分の一ほどが市内に突入している。

 怒号だかわめき声だか分からない鬨の声が弾けた。

 ただただ暴力的なそれは、十分に市民の恐怖を誘発したらしい。すでに放火で混乱しつつあった市民は、本物の戦かと思ったようだ。一斉に雪崩を打って城を目指し、逃げ出し始める。

「急げ、急げ! 城門が閉ざされるぞ!」

 各傭兵隊の隊長たちが声をかけ、逃げ惑う市民たちを蹴散らしながら城門を目指す。すでに潜伏していた者たちの内、幾人かが城門近くまで到達しているらしい。

「これじゃ、前に進めない」

 逃げ惑う市民たちに押されながら、アルスは吐き捨てた。傭兵たちは邪魔なら斬り散らして進んでいるのだが、アルスにはそれはできなかった。

 やっとの思いで城壁の前の空堀に近付いたところで、愕然とする。すでに城壁の上に陣取った衛兵たちが矢を射掛けているのだ。

「無関係な人もいるだろうに!」

 その市民のために跳ね橋を上げる機会を失い、やむなく矢を射掛けていることに、アルスは気付かない。本来ならば夜間は上げられている橋は、城下の放火を押さえるために掛けられっぱなしになっていたのだ。

「クローディア、撃ってる連中を狙えるか?」

『分かってる』

 クローディアはアルスの意図する所を完璧に成し遂げた。そのためのインターフェイス。

 距離はアルスの上背の十倍ほどもあるように見えた。だが、銀剣から延びた触手は難なくその距離を埋め、衛兵たちの持つ石弓を斬り払った。

 そのアルスの攻撃が市民にさらなる混乱を招いた。音を立てて彼の周りから人の波が去り、城門は過密状態となる。押し倒され、踏み砕かれて死傷した者も少なくはない。

 クローディアの()も届かなかった位置では、相変わらず矢が放たれ続け、より大きな恐怖から遠ざかろうとする市民たちはそちらへと移動している。

「これじゃあ……」

 どうしようもない。その言葉を呑み込み、アルスは周囲を見回す。咄嗟に人の居ない方へと走る。どうすればいいのか、それで頭が一杯で、すでに思考が飽和している。

『危ない!』

 クローディアの警告。アルスの真後ろで、激しく火花が散った。強磁界の盾が展開され、アルスへの攻撃を庇う。その音の激しさに、アルスはぎょっとして振り返るが、そこにはだれもいない。

「――矢?」

 はっとして口にするが、これほど激しい音がしたことはない。

『わたしと同じ、高磁圧のブレードだわ。それに偏光迷彩――魔器(ロスト)よ』

 クローディアが呟くと同時に、空間がにじむように歪んだ。そこから、一人の男の姿が現れる。アルスにはどういうからくり(、、、、)か分からなかったが、魔器(ロスト)という言葉に警戒した。

「とんでもねえ物を持ってるな、小僧」

 不敵に呟いた男は、バドと同じぐらいの年齢に見えた。がっしりとした肉体は、バドを遥かに凌ぐ高さと厚みを備え、おそらくは戦を生業にする者なのだろうと思わせた。

 男はこけた頬を歪ませて、残忍そうな笑みを浮かべる。

「せっかく、苦しませずに死なせてやろうと思ったのによ」

 小ぶりな短剣だけを持ち、奇妙な鎧を着ていた。あまりにも貧弱な武装だったが、その武装のデザインと光沢が、アルスの見てきたものと余りにもかけ離れている。鎧はどこかで見たと思い、クローディアの衣装と似ていることに気付いた。

魔器(ロスト)……」

 ごくりと喉が鳴った。ナイフも鎧も、当代のものではない。クローディアの盾にぶつかって、ナイフが潰れていないところを見ても、まず間違いない。

「こんな片田舎で、魔器(ロスト)に遭えるとはねえ。どうやって手に入れたかは知らねえが、小僧、おまえ、幾つ魔器(ロスト)を持ってる?」

「クローディア!」

 男の口上など聞いていない。恐怖に背中を押され、咄嗟に叫んだ。銀色の(トゥルース)は恐ろしい勢いで細分化して複数の奇跡を描き、男を刺し貫こうとした。だが、男は慌てもしない。

 その自信に気圧されたように見えた。触手のように延びた銀色の奔流は、そのすべてが男を逸れてでたらめに地面に突き刺さる。

「おいおい、問答無用かよ?」

 周囲に突き刺さった細い触手を見て、男は笑う。どこまでも陰険な表情で笑う男だった。

『まさか……』

 クローディアが愕然と呟く。

擬似重力(グラヴィティデバイス)? わたしを偏向させるほどの出力なんて……』

 男がなんの挙動も見せずに、一気に踏み込んだ。クローディアがそれに反応し、剣を巻き戻す。ぎりぎりで間に合ったが、すでに男は密着するほどの間合いだ。アルスはまったく反応できていない。

 すくい上げるように切り上げた男のナイフを、寸前で刀身をくねらせたクローディアが受け止める。激しくスパークが飛び散り、二振りの刃は重ねた方向とは反対側に弾き飛ばされる。

 取りこぼしそうになったアルスの手に、クローディアが絡みつくようにして残った。男はうまく力を受け流し、再び斬撃を送り込む。

 明らかにナイフを使っての格闘戦に慣れていた。おまけに魔器(ロスト)相手の戦闘にも慣れている。的確に、こちらの弱点――すなわち近接戦闘では十全に威力を発揮できないということを見抜いている。

 再び受け止めようとしたクローディアの動きを、男の持つ擬似重力が過重をかけて鈍らせた。

 その一瞬の隙間を縫って、ナイフがアルスの肩口に食い込もうとした瞬間、アルスの身体が弾かれたように後方によろめいた。その誤差が、辛うじて斬撃をかわさせる。咄嗟にクローディアが刀身を延ばし、地面に突き立て、その反動によってアルスの身体を逃がしたのだ。

 でたらめに過ぎる戦い方だが、まっとうにやってどうにかできるほど、アルスもクローディアも戦いに慣れていない。

「やるなぁ、おまえの魔器(ロスト)、欲しくてたまらなくなったぜ」

 男が舌なめずりをしながら、さらに肉薄。それをクローディアがでたらめな数の触手で牽制する。ほとんどが擬似重力の過重に負けてあらぬ方向へ飛んだが、一部がそれを掻い潜って男に肉薄する。しかし、それまでだった。それらは掠めることすらない。

「さすがに、楽にはイかせてくれねえ」

 男はこれ以上の肉薄は無理だと思ったのか、後方へ逃れ、陰険な笑みをいっそう濃くした。

『逃げて、アルス。今のわたしたちじゃ、勝てない』

 あれほど簡単に野盗を蹴散らしたクローディアが、まるで決定打を欠いていた。そうなると、素人のアルスにはどうすることもできない。彼女に従うしかない。

 だが、どうする。タダで見逃してくれるような手合いではない。アルスは周囲を窺い、開け放たれたままの民家のドアへと飛び込む。住人はすでに逃げ出して、空家となっている。

 男はすぐには追ってこない。クローディアの攻撃が壁越しに届くことは承知しているはずだ。アルスは一瞬のためらいもなく、奥の壁を『トゥルース』でぶった切る。

 魔器(ロスト)を持つゆえのでたらめな方法で、アルスは迷路のような裏路地へと抜け出た。これなら、逃げることもできるだろう。

 幾度か角を曲がり、物陰にしゃがみ込む。

『だいじょうぶ。見つかってないわ』

 クローディアの言葉を遮るように、わめく声が聞こえた。あの男の声だ。

「今日は見逃してやる。忘れるな、このアトリ様が、おまえの魔器(ロスト)、必ず頂くからな」

 勝利の笑い声とともに、その言葉がアルスの背中を叩いた。ちくしょうと思う。だが、アルスにはどうすることもできなかった。

 それは、たとえ利用するためだけでも、アルスを信じたバドを裏切るような、そんな気にさせた。

 バド、そうバドだ。彼はいったい、どう思っているのだろうか。市民まで巻き添えにして、いったいこの城を()とすことにどれほどの意味があるのだろうか。

 いや、それ以前に、これのどこに義がある? バドのやろうとしている事は正しい。バドの言葉には嘘はない。だが、どうして無関係な人が死ぬのか。

 アルスは震える足で立ち上がった。

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