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墓参り

作者: Eisei3
掲載日:2026/01/19

 

 「ただいまぁ」

 「ただいま」


 菩提寺の墓地の通路でお墓参りに来た人達が、火の点いた線香を片手に、擦れ違う人々とそうお互いに挨拶の言葉を交わしている。

 

 辺りには夕闇が迫りつつあった。

 墓地の裏手の山の端に、つい今しがた沈んだ日の光の名残りが、黄色く扇型の光のドームを見せている。

 だが、間もなくそれも、東の山並みの上、空高くから迫り来る夜闇のベールに覆い包まれようとしていた。

 それは八月の旧盆の、涼やかな風が吹く晩夏の宵の事であった。


 私の住む地方は西郡(にしごうり)と呼ばれ、この地域だけの特有の文化があった。

 それはお盆の風習についても、そうであった。

 八月の旧盆には盆棚飾りを設け、十三日の夕方には玄関先で迎え火を焚いて仏様をお迎えする。

 そして十三日の晩から、送り火を焚き仏様をあの世へとお送りする十六日の晩まで、お墓にお灯篭を立て、毎晩ロウソクを灯すためにお墓参りに通うのであった。

 その際に、お墓で交わす挨拶が、「ただいま」だった。

 まあ、年寄り達は日頃の挨拶でも、いつも「ただいま」と言っているのだが。


 お盆の夜に、一斉にお墓に灯される灯篭のロウソクの黄色い灯りは、幽玄で幻想的な眺めだった。

 しかし、深夜もう誰もいない墓地で、ゆっくりと揺らめくロウソク達の灯は、それを目にする人の心に底知れぬ恐怖心をも呼び起こすのであった。


 昔、両親に頼まれ、仕事帰りのもうかなり遅くなった時間に、実家の墓地へ灯篭を灯しに行ったことがあった。

 もう墓地には誰もおらず、周囲には、既に墓地のあちこちに立てられた灯篭に灯されている沢山のロウソクの灯が、墓石達の間からその黒い御影石の姿をおぼろげに夜闇の中に浮かび上がらせている。

 

 その夜は、昼の熱気が“モワッ ”と残る墓地の中に、珍しく、鳴く秋のコオロギ達の声も無く、耳が痛くなりそうなほどシーンと静まり返っていた。

 周囲を閉ざす闇の中、真っ暗な墓地の各所で幾つもの黄色い灯篭の灯が、吹く風も無いのにゆらゆらと、音も無く揺らめきながら灯っている。

 そのゆっくりと揺らめく黄色い炎の眺めは、それを綺麗だと思う気持ち以前に、心の奥底に眠る恐怖の本能を呼覚まし、もうそこに一秒たりともじっとしている事ができないほどの、心を突き動かす衝動となって私の身体を支配し尽していた。

 

 私は灯篭にロウソクを立て火を点けると、ゾクゾクと背中に纏わりつく恐怖の感情に急かされながら、懐中電灯の光に闇の中浮かび上がる墓石に線香を上げ、手を合わせた。

 「南無妙法蓮華経…」

 手を合わせる目の前の黒い御影石の墓石には、背後の墓地の灯篭に灯された幾つかのロウソクの灯が黄色く映り、墓石の上にゆらゆらと揺れている。

 私は暗闇の中で、得体の知れない声に呼び掛けられる恐怖に怯え、手を合わせ祈る言葉も早々に、脇目も振らず周囲の闇を手に持つ懐中電灯の揺れる光で照らしながら、コンクリートを流し固めただけの畦道を辿り上って行ったのだった。

 車を停めた、青い稲穂が風に揺れる水田脇の道からは、眼下に見下ろす墓地に灯る幾つもの灯篭の黄色い灯りが、揺らめき灯る姿が見えた。

 そして、黒く大きなシルエットとなっているお寺の三角屋根の遥か向こうに、東の山並みの上に昇ったばかりの火星が凛と一際大きく輝く姿が、まるで漆黒の夜闇の中に誰かが天にも灯篭の灯を灯したかの様に、不気味な紅い光を放っているのが見えていた。

 そこから眺める黄色い灯篭の灯は、もう心の中の恐怖の感情とは無縁で、私の心には、眼下に広がる街の煌めく街灯の光と一緒になって、美しい夜景の一部としてそれを綺麗だと感じられる余裕ができていた。

 

 しかし、この地方に伝わる、このお盆の夜の墓地に毎晩灯篭の灯りを灯しに墓参するという風習を、一体いつの時代に誰が始めたのだろうか。日蓮宗の総本山にほど近いという、この地域との歴史的な繋がりもあるのだろうが、実家を手放しこの土地を離れた今となっては、毎夜墓参りに行かねばならないその慣習は、正直ただの煩わしい決め事でしかない。

 亡くなった両親には、全く持って親不孝で罰当たりな事ではあるのだが。


 

 父の死後、私は毎日欠かさず父のお墓参りに行っていた。

 父との同居や、孝行も何もできなかったという私の中の後悔の気持ちが、救いを求め私にそうさせていたのかもしれない。


 ある日、私はいつもの様に墓参りに来ていた。本堂脇の手水場で桶に水を汲み柄杓を持つと、墓に向かった。


 墓所の地内にある、石造りの物入れから線香を取り出し火を点けた。

 手桶から柄杓で水を汲み、墓石に水を手向ける。そして線香を上げ、祈りを捧げるため腰を下ろすと手を合わせた。


 「親父、世話になったな。何もしてやれずに、…」

 一頻り手を合わせ、心の中で父に感謝の言葉を伝えると立ち上がった。

 墓に軽く一礼して後ろを振り向くと、通路に下りるため階段の上に足を掛けた。墓所の敷地は通路よりもかなり高く、御影石でできた急な階段が設けられていた。


 足に履くサンダルの底が、つるつるに磨かれた階段の縁の上でツルッ…と滑った。

 私の体は”ドスンッ!”という鈍い音とともに、階段の上から通路に背中からひっくり返り、尻餅を突いて階段の上に横倒しになっていた。


 「痛っ‼。…」

 脇腹を強かに階段の角に打ち付け、息ができないほどの痛みに顔を歪めながら、私は暫くそのままの格好で空を見上げていた。幸い頭は打っておらず、大事には至らなかった。

 いつもの私なら、こんな失態を犯した時は真っ先に人に見られはしなかったかと、きょろきょろと辺りを窺っているはずである。だが、さすがにこの時は人目を気にする余裕も無く、そのまま痛みに耐え唸っているしかなかった。


 よく世間では、『お墓で転んだら片足を置いてこなければいけない』と言われるのを耳にする。

 また、それを『片袖を置いてくる』と言う人もいる。

 その時身に着けていた靴や服の袖を自分の身代わりにして、災いを避けるお呪いである。

 その実は、滑り易い墓所では、転んで怪我をし易いから気をつけろという、古くからの戒めであるのだろう。


 しかし、お墓で転ぶという事はそれほどのタブーとして、縁起の悪い事とされるのである。むしろそれは禁忌と言っていいのかもしれない。特に、私の住む片田舎では尚更に。

 なのに私は、転ぶと言うよりは、滑って階段から下に落ちたと言う方が相応しいほど酷いものだった。大げさな様だが、本当に打ち所によってはあの時、私は死んでいても不思議のないほどの落ち方であった。


 実際それは、運悪く偶然が重なっただけの事だったのだろう。

 だが、正直私は、転んだその時、何かに後ろから脚を引っ張られ落ちたのではないのかと思っている。それほどに、その時の転び方は普通ではあり得ないほど不自然なものであったから。

 しかもその日、災い返しのお呪いがある事を知らなかった私は、当然、お墓に片足も片袖も置いてくることはなかった。


 

 私は、父が死んだ直後の夜、父が私の手を引き、墓地に向かい連れて行こうとしている夢を見ていた。


 「どこに行くの?」

 私は父に手を取られ、連れられ歩いていた。私の左手は、父にしっかりと握られていた。

 父はただ、前を向き黙って歩いていた。

 私には、父に手を引かれて歩くその場所が、既に始めから分かっていた。そこは、実家から菩提寺の墓地に向かって続く、長い下り坂の途中であった。


 「何処に、行くの?」

 そう何度聞いても、父は無言のままだった。

 ただ黙ってお墓に向かい、私の手を引いて行くだけであった。

 私の目にはもう、見覚えのあるお寺の大きな三角の屋根と、その手前に広がる墓地が映っていた。


 「どこへ…。」

 私の胸の中には焦りと、不安と恐怖が入り混じった感情が、次第に膨らみ溜まりつつあった。


 「…どうして?」

 亡くなった父に手を引かれ、墓地に向かい歩く自分の後ろ姿を意識した刹那、私は一瞬で、父の秘めた意思を理解できたような気がした。と、同時に、とても抑え切れ様もないほどの恐怖心が、つま先から頭の先に“()()()! ”と、電流の様に駆け抜け、私はフッ、と夢の中で気を失った。


 「はっ! …。」

 私は、自宅のベッドの上で目を覚ましていた。

 「ふーうっ、…」

 額の汗を袖でぬぐいながら呟く。

 「…夢⁉、か。…」

 夢にしては、余りにもリアルな感覚と実感を伴った夢であった。

 まるで本当に、実際に父に手を握られていたのではないかと思えるほど、私の左手には父の掌の感覚がしっかりと遺っていた。



 亡き人が独りであの世に逝く事が寂しく、身近な者を一緒に連れて行くというのはよく聞く。


 父は生前、一人息子である私の事を何かにつけ、頼りにしてくれていた。

 だが父の死後、私は、父が築いたものを全部捨て去り、父の遺した期待も全て裏切っていた。それが私の、父への後悔の根幹だったのかもしれない。


 父が、私を連れて行きたがっているのではと、私が思う理由に、父の死後、私達家族と同居した私の母が受けた過酷な苦しみの日々があった。

 同居生活での私の妻との軋轢から、母が苦しみ悩んでいる事を見かねたのか、父は、その死から三年も空けず、母を連れて行ってしまった。


 果たして、母が私の身代わりとなり、父に連れて行かれたのだろうか。

 そのせいかその後、父が私を呼んでいると思う事は、私の日常から消えていた。


 しかし、あの墓地での出来事からの私は、今に至るまで公私に亘り、まさに全てが八方塞がりだった。それは、日常の社会生活で関わる全ての事柄において。


 だから、あのお墓で転んだ時、私は実際に命は取られなかったものの、もしかすると、””社会的に私は死んだ”” のではと、思っている。


 もしあの時、災い返しのお呪いを私が知っていて、サンダルか服の片袖を千切ってお墓に置いてきていたら、今のこの禍から免れる事ができたのだろうか。


 しかし、それはもう誰にも分からない事でもある。そう分かってはいるのだが。


 (了)

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