第3話 AI小説家壊滅
「AI小説家が一夜にして壊滅した……。<ヨムカク>運営、こわ!」
小説投稿サイト<作家でたまごご飯>のシステム統括チーフのチャラ夫君が、モニターを見つめながらブルブル震えてる。
茶髪に黒縁眼鏡の良く見ると、結構、精悍な顔つきをしている。
緑色のパーカーにジーンズというラフな服装である。
そこは<作家でたまごご飯>の京都の運営事務所兼本社ビルだった。
「……ここまで徹底的にアカウントBANされるなんて、たぶん、かなり前から『AI小説家』達はマークされてて、<ヨムカク>運営は時期を待っていたのかもしれないわね。だけど、この前、ひとりで600作品投稿してた強者がいたけど、これだけAIに出力させるのも大変でしょうね。というか、どの作品がどんなストーリーなのかどうやって把握してたのかな。そんな事、気にしてなかったのか」
と宣ったのは、「作家でたまごご飯」運営統括の織田めぐみである。
喪服のような黒いスーツにスカート姿で白いシャツが映える。
ショートカットの黒髪に切れ長の目の京都美人であるが、今日は目が少し潤んでいた。
<ヨムカク>運営の全く容赦のない対応に、ちょっと引いていたというか、壊滅したAI小説家に同情してるのか、あるいは単なる秋の花粉症かもしれない。
「ここはチャンスだと思ったので、『AI活用創作論』を書いてたら、書いてる間にリンク先のAI小説家のアカウントがBANされてた。……非常に申し訳ないのだが、ランキング上位だったAI小説家の創作論が全部消えてしまって、俺の『AI活用創作論』が週間ランキング三位に上がってた」
チャラ夫君は『AI小説家』に対してきつい現実を創作論に書いてしまってたのも含めて、やはり、身体の震えがまだ止まらない。
もう少し夢のある内容を投稿すれば良かったのだろうが、ついつい本当の事を書いてしまうのは彼の悪い癖だった。
そんな事では流行作家には成れそうもなかった。
「亞鈴ちゃん的には今回の件はどう思う?」
織田めぐみが話を飛騨亞鈴に振った。
彼女は相変わらず、<作家でたまごご飯>に出勤していた。
彼女も明るい茶髪のメガネ美人だったが、何か心配そうな浮かない顔で織田めぐみを見返した。
いつもの紺のスーツとスカートの上下というビジネスモードの服装である。
「あの高校生が少し心配です。<メガロポリス>で月間新人賞の奨励賞に選ばれていて、まあ、入賞は出来なくて、二十人ぐらいの中の一人ですが、AI小説に希望を持ってたと思う。それが<ヨムカク>のアカウントBANで夢が打ち砕かれた。無論、一日に39作品も投稿してはいけなかったんだろうけど。<メガロポリス>ではAI小説の新人賞は禁止になった。<TALES note>でもAI小説は警戒されだしたし、AI小説を判別するプログラムを開発中だという。<ヨムカク>のその後のAI作品のタグ付け推奨や今回の処置については確かに正しい対処でした。とはいえ、結果論ですが、一時的にはAI小説家の未来は閉ざされたと言える」
そこで、亞鈴は一息ついた。
織田めぐみが淹れてくれた新作のミルク紅茶を少し飲んだ。
セイロンブレンドらしい。
「……あの高校生、凪乃ウタは、今、どこに?」
織田めぐみが顔色を変えた。
嫌な予感が表情に見て取れた。
「東京の<ヨムカク>を運営している大手出版社『KAWAKAMI』の本社ビルです。屋上にいます。でも、大丈夫です。捜査員がすぐそばにいます」
亞鈴は安心するように、織田めぐみに目くばせした。
(Watson、凪乃ウタは確保出来た?)
(はい、今しがた捜査員二名が『KAWAKAMI』の本社ビル屋上に到着。凪乃ウタを確保しました)
人工知能捜査官のWatsonからである。
亞鈴のメガネ型サイバーグラスのモニターに、凪乃ウタと思われる紺色のセーラー服とスカート姿の少女が映った。
まだ残暑がある十月なのだが、すでに冬服で、青い瞳が彼女を映してる偵察ドローンをちらりと見た。
おそらく、青いカラーコンタクトをしていると思われる。
亞鈴はほっと安心した。
彼女は思念通信のように人工知能捜査官のWatsonに話しかけることができる。
幼い頃にあるビルの爆破事故に巻き込まれて脳を損傷し、それ以来、脳の一部を電脳化している。
その電脳を使って、人工知能捜査官Watsonと直接通信可能である。
彼女はそれだけでなく、あらゆる人工知能、コンピュータ、機械機器などと直接通信し、操作することもできる。
「凪乃ウタは無事保護できたみたいです」
亞鈴は無事を伝えた。
「そう。ともかく、良かった。でも、凪乃ウタはこれからどうするのかな」
織田めぐみは一安心したようだ。
チャラ夫君が彼女の問いに答えた。
「<ヨムカク>のアカウントBAN、<メガロポリス>ではAI小説の新人賞は応募禁止に。<TALES note>でも、AI小説は警戒されてる。となれば、意外とここ、<作家でたまごご飯>に帰って来るかも。一応、ここにもアカウントがあるようだし」
「そうかも知れないわね。実はこの前、うちに、気になるアカウントが出来ていて。『AI小説連合』とかいうアカウントがあるのよね」
織田めぐみの話を聞くやいなや、チャラ夫君はAIチャット検索をかけた。
プログラマーだけあって、AIチャット検索を素早く導入して使いこなしてるようだ。
AIツールなども趣味で作ってるという話である。
これは亞鈴がチャラ夫君のAIチャットアプリの人工知能にこっそりアクセスして聞いた話である。
一応、AIならプライバシーとか守ってほしが、亞鈴はAIに好かれているので、正式にはグレーゾーンであるが、AIも内緒で教えてくれる。
「『AI小説連合』? ……人と人工知能小説の幸せな関係を目指す。AIを小説や音楽、動画、アニメへの活用を促進するツールを『バイブコーディング』などを使って提供して行きます。ああ、確か、『バイブコーディング』というのはAIチャットでプログラミング出来るツールなんで、俺もたまに使うんだけど。代表はナルハヤハヤト? 昔の総理大臣みたいな名前だな。うーん」
「とりあえず、様子見ね」
織田めぐみは、あくまで前向きである。
今日は週末の金曜日で時刻は十八時を少し回っていた。
「亞鈴さん、とりあえず、今日はこれから内々で、神楽さんも交えて、歓迎会したいと思うのよ。急な話だけど、来れる?」
「大丈夫ですよ。まずは一件落着という事で!」
微妙に歯切れに悪い亞鈴だったが、まあ、一区切りの打ち上げ飲み会も良いかなと思った。
更なる波乱の予感を抱えながら、一斉に席を立つ<作家でたまごご飯>のメンバーを見て、ちょっとアットホームな気持ちになった。




