第2話 AI小説家の波紋
「……動きませんね。<ヨムカク>運営は」
小説投稿サイト「作家でたまごご飯」運営統括の織田めぐみは、なんかイライラしている。
どちかというと、人工知能小説反対派というか、自分でも趣味で小説書いてるらしくて、切れ長の目の京都美人が怒るとちょっと凄味が出てこわい。
飛騨亞鈴は今日も小説投稿サイト<作家でたまごご飯>に出勤して、神楽舞に専用のデスクトップPCと席を与えられて、ここを今回の件の活動拠点とする事にした。
「めぐみさん、何なら、僕が<ヨムカク>のランキングシステムをハッキングして、AIランキングを勝手に作って、AI小説を隔離してもいいですよ」
小説投稿サイト<作家でたまごご飯>システム統括チーフのチャラ夫君が何か不穏な事をさらりと言ってのけた。
相変わらず彼は茶髪の三十代のプログラマーとして勤務していたが、そのハッカーとしての腕前も相当な物に進化していた。
実は飛騨亜礼が米国で大量のドローン部隊の攻撃を受けた際に、米軍や米国国防総省をハッキングして、ドローン部隊を自爆させた実績がある。
しかも、その痕跡を完全に消して、米軍の追跡から逃れていた。
「それはだめよ。絶対、ダメ!」
織田めぐみは血相を変えている。
「冗談ですよ、めぐみさん。<ヨムカク>運営がどう動くかは、あそこはあそこなりの事情があるだろうし、今回のホラーランキング一位の『廃墟でぶつかった猫耳少女に転生呪術を使ったら小悪魔少女に転生してしまってめちゃくちゃ呪われた』にしたって、そこそこ面白いし、評価も星☆一万オーバーでしょう。大体、読者の大半がAI小説だと気づいてないし、満足してるので、現実的な対応としては特に何らかの具体的アクションの必要はないでしょう」
チャラ夫君の分析はいつもながらクールだ。
「……理屈では分かってるんだけど、自分でも小説を書いてる者としては割り切れないものがあるの。一日に39作品、117話、約29万字分を更新とか、人間には到底不可能だし、どう考えてもチートじゃない。一日120作品投稿とか論外よ。概ね、破綻のない文章だけど、所々に矛盾がある記述もあるし」
織田めぐみはどうもAIそのものが性に合わないらしい。
彼女は実は織田有楽斎の子孫だという。
織田信秀の十一男で信長の十三歳年下の弟で、千利休に茶道を学び、利休十哲の一人にも数えられている。後に有楽流茶道を創始した。
それで彼女の淹いれるミルクコーヒーは美味しいのかもしれない。
「確かにそうですが、<ヨムカク>運営としては、この前、モキュメンタリーホラー映画『恐山温泉の九番出口』が興収50億円以上のヒットを出したばかり。歴代映画ランキング一位の興収500億円超えを目指してる『妖刀滅殺剣』とか、歌舞伎の不朽の名作がテーマの『鬼宝』の異例の200億超えロングヒットもあるし。AIが書いた小説がランキング一位となれば話題性もあるし、『KAWAKAMI』ホラー編集部も映画化を睨んで様子見というか、年末の『ヨムカクコンテスト12』にエントリーされれば、人気によっては作者に矛盾点は手直しさせて、賞を受賞させる算段かもしれませんよ」
チャラ夫君が<ヨムカク>の沈黙の理由を推察する。
モキュメンタリーとは「擬似」を意味する「モック」と「ドキュメンタリー」を合成した言葉である。
「モックメンタリー」「モック・ドキュメンタリー」「フェイクドキュメンタリー」「ハーフドキュメンタリー」「セミドキュメンタリー」「ハーフフィクション」「セミフィクション」などとも言われる。
ドキュメンタリー風フィクションとでも言えば分かりやすい。
「まあ、それが資本主義だものね。仕方ないのね。そういえば<ヨムカク>立ち上げ時に運営統括してた、神無月萌さんは、最近、『KAWAKAMI』の取締役になったんだっけ?」
織田めぐみは、かつての先輩というか、十年以上前に<ヨムカク>の運営統括をしていた神無月萌の名前を切り出した。
「あ、理由はそれかもしれない。映画事業部で小説の映画化担当役員してるとかニュースに載ってた。モキュメンタリーホラー映画『恐山温泉の九番出口』も確か彼女が担当してたのをテレビで観た」
チャラ夫君が<ヨムカク>の意図を読み取りつつあった。
<ヨムカク>はあくまで読者が喜ぶ小説や、その小説を売るためのメディアミックスをやっているだけで、AI小説であれ何であれ、読者が望むコンテンツを提供するのが使命である。
よっぽど倫理的法律的な問題でも無ければ、AI小説であってもランキングから除外せず、様子見というか、今後の動向を見ている段階だと言える。
「亞鈴さん、例の<ヨムカク>のAI小説家の高校生に何か動きはありました?」
あまり人に懐かないチャラ夫君が亞鈴に話を振った。
「……あ、特に別段ないです。普段通りに学校に通って、帰ってくるだけの平凡な日常ですかね。ちょっと安心しています。特にAI小説の事を友人に話してる様子もなく、本当に静かな毎日を過ごしている」
亞鈴としては、その静かさに何となく違和感を感じてはいた。
とはいえ、小説投稿サイト<作家でたまごご飯>のメンバーとして、すっかり溶け込んでいる飛騨亞鈴である。
これ自体が実は彼女の特技であり、異常な親しみ易さが彼女の特殊能力なのだが、あまりそれが特別な能力だとは認識されていない。
叔父の飛騨亜礼は秘密結社<天鴉>の『勾玉の民』という人心把握や予知能力に優れるリーダー的資質の血族に属する。
その血族である亞鈴はより自然な形で周囲の人間を味方につける能力を持っていた。
「そういえば、そのAI小説家の名前は何というんだったけ? ペンネームだけど」
織田めぐみが今更な事を訊いてくる。
「凪乃ウタ」
亞鈴がぽつりと答えた。
その名前の波動で、一瞬、時間が止まったように思えた。
嵐の前の<凪>のような言霊が響く。
言霊の余韻の中に、何かが潜んでいたが、掴まえようとしたら、スルリと逃げられてしまった。
しばらく止まっていた時間が、再び、動き出す。
「凪乃ウタ。何か不思議な響きの名前ですね」
織田めぐみも何か感じ取ったようだ。
言霊の波紋がしばらく響いていた。
(亞鈴、例のAI小説の闇バイトの匿名流動型犯罪グループの方は処理しておいたよ。後の捜査は警視庁捜査一課に引き継いでおいた)
亞鈴のメガネ型サイバーグラスのモニターにメッセージが表示される。
人工知能捜査官のWatsonからである。
AI小説の投稿者の中に、闇バイトの匿名流動型犯罪グループと繋がっていた作者がいた。
完全なPV広告収入狙い型の犯罪だったので、そこは素早く排除しておいた。
(そう、ありがとう。助かるわ。そういう犯罪目的のAI小説は排除しないとね)
(ただ、凪乃ウタについては何も掴めません。これは何か大きな組織が背後にいる可能性も含め、調査は継続します)
(了解)
亞鈴は瞼を閉じて物想いに沈んだ。




