時計台の思い出
あの日、街の中心にそびえる古びた時計台の前で、僕は立ち尽くしていた。
長針も短針も止まったままの時計は、まるで僕らの時間を映し出しているようだった。
彼女――さやは、いつも笑っていた。
でも、笑顔の裏に隠された沈黙が、僕には分かっていた。
「……覚えてる?」
僕は意を決して、声をかける。
「ここで、初めて二人でアイス食べた日」
彼女の瞳が一瞬、驚きと懐かしさで揺れた。
「覚えてる……あのとき、手が……冷たかったね」
僕は笑いながら、でも心のどこかで痛みを覚える。
冷たくて小さかった手の温もりが、今となっては遠い幻のようだった。
時計台の鐘が、一つ、二つと鳴る。
それはまるで、僕らの間にある言葉にならない感情を刻むようだった。
「ごめんね……」
彼女は小さく呟いた。
「え?」
僕は驚きながらも、胸が締め付けられるのを感じる。
「私……あなたを悲しませるつもりはなかったのに」
その言葉は、暖かくもあり、同時に鋭く胸を刺した。
僕らはお互いを思いやりながら、結局、傷つけ合う運命だったのだ。
「でも、忘れないよ。ここで笑ったことも、手を重ねたことも」
僕は静かに言う。
「ありがとう、さや……」
その瞬間、時計台の影が長く伸びる。
僕らの時間も、ここで終わりを告げるのだと、誰も言わなくても理解していた。
別れはいつも、静かに訪れる。
けれど、思い出は残る。甘くて苦い、アメとムチのような記憶として。
僕らは言葉を交わさず、ただ見つめ合った。
そして、さやはゆっくりと歩き去る。僕はその背中を見送りながら、もう一度だけ、心の中で笑顔を返すしかなかった。
あの時計台の前で過ごした時間は、二度と戻らない。
けれど、忘れない。忘れられない。
胸に残るのは、甘い思い出と、痛い別れの痛み。
それは、僕らの時間が紡いだ、愛のようなものだった――たとえ、それが終わりに向かうものであっても。




