理解不能
「また降ってきそうだ」
ごろごろと鳴る音につられて言葉が漏れた。
「煩わしい。広げたその手を降ろしなさい」
傘の中から向けられた冷たい目が、背筋をぞくりと震わせる。
「あれ、お腹の虫だった? ハッハッハッ」
「白々しい。入りたいならそう言えばいいでしょう」
そんなことを淡々と言ってのける君。僕はそれが可笑しくて、嬉しくて、悔しかった。
「ま、今日は晴れの日らしいし、大丈夫か」
「イマイマしい。晴れの日とは卒業を祝福する言葉であって、ヒコイの呪文ではありません。頭のお花畑も能天気で干からびると良いのですが」
君の言葉はいつも難しいけど、いつも馬鹿にされていることは分かる。そんな春風すら凍りつかすような会話が心地よく、足取りを重くした。話のきっかけをくれた胃袋のためにも、せめてエピローグは明るく締めくくろう。
「にしても式中はすごい土砂降りだったね」
これはとっておきの話題。あまりにも雨音が煩くて、僕は名前を呼ばれていることに気づかなかった。それが皆勤賞の授与だというのだから、校長先生はさぞ焦っただろう。
「マダルコしい。教えてくれませんか」
「……え、なにか言った?」
違和感の原因はすぐに分かった。君が前置きなんかしたからだ。
「ごめんごめん、聞いてなかった。かいがんに浸ってて」
「瑞々しい。それを言うなら『感慨に浸る』でしょう。貴方はワカメですか?」
僕はワカメじゃない。
「ハッハッハッ。まぁ、よく滑りはするけどさ」
先を急ごうとしたのは単に恥ずかしかったからだ。そんな僕の腕を君が掴む。
「ハナハダしい。先ほどからどうして、そんな悲しい顔をしているのですか?」
本気で疑問を浮かべる瞳に、僕は戸惑う。
「どうしてって、それは……」
君が原因だ、なんて口が避けても言えなかった。だって原因は僕にあるから。
「別に悲しくなんかないよ」
「小賢しい。私にはお見通しです」
「言いたくないかも」
「見苦しい。観念なさい」
「なら分かってよ」
「愚かしい。分からないから聞いているのでしょう」
震える。君の言葉で、僕の声が。お家まで我慢するはずの涙が溢れてくる。そんな僕をみて、君は目を見開いた。
「ユユしい。どこか痛いのですか?」
すぐさま僕の体をぺたぺたと触るも、もちろん怪我なんてしていない。
「僕だって好きな人に振られたら、少しは傷つくよ」
君は更にびっくりした顔をして動きを止めた。一時間前の失恋だし、そこまで驚くことだろうか。いや、鈍感な君のことだから気づいてすらいないのかも。帰り道に付き合ってくれた、みたいな。それならまだチャンスはあるかな、なんて、馬鹿みたいだ。本当、馬鹿みたいだ。
遠くから車がくると、傘がそっと僕を隠した。
「心苦しい。申し訳ないのだけど」
続きは聞いたよ。二回も振られるなんて御免だ。
「も、もう大丈夫。ありがとう」
君との学校生活は新鮮だったし、なにより楽しかった。それにこれで会えなくなるわけじゃない。帰り道が言い訳になるくらいには、家も近いのだから。
「……ナゲカワしい。いえ、紛らわしい、ですかね」
僕は驚いた。それはもう涙が止まるほど、君が呆れた表情をしていたからだ。溜め息を一つつくと君は言った。
「イトオしい。これで伝わりますか?」
え。
え?
時間が止まったような気がした。
「ウトマしい。やはり貴方にこれは必要ありません」
僕を傘の外へ追い出すと、君は踵から水飛沫をあげて去っていく。
「え……ちょっと待って!」
もう訳が分からなかった。なぜ追いかけているのかも。なぜ追いかけたいのかも。追いかけてどうするのかも。僕はぐちゃぐちゃになった感情で、とりあえず走った。
でも告白した時、君はたしかに言ったんだ。
『憎らしい。遅いんですよ』って。




