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理解不能

作者: じりー
掲載日:2025/10/12


「また降ってきそうだ」


 ごろごろと鳴る音につられて言葉が漏れた。


(わずら)わしい。広げたその手を降ろしなさい」


 傘の中から向けられた冷たい目が、背筋をぞくりと震わせる。


「あれ、お腹の虫だった? ハッハッハッ」

白々(しらじら)しい。入りたいならそう言えばいいでしょう」


 そんなことを淡々と言ってのける君。僕はそれが可笑しくて、嬉しくて、悔しかった。


「ま、今日は晴れの日らしいし、大丈夫か」

「イマイマしい。晴れの日とは卒業を祝福する言葉であって、ヒコイの呪文ではありません。頭のお花畑も能天気で干からびると良いのですが」


 君の言葉はいつも難しいけど、いつも馬鹿にされていることは分かる。そんな春風すら凍りつかすような会話が心地よく、足取りを重くした。話のきっかけをくれた胃袋のためにも、せめてエピローグは明るく締めくくろう。


「にしても式中はすごい土砂降りだったね」


 これはとっておきの話題。あまりにも雨音が煩くて、僕は名前を呼ばれていることに気づかなかった。それが皆勤賞の授与だというのだから、校長先生はさぞ焦っただろう。


「マダルコしい。教えてくれませんか」

「……え、なにか言った?」


 違和感の原因はすぐに分かった。君が前置きなんかしたからだ。


「ごめんごめん、聞いてなかった。かいがんに浸ってて」

瑞々(みずみず)しい。それを言うなら『感慨(かんがい)に浸る』でしょう。貴方はワカメですか?」


 僕はワカメじゃない。


「ハッハッハッ。まぁ、よく滑りはするけどさ」


 先を急ごうとしたのは単に恥ずかしかったからだ。そんな僕の腕を君が掴む。


「ハナハダしい。先ほどからどうして、そんな悲しい顔をしているのですか?」


 本気で疑問を浮かべる瞳に、僕は戸惑う。


「どうしてって、それは……」


 君が原因だ、なんて口が避けても言えなかった。だって原因は僕にあるから。


「別に悲しくなんかないよ」

小賢(こざか)しい。私にはお見通しです」


「言いたくないかも」

見苦(みぐる)しい。観念なさい」


「なら分かってよ」

(おろ)かしい。分からないから聞いているのでしょう」


 震える。君の言葉で、僕の声が。お家まで我慢するはずの涙が溢れてくる。そんな僕をみて、君は目を見開いた。


「ユユしい。どこか痛いのですか?」


 すぐさま僕の体をぺたぺたと触るも、もちろん怪我なんてしていない。


「僕だって好きな人に振られたら、少しは傷つくよ」


 君は更にびっくりした顔をして動きを止めた。一時間前の失恋だし、そこまで驚くことだろうか。いや、鈍感な君のことだから気づいてすらいないのかも。帰り道に付き合ってくれた、みたいな。それならまだチャンスはあるかな、なんて、馬鹿みたいだ。本当、馬鹿みたいだ。


 遠くから車がくると、傘がそっと僕を隠した。


心苦(こころぐる)しい。申し訳ないのだけど」


 続きは聞いたよ。二回も振られるなんて御免だ。


「も、もう大丈夫。ありがとう」


 君との学校生活は新鮮だったし、なにより楽しかった。それにこれで会えなくなるわけじゃない。帰り道が言い訳になるくらいには、家も近いのだから。


「……ナゲカワしい。いえ、(まぎ)らわしい、ですかね」


 僕は驚いた。それはもう涙が止まるほど、君が呆れた表情をしていたからだ。溜め息を一つつくと君は言った。


「イトオしい。これで伝わりますか?」


 え。



 え?



 時間が止まったような気がした。


「ウトマしい。やはり貴方にこれは必要ありません」


 僕を傘の外へ追い出すと、君は(かかと)から水飛沫をあげて去っていく。


「え……ちょっと待って!」


 もう訳が分からなかった。なぜ追いかけているのかも。なぜ追いかけたいのかも。追いかけてどうするのかも。僕はぐちゃぐちゃになった感情で、とりあえず走った。


 でも告白した時、君はたしかに言ったんだ。

 

 『(にく)らしい。遅いんですよ』って。

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