第33話 異常
ソロールの瞳が、夜の闇よりも鋭く光った。
その怒りは、言葉では収まりきらない。
セラフィナの挑発……いや、侮辱に近い言葉が、彼女の胸に火をつけた。
「貴様……アマンス様を侮辱したな!」
次の瞬間、ソロールの手が閃いた。
腰の剣が抜かれ、風を裂く音とともに、彼女はラヴィーネへと斬りかかった。
「待て、我はそなたと戦う気はない。話がしたい!」
「ふざけるな! 問答無用!」
ラヴィーネは即座に反応し、剣を抜いて受け止める。
火花が散る。
夜の静寂が、鋼の衝突音で破られた。
だが、
「ソロール、待て!」
鋭い声が響いた。
その声に、ソロールの剣が止まる。
ラヴィーネも、剣を下げた。
闇の中から、もう一人の影が現れる。
黒衣の男。
ソロールと同じ覆面をしているが、その動きは冷静で、威圧感を持っていた。
「……副官、ヴァルド」
ラヴィーネがその名を呟く。
アマンスのもう一人の腹心にして、王国騎士団の戦術参謀だった男。
冷静沈着、そして何よりも状況判断に長けた人物。
ヴァルドは、ソロールの肩に手を置いた。
「落ち着け、ソロール。これは誘われている」
「……何を言っている。あの女が、アマンス様を侮辱したのだぞ! 誘われている? 罠だと? それがどうした! アマンス様を助けるためならばどんな罠も打ち砕く!」
「違う、罠でもない。見たところ、周囲に帝国騎士団もラヴィーネ率いる銀翼隊の姿もない。兵士もいない。警備も外されている。あまりにも無防備すぎる」
ヴァルドは冷静に、そして淡々と諭すようにソロールに告げる。
だが、ソロールは歯ぎしりしながらラヴィーネとセラフィナを睨みながら言った。
「それが何だというのだ! 我らの宿敵に、さらにどういうわけか帝国の姫まで居るのだ! ここは――――」
「ここは、話をするための場だ」
ヴァルドの声は、静かだったが、確信に満ちていた。
「このわざとらしい演出。セラフィナ皇女が挑発を繰り返して我らを誘う……常識ではありえない。だが、それをあえてやっている。つまり……だいぶ重い話があるのではないか? アマンス隊長の件で」
その言葉に流石にソロールも表情を変える。
そして、セラフィナは満足げに笑った。
「まあ、理解のある男がいて助かりますわ。あなた、なかなかの切れ者ですわね。アマンスの副官というのも納得ですわ」
ヴァルドは、セラフィナに一礼することなくただ押し黙る。そしてその目はセラフィナを見定めているように、そして万が一に備えていつでも動き出せるように身構える。
「ッ……しかし、こやつら……」
「とにかく落ち着け。我ら残党狩りをするにしては、流石に異常な誘いだからな」
「……分かった」
ヴァルドの冷静な分析により、ソロールの剣は一度鞘に戻された。
だが、彼女の怒りが収まったわけではない。
その鋭い視線は、今なおラヴィーネの喉元を狙っていた。
だが、そこでラヴィーネが前に立つ。
そして静かに腰の剣を鞘ごと抜いた。
ソロールの目が再び鋭く光る。
「……何のつもりだ」
ラヴィーネは、無言のままその剣を地面に落とした。
金属音が、夜の静寂に乾いた響きを残す。
さらに、両手を広げて見せる。
袖をまくり、足元も軽く蹴って、何も隠していないことを示す。
「武器を捨てた。申し上げたように、そなたたちと戦う意思はない。そなたたちと交渉がしたい」
「な……んだとぉ!」
その言葉に、ソロールの眉が跳ね上がる。
怒りが再燃しかけたその瞬間、ヴァルドが手を上げて制した。
「待て、ソロール」
「……副官、これは――」
「見ろ。彼女は剣を捨てた。しかも、皇女を伴っている。殺されるかもしれない覚悟で……これは……尋常ではない」
ソロールはソロールは、ラヴィーネとセラフィナを交互に睨んだ。
その目には、怒りと困惑、そしてわずかな警戒が混じっていた。
「……何を考えている?」
その問いに答えたのは、セラフィナだった。
彼女は、ふっと扇を閉じ、ニヤリと笑みを浮かべた。
それは、まるで悪戯を思いついた子供のような、底知れぬ笑み。
「簡単なことですわ。あなたたち、私たち二人を人質にして帝国と交渉なさい」
「……は?」
ヴァルドが、思わず声を漏らす。
ソロールも、目を見開いて固まった。
「人質交換……すなわち、アマンスと私たちの身柄を交換しろと。そう提案しているのですわ」
沈黙が落ちた。
風が、誰もいない石畳を撫でていく。
ヴァルドは、セラフィナを見つめたまま、言葉を探していた。
ソロールは、完全に呆気に取られていた。




