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恋を教える個別ブース  作者: おすもういぬ
秘密の出会い編
7/56

金曜日、夜の教室

金曜の夜は、不自然なほど静かだった。


生徒の大半は週末前に帰宅し、講師もぽつぽつと退勤していく。

時計の針は19時を過ぎ、廊下の照明はすでに間引かれている。


俺と律だけが、まだ残っていた。


「今日は調子いいな。……どした?」


「……なんとなく、静かな教室が好きなんです。音がないと、集中できるというか……」


そう言って律は微笑んだ。

まるで、俺と“ふたりきり”でいることに、何の違和感も覚えていないように。


それが、余計に苦しい。


俺は、心の中で何度も言い聞かせている。

「これは、生徒だ」

「まだ何もしていない」

「してはいけない」


──でも、もう限界だった。


ふと、律が伸ばした腕からシャツの袖が落ち、白い手首が露わになる。

その手が、ペンを握りながらかすかに震えていた。


「あ……ちょっと間違えました。ここ、逆ですね……」


「見せて」


ペンを持つ律の手に、俺の手が重なる。

指先が、触れる。

皮膚の熱が、溶けて混ざる。


律がびくり、とわずかに肩を揺らした。

でも、手を引かない。


「……先生の手、あったかい」


ぽつり、と律が言った。


「冷たいの、苦手なんです。だから……なんか、安心します」


俺は答えられなかった。

その手を、強く握ってしまいそうだったから。


でも――


律は、自分の手の下にある俺の指に、ぎゅっと力を込めてきた。


「……どうした?」


「……先生、最近、僕のこと……避けてますよね」


その一言に、背筋が凍った。


「……そんなこと」


「してます。前より、目を合わせてくれない。近づくと、すぐ話を切り上げる」


「それは……」


「……僕、なにかしましたか?」


まっすぐな目。

だけど、わずかに揺れていた。

不安と、戸惑いと、もしかすると……期待に似たもの。


俺は、堪えきれなかった。


「……律」


俺の手が、彼の頬にふれた。

それはもう、本能だった。


律は驚いたように目を見開いたが、逃げなかった。

むしろ、そっと頬を俺の手に預けてきた。


「……先生」


「……ごめん。もう、止められないかもしれない」


「……止めなくていい、です」


その瞬間、すべてが決壊した。


身体が近づく。

触れる、唇。

ためらいがちに、けれど確かに、互いの温度を確かめ合うように。


律の唇は、想像よりも柔らかくて、震えていた。


それでも、彼は目を閉じて、俺を受け入れてくれた。


「……律」


「……僕も、先生のこと、ずっと……」


その言葉の続きを、キスが奪った。


そして、金曜の夜の教室。

そこで、ふたりの関係は、静かに“教師と生徒”を越えた。

━━━━━━━━━━━━━━━▪️▪️・・

唇を離したあとも、律の息が熱を持っていた。

細い肩がわずかに上下し、こちらに預けられた体温が、じんわりと俺の胸に染みていく。


「……律」


「……はい」


顔を上げた彼の頬は赤く、潤んだ瞳が真っ直ぐに俺を見つめていた。

あまりにも綺麗で――

このまま抱きしめて、全部奪ってしまいたくなる。


けれど、律はまだ震えている。

きっと不安で、きっと、まだ“その先”を知らない。


だから俺は、ゆっくりと腕を回して、ただ優しく抱き寄せた。


「……もうちょっとだけ、こうしててもいいか?」


「……はい」


律の返事は小さかったが、拒まれることはなかった。

背中に手を当てると、制服の生地越しにその細さが伝わる。


「律の体、……華奢すぎるくらいだな」


「僕、食べても太らない体質で……あの、……やっぱり、男っぽくないですよね」


「そんなことない。……律は、律のままでいい。俺、……すごく、好きだよ」


その言葉に、律が小さく息を飲んだのがわかった。


「……そんなふうに、言われたこと、ないです」


律の指先が、俺のシャツの胸元をそっとつまむ。


その小さな仕草がいじらしくて、愛しくて、思わず指で律の頬をなぞった。

ついでに、首筋にも触れる。

肌が、熱くなっていた。


「……くすぐったい、です」


「嫌か?」


「……いえ、嫌じゃない、けど……はじめてで」


その“はじめて”という言葉が、妙に生々しくて、俺の中の欲を煽った。


「……律」


俺は、律の制服の裾に手を差し入れた。

指先が、シャツの下の素肌にふれる。


律の肌は、驚くほど滑らかで、ぬくもりを帯びていた。


「……っ、秋、せんせ……」


「……律。俺のこと、名前で呼んでくれないか?」


「……え?」


「もう、“先生”じゃなくていい。……俺のこと、秋って、呼んで」


律は、目を見開いて固まったようだった。

すぐには答えなかった。けれど、俺の目を逸らさなかった。


そして――


「……あき、くん……」


少し戸惑いながら、けれどたしかに、呼んでくれた。


その響きが、胸の奥にずしんと落ちてきた。

律の声で、自分の名前が呼ばれる――たったそれだけで、何かが報われるような気がした。


「……ありがとな、律」


そう言って、もう一度そっと唇を重ねた。

今度は長く、深く。


それでも、まだ一線は越えない。

律の指が俺の手にしがみつくように触れていて、その震えが俺を止めていた。


「……秋くん」


また呼ばれた。

その声が、かすかに甘く掠れていて――息がかかるたび、理性がふるえていた。


「無理はさせない。だから、安心して。……」


律は、少しだけ笑った。

その笑みは、どこか安心したようで、どこか戸惑いも残っていた。


けれど、確かに言った。


「……僕も、秋くんがいいです」


ふたりはそれ以上、肌を重ねることはなかった。

けれど、唇よりも深く、呼吸よりも近く、心が重なった夜だった。

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