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恋を教える個別ブース  作者: おすもういぬ
秘密の出会い編
4/56

平静という仮面

二日後。

再び律が教室に現れたとき、俺は笑顔を浮かべて彼を迎えた。


「よっ。律、今日も頑張ろうな」


「あ、はい。……よろしくお願いします」


いつもと変わらない。

律は制服を崩さずにきちんと着て、ノートと筆記用具を整然と並べて座っている。

俺も、いつもと変わらないふりをした。


けれど──体の奥が、それを拒絶していた。


目が、追う。

喉が、渇く。

昨日、いや、一昨日の夜、俺が思い出しながら達した相手が、目の前でまっすぐ俺を見上げている。


“この唇で、名前を呼ばれたんだ”

“この指先が、机を挟んで、俺のペンを見ていた”

“この目が、俺を……信頼していた”


思い出してはいけない。

なのに、思い出してしまう。


今日は、カーディガンを制服の上に羽織っている。

そのせいか、鎖骨のラインが余計に目についた。

シャツの第一ボタンが、少し開いている。


……襟元なんか、普段気にしたことなかったのに。

それだけで、目のやり場がない。


「ここの計算、前回よりかなりスムーズに解けてるな」

平静を保ちながら、そう声をかける。

手元のノートを覗き込むと、律がまた少しだけ肩をすぼめた。


「……ありがとうございます。でも、先生の赤ペンが見えると、緊張するんです」

そう言って、律が笑う。


冗談のような口調。

けれど、その口元は控えめで、無防備だった。


その唇を、見てはいけない。

けれど、見てしまう。


「……俺の赤ペン、そんなに怖いか?」


「はい。すごく綺麗に書いてあるので、間違ってると余計に恥ずかしいんです」


何気ないやりとりなのに、律の言葉一つひとつが、妙に色気を孕んで聞こえる。


“すごく綺麗”

“恥ずかしい”


それは本来、学習指導の中でしか交わされない会話だ。

でも、俺の脳が勝手に変換してしまう。


俺は馬鹿だ。

この気持ちが、恋なのか欲なのか、もうわからない。


ただ、たしかなのは――

この生徒に、俺の「教師としての理性」は通用しない。


律がふと、ペンを落とした。

カラン、と音がして、机の下に転がる。


「あっ……」

律が椅子から半身を乗り出そうとしたのを、俺は反射的に止めた。


「俺が拾うよ」

かがんで手を伸ばし、ペンを拾いあげたそのとき――

律の膝が、俺の肩にふれて、ほんの少しだけ震えた。


その一瞬で、背筋に電気が走る。


俺の中のどこかが、また崩れた。


「……ありがとうございます」


「……あぁ」


短く、目を合わせた。


律は、なにも知らない。

俺の中で、どれだけのことが起きているか。

どれだけ、“触れてしまいたい”衝動と戦っているか。


だからこそ、苦しい。


こんなにも無垢な視線に、俺の理性は、もう限界が近い。

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