4人のおでかけ
今日はみんなでショッピングモールに行く日。
お出かけの準備をする私は、ちょっとだけ悩んで、ふわっと揺れる白いワンピースを選んだ。胸元には小さなリボンがついていて、袖もふんわりしてて、なんだか少しだけ「女の子」って感じがする服。鏡の前でくるっと回ると、スカートがやわらかく広がって、なんだか照れくさい。でも、今日はちょっとだけ…可愛く見られたい気分だった。
「乃亜、そろそろ出るよー」
玄関から聞こえる伊織くんの声に、私は急いでバッグを持ってリビングへ向かう。
「お待たせっ……」
そう言ってみんなの前に出た瞬間、リビングの空気がふわっと止まった気がした。
「……な、乃亜、それ……」
先に反応したのは大雅くんだった。目をぱちぱちさせて、なんか言葉が続かないみたい。
「すっごい、似合ってる……かわいすぎ……」
伊織くんもぽつりとそう言って、私の顔を見ながらちょっと耳が赤くなってる。
……え? え? そんなに変だったかなって不安になって下を向こうとしたら――
「その服、反則だろ」
低くて落ち着いた声。晃矢くんがいつもより近いところに来てて、私の髪をそっと撫でてから、ちょっとだけ笑って言った。
「……あんまり可愛すぎると、誰にも見せたくなくなる」
――!!!!
ど、どうしよう。顔が熱い。頭が真っ白。
急に言われると、どう反応していいか分からなくて、ぎゅっとスカートの裾を握る。
「か、かわいすぎって……そ、そんなこと……」
「いやいや、そう思ってるの、俺だけじゃないから」
「うん、今日の乃亜、ほんと……天使かと思った」
「俺、これで一日テンション上がりっぱなし決定だわ」
……わ、わたし何か変なことしちゃった? いや、たしかに気合いは入れたけど…
こんなふうにまっすぐ甘い言葉をかけられると、心臓が落ち着かない。
「じゃ、行こうか。乃亜、こっち」
ふと、伊織くんがそっと私の手を取ってくれた。少しだけ震えてる気がしたけど、あったかくて、自然と指先が絡まってくる。もう、顔が完全に熱い。隣で歩くの、緊張する…。
でも――
こうやって手をつないで、みんなで並んで歩けるのって、きっと幸せっていうんだろうなって思った。
……この服、着てよかったかも。
お昼過ぎ、ショッピングモールのファッションフロアはキラキラしてて、目移りしちゃうくらい可愛いものだらけだった。
「乃亜、こっちこっち。こっちの服、絶対似合うから!」
伊織くんが嬉しそうに私の手を引いて、小さなブティックの前で立ち止まる。ショーウィンドウに飾られていたのは、春っぽいピンクのワンピースと、小花柄のカーディガン。
「え、これ……わたしに?」
「うん。ふわっとしてて優しい色合いが、乃亜っぽいなって思った」
まっすぐな笑顔でそう言われて、ドキッとした。
さっきからずっとドキドキしっぱなしで、今日何回目か分からないくらい顔が熱くなる。
「じゃあ乃亜、これも着てみようよ」
大雅くんが隣から手に持ってきたのは、白いレースのブラウスと、淡い水色のスカート。
「こういうガーリーなのも、絶対似合う。ほら、これにこの髪飾りとか合わせてさ」
彼が指差したのは、小さなリボンがついたバレッタ。
大雅くんは笑顔で、でもどこか真剣に選んでくれてるのが伝わってくる。
「ちょっと待って。これも見て」
いつのまにか晃矢くんまで加わってて、彼が手に取っていたのはシンプルで清楚な白いワンピース。ウエストが軽く絞られていて、大人っぽいのに可愛らしさも残ってる。
「落ち着いた感じだけど、これを乃亜が着たら絶対映える。……大人っぽすぎる?」
「う、ううん……すごく可愛いと思う……!」
頭がパンクしそう。3人とも、本気で選んでくれてるのが嬉しすぎて、どうしたらいいか分からない。
「乃亜、3つとも試着してみたら? 似合うやつ、俺らで決める!」
「ええ!? そ、そんな、恥ずかしいよ……」
「大丈夫大丈夫。俺が一番似合うやつ、ちゃんと見つけてあげるから」
「こっちで待ってるから、ゆっくりおいで」
3人に背中を押されて、私は試着室に入った。鏡の前で一着ずつ服を合わせながら、なんだか胸がいっぱいになって、ちょっとだけにやけちゃった。
試着室から出ると、伊織くんが一歩近づいて、じっと私を見つめる。
「……ね、やっぱり可愛すぎる」
「うん……こりゃ参ったな。乃亜ちゃんって、本当にどれも似合うんだなあ……」
「これが世の不公平ってやつか」
3人とも、本当に真剣に、でもちょっと照れたように言ってくれる。そのたびに胸の奥があたたかくなって、なんだか泣きそうになる。
「じゃあさ、これにしようか?」
そう言って伊織くんが差し出してきたのは、ピンクのワンピース。
「最初に見たやつだよ」って、笑いながら。
「……うん。わたしも、これがいちばん好きかも」
自然とそう答えてた。
そのあとアクセサリーショップに寄ったときも――
「乃亜、これつけてみて。さっきの服に絶対合うから」
って、伊織くんが選んでくれたのは小さなパールがついたネックレス。
大雅くんはピンクゴールドのブレスレットを、「肌が白いから映えるよ」って言ってくれて、
晃矢くんはちいさなピアスをじっと見ながら、「乃亜ちゃんはまだ穴あけてないんだっけ? イヤリングでもいいけど、似合うと思うよ」って、ちょっと照れながら言ってくれた。
――お洋服も、アクセサリーも、全部みんなと一緒に選べたから特別に思えた。
帰り道、紙袋をぎゅっと抱きながら、私は思わず笑ってた。
「楽しかった?」
そう聞かれて、うんって何度も頷いた。
――今日は、ずっと胸がドキドキしてて、あたたかくて、
心がとろけちゃいそうなほど幸せな一日だった。
家に帰りついたのは、もう夕方。
玄関のドアを開けると、ほんのり漂うカレーの香りに、ふわっと心がほぐれた。
「梓さん、もうごはん作ってくれてる……?」
「今日はいっぱい歩いたし、お腹すいたでしょ?」
そう言って笑ったのは、伊織くん。
でも私が荷物を持ったまま立ち尽くしていると、そっと手から紙袋を取り上げてくれた。
「これ、俺が部屋に運んでおくから。乃亜はソファでゆっくりしてて」
「う、うん……ありがとう」
なんか今日一日で、伊織くんの優しさに触れすぎて、胸がくすぐったい。
少し照れてリビングのソファに腰を下ろすと、すぐ後ろから大雅くんがストンと座ってきた。
「は〜〜疲れた〜〜。でも、乃亜の可愛い服いっぱい見れて眼福だったなあ」
「か、からかわないで……」
「からかってないって。本気の感想。ってか、俺が選んだやつも似合ってたよね?」
「……うん。すごく可愛くて……わたしも気に入った」
そう言うと、大雅くんがちょっと嬉しそうに笑って、私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
その手があったかくて、少し眠気すら感じる。
「はい、お疲れ」
最後に晃矢くんがやってきて、コップに入った冷たい麦茶を渡してくれる。
「乃亜ちゃん、今日はよく歩いたな。……楽しそうだったし、よかった」
「晃矢くんも、色々選んでくれてありがとう。ピアスのこと、ちょっと本気で考えてみようかなって思った」
「……似合うと思うよ」
照れくさそうにそう呟く彼の横顔を見て、胸の奥がまた、くすぐったくなる。
晩ごはんは、梓さん特製のチーズ入りカレー。
楽しくて幸せな1日の締めくくりにはぴったりの、あったかい味だった。
ごはんの後、3人で片付けをしてくれて、私はその間にお風呂へ。
湯船の中でふうっと息をつきながら、今日の出来事を反芻していた。
ピンクのワンピースを見つけてくれた伊織くんの顔。
ブレスレットを選んでくれた大雅くんの笑顔。
私の耳元を見つめながら「似合う」って言ってくれた晃矢くんの声――
ぜんぶ、ぜんぶ、嬉しかった。
お風呂に入って、髪を乾かして、明日の準備も済ませたら――もう、今日一日が夢だったんじゃないかって思うくらい、胸の奥がふわふわしてた。
ピンクのワンピース、リボンのついたヘアゴム、シルバーのブレスレット。
どれもこれも、あの人たちが選んでくれたもの。
嬉しくて、照れくさくて、でもとびきり幸せで……。
「乃亜、ちょっといい?」
リビングから伊織くんの声がして、私は「うん」と返事をして寝室のドアを開けた。
すると、廊下に3人とも待っていた。
「な、なに……?」
「ん?おやすみの挨拶しに来たに決まってんじゃん」
大雅くんが軽くウィンクして、私の頭をぽんぽんって撫でてくれる。
「今日は、よくがんばったな。可愛い乃亜見れて、俺もご機嫌〜」
「……明日もかわいい服着てな?」
「そ、それは……その……」
慌てる私を見て、伊織くんもふっと笑って、手に持っていたぬいぐるみを差し出してきた。
「ほら。これ、ベッドに置いてあったやつ。忘れてた」
「ありがとう……」
「……それだけじゃないよ」
そう言って、彼は一歩近づいてきて、そっと私の手を取った。
「今日、いっぱい歩いたから……手、ちょっと冷たい」
「……伊織くん」
「だから、あっためる。……だめ?」
「だめじゃないけど……」
顔が熱くなって、うつむいてしまった。
そのとき――
「おい、俺たちの前でイチャイチャすんなよ?」
後ろから晃矢くんのちょっと低い声。だけど、その目は優しかった。
「晃矢くん……?」
「乃亜ちゃん。今日はちゃんと休みなね。……明日、疲れが残ってちゃ、せっかくの休日がもったいないからな」
そう言って、晃矢くんは私の頭をくしゃっと撫でて、少しだけ近づいた。
「夢に俺が出てきたら……ちゃんと覚えてなよ」
「え、えええ……!?」
「冗談」
そう言って振り返る彼の背中に、心臓が跳ねる。
部屋に戻って、ベッドに入って、布団をかぶる。
でも、さっきのやり取りがふわふわと頭の中で渦巻いて、ぜんぜん眠れない。
さっきまで手を握ってくれていた伊織くん。
ちょっと意地悪で、でもいちばん優しい大雅くん。
一番大人びてて、でもたまにドキッとすることを言う晃矢くん。
全部、全部、だいすき。
……そう思った瞬間、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
今日も、明日も、ずっと……このまま、4人でいられたらいいのに。
ベッドの中で、静かに目を閉じる。
……でも、やっぱり眠れなかった。
目を閉じても、今日のことばかり思い出す。
優しい手の感触。あったかい声。
顔が熱くなるたび、布団の中にぎゅっと顔を埋めた。
そのとき。
「……乃亜、起きてる?」
ドアが小さくノックされたあと、そっと開いた。
入ってきたのは……やっぱり伊織くんだった。
「え……ど、どうしたの?」
私は慌てて体を起こす。パジャマの胸元を押さえて、思わず布団をきゅって握った。
「ごめん。起こしちゃった?」
「ううん……もともと、寝れてなかったから……」
そう答えると、伊織くんは部屋の中に一歩足を踏み入れて、扉をそっと閉めた。
「なんか……今日、ずっと一緒にいたのに、今さらだけど……ちゃんと顔見て、ありがとうって言いたくなった」
「え……ありがとうって、私のほうこそ……」
「俺のほうだよ」
ベッドの端に腰を下ろした彼の顔が、月明かりでほんのり照らされる。
「今日、乃亜が楽しそうに笑ってるの、いっぱい見れて……嬉しかった。……あんなに可愛いって、ずるいよ」
「っ……!」
「だからさ、ちょっとだけ……こうしてたい」
そう言って、彼はそっと私の手を取った。
今日、ショッピングモールで歩いた時みたいに、優しく、でもしっかりと。
「……あったかい」
ぼそっと呟いた私の言葉に、伊織くんは少し照れたように笑ってくれた。
「乃亜が冷えてたら……俺がずっとあっためてやるよ」
心臓が跳ねた。
こんなに静かな夜なのに、自分の鼓動がやたら大きく聞こえる。
「……ずっと、一緒にいられるかな」
思わず口からこぼれた本音。
両親を失って、全部が変わってしまった私の日常。
でも――今だけは、壊したくないと思った。
伊織くんは、何も言わずに私の手をもう片方で包み込んだ。
「俺がいる。……晃矢にいも、大雅にいも。母さんも」
「……うん」
「乃亜が、ひとりだって思うなら……何回でも言うよ。絶対に、俺がそばにいるって」
目の奥がじんと熱くなる。
泣きたくなるほど、嬉しくて、切なくて……でも、何よりあったかかった。
そのまま伊織くんは、私の髪にそっと触れた。
優しく、ふわっと撫でてくれるその指先が、心まで包んでくれるようだった。
「……おやすみ、乃亜」
「……おやすみ、伊織くん」
そのまま彼はそっと部屋を出ていった。
ほんの少し、ドアの隙間から漏れる光が消えると、私はぎゅっと手を胸に当てた。
眠れなかった夜が、
――彼のおかげで、安心と幸せに包まれていく。
こんな夜なら、何度でも夢を見たい。
そう思いながら、私はそっと目を閉じた。
翌朝。目が覚めた瞬間、胸の奥にほんのりと残る、ぬくもりと安心感。
昨日の夜のことを思い出して、布団の中でひとり、ぎゅっと毛布を抱きしめた。
――伊織くんが、手を握ってくれた。
優しく、あったかくて、あの時の言葉がまだ耳に残ってる。
「絶対に、俺がそばにいるって」
そう言ってくれた声も、手の温度も……忘れられない。
気恥ずかしさと、胸いっぱいの嬉しさを抱えながら部屋を出ると、リビングにはすでに三兄弟がそろっていて、朝ごはんのいい香りが漂っていた。
「おはよ、乃亜」
伊織くんが、いつも通り優しい笑顔で迎えてくれる。けど……その瞬間、大雅くんと晃矢くんが、にやりと笑ったのが視界の端に映った。
「おっはよ〜。昨日はよく眠れたか? “特別な訪問者”とか来てなかった?」
大雅くんの声に、思わずぴたっと足が止まる。
「え……っ!? な、なにが……?」
顔が一気に熱くなるのがわかった。わたわたと両手を振る私に、今度は晃矢くんが静かに微笑んだ。
「ほら、伊織。ノックは優しくって言っただろ。夜の密会がバレるって」
「なっ……っ!?」
私だけじゃなくて、伊織くんも一瞬固まる。そして耳まで真っ赤になって、慌てて口を開いた。
「ち、ちがっ……! ただ、話がしたくて……!」
「へえ〜? “乃亜が冷えてたら、俺があっためてやる”って言ってた人は誰だっけ〜?」
「……っ! 大雅にい、盗み聞きしてたな!?」
「違う違う、俺たち兄貴は、妹の無事を確認してただけですからぁ?」
「……ったく、あの時の伊織、すっごい優しい声出してたな。あれ、乃亜じゃなきゃ危なかったな」
晃矢くんまでそんなことを言うなんて……!
私はもう顔を真っ赤にして、うつむくしかなかった。
「も、もう言わないでっ……!」
「ごめんごめん、でも乃亜がかわいすぎるのが悪いんだよ」
大雅くんが笑いながらそう言って、私の頭を軽くぽんぽんと撫でた。
その温もりが、なんだか胸の奥まで届いて、くすぐったいような、嬉しいような……不思議な気持ちになった。
「……乃亜ちゃん、照れてるとこもかわいいな」
晃矢くんがぽつりと呟いたその声は、さっきのからかいとはちがって、本気でやさしくて。
私はどうしても顔を上げられなくて、お箸を握り、うつむいたまま、小さな声で呟いた。
「……ずるいよ、みんな……」
すると三人は、まるで申し合わせたように同時に笑って、
「「「乃亜は、俺たちの大事な妹だもんな」」」
って、ふざけたようにハモって言ってきた。
でも、笑いながらもその声は、ちゃんと真っ直ぐだった。
──ああ、私、いま本当に守られてるんだなって、心から思った。