毎日ドキドキ
朝、ほんのり差し込む光で目が覚めた。
ふわふわの布団の中で、しばらくぼーっとしてから、やっと「ここが自分の家じゃない」って思い出す。
――あ、そっか。今週は伊織くんたちのおうちにお泊まりしてるんだった。
そう思った瞬間、昨日の夜のことが頭に浮かんで、顔が一気に熱くなった。
(……はぁぁ……。あんなに優しく頭なでられて……私、ちゃんと眠れてたのかな……)
顔を両手で覆って、ベッドの中でもだもだしてたら、下の方からトントン、と階段を上がってくる足音。
「乃亜ちゃん〜!朝ごはんできてるわよ〜!」
階段の下から、梓さんの元気な声が聞こえる。
「は、はーい!今行きます!」
急いで顔を冷やして、身だしなみを整えてから、階段を下りた。
リビングに入ると、キッチンからいい匂いが漂ってくる。目を向けると――
「おはよ、乃亜。パン焼けてるよ。サラダと卵もある」
「おはよう、乃亜ちゃん。コーヒーはまだ無理だよな?ミルクにしといたよ」
「乃亜……おはよ。よかった、まだ夢じゃなかった……」
……。
なんでこんな朝からイケメン三兄弟が揃って優しいの……?
朝食の席なのに、心臓が忙しいよ……。
「お、おはようございます。全部すっごくおいしそう……」
「敬語やめなって。もう俺らの家族みたいなもんだろ?」
晃矢くんがにっこり笑って言ってくれて、なんだか胸があたたかくなった。
「……じゃあ、いただきます」
3人と一緒に食べる朝ごはんは、ほんとに楽しくて、あっという間だった。
途中で大雅くんがパンの耳を私の皿にのせて「食べる?」とか言ってきて、何気ないやりとりなのにドキドキしてしまった。
そして――
食後、3人とも制服姿になって、それぞれ荷物を持って玄関に集まる。
「乃亜、準備できた?」
伊織くんがやわらかく微笑んで聞いてくれる。
「うんっ。……行こ?」
「おう。今日は俺、乃亜と並んで歩こーっと」
「じゃあ、俺は反対側!」
「おい、近すぎんなよ。俺の隣だからな」
……また、両隣を三兄弟に囲まれて、注目されながらの登校が始まる。
でも今朝は、ちょっとだけ違う気がした。
私の心の中で、誰かの笑顔が、昨日よりもっと近くなってる気がするの。
――伊織くん。
あの夜のこと、きっと私は忘れられない。
たった一言と、ひとつの仕草だけで、心がこんなにふわふわになるなんて思わなかった。
これからあと6日。
毎日が、こんなふうに――きらきらしていたらいいな。
ホラー映画(伊織視点)
「今日、ホラー映画観ようよ」
わざと軽いノリで言ったけど、正直かなり期待してた。怖がる乃亜が俺にしがみついてくる——そんな甘い展開、想像しただけでニヤけそうになる。でも、ばれたら絶対に赤面されて怒られるから、できるだけ自然を装った。
晃矢にいも大雅にいもすんなりOK出してくれて、ソファの位置をちょっとだけ、乃亜の隣に座りやすいように調整。部屋を薄暗くして、スクリーンに映し出される最初のシーン。薄気味悪い廃墟と静かな音楽。
開始から10分、乃亜の肩がそっと俺のほうに寄ってきた。わざとらしくない、その無意識な距離の縮め方がたまらない。
「……い、伊織くん……やっぱり怖いかも」
か細い声で言われて、俺の心臓がバクンって跳ねた。でも冷静さを装って、少しだけ体を寄せて、そっと手を伸ばす。
「大丈夫。俺が隣にいる」
そう言った瞬間、乃亜が俺の服の裾を握った。もう、反則。可愛すぎて、頭の中が真っ白になる。
「……や、やっぱり、こ、こわっ……!」
画面の中で叫び声が響くと同時に、乃亜が俺の胸に飛び込んできた。細い腕でぎゅって抱きつかれて、もうどうしたらいいかわからない。抱きしめ返したい。でも、ドキドキがバレたら困る。でも……
そっと肩を抱いた。乃亜の髪がふわって顔にかかって、いい匂いがした。小さく震えてるのがわかる。怖いんだ。でも、俺を信じて、頼ってくれてる。それが、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
「ねえ、乃亜。無理だったら、もうやめようか」
「……や、やだ。だって、今の時間、ちょっとだけ、あったかいから……」
そう言って、また俺に寄りかかってきた。胸がぎゅうって締めつけられる。俺、今、幸せすぎてやばいかもしれない。
そしてしばらくすると、いつの間にか乃亜は俺の肩に頭を預けて、眠っていた。ふんわりとした寝息、リラックスした顔。
「……寝ちゃったのか」
小さく笑いながら、そっとブランケットを取って、乃亜の肩にかける。寒くないように、ちゃんと優しく。起こさないように、手が触れた頬を軽くなでた。やわらかくて、あったかくて……ずっとこうしていたくなる。
俺の肩にすり寄るみたいに眠ってる乃亜を見て、思った。
——誰にも渡したくない。
乃亜は、俺の大切な女の子だ。
ホラー映画(乃亜視点)
「ホラー映画かぁ……」
伊織くんが提案したとき、思わず固まってしまった。怖いのはほんとに苦手。でも、伊織くんがちょっと楽しそうにしてる顔を見たら、断れなかった。……それに、もしかして、怖がる私をちょっとは心配してくれるかも、なんて。そんな淡い期待もちょっとだけあって。
部屋の明かりが落ちて、映画が始まるとすぐに後悔した。画面が暗いし、変な音がするし……もう無理かも。
「……い、伊織くん、怖い……」
思わずつぶやいたら、すぐに「大丈夫、俺がいるよ」って言ってくれて、そっと寄り添ってくれた。あの瞬間、怖さが少しだけ和らいで、代わりに胸のドキドキが強くなった。
それでも怖いものは怖くて、突然の音にビクッと体が反応して、気がついたら伊織くんの胸に抱きついていた。
「……ご、ごめん……」
「いいよ。怖いもんな。ここ、乃亜の特等席だから」
そんなこと言われたら、恥ずかしくて顔真っ赤になるに決まってる。なのに、伊織くんの手は私の肩に回ってて、優しく撫でてくれてて……そのぬくもりに、気付けば安心して、瞼が重くなってた。
翌朝 ──リビングにて(乃亜視点)
「……ん……あれ……?」
目が覚めたとき、まず感じたのはふんわりした温かさだった。
ブランケットに包まれていて、頬に何かが当たってる。……あれ、これ……誰かの肩?
ゆっくり顔を上げた瞬間、目が合ったのは――伊織くんだった。
「……い、伊織くん!?」
びっくりして起き上がろうとしたら、ブランケットがずるっと落ちそうになって、慌てて抱きしめる。そんな私の姿を見て、伊織くんはくすっと笑った。
「おはよ。めっちゃよく寝てたね、乃亜」
「え……わ、私……寝てた……? 映画の途中で……?」
「うん、怖がってたからさ、ブランケットかけて、そばにいたらそのまま……くっついてきたじゃん?」
「っっっっっ……!!!」
恥ずかしすぎて、変な声が出そうになった。思い出した。あの、怖いシーンの後、誰かの袖を掴んだ感触。あれ、伊織くんだったんだ……! 私……そんなことしてたんだ……!!
「か、勝手にくっついたわけじゃなくて、その……その、怖くて……!」
「うん、わかってる。そういうとこが、乃亜らしくて可愛い」
ぽそっと耳元で囁かれて、心臓が跳ねた。顔が一気に熱くなる。
「えっ、か、可愛いって……!」
「お、朝から甘いな〜。なんか青春してんなぁ?」
その瞬間、リビングのドアが開いて、晃矢くんと大雅くんが入ってきた。
ああ……最悪なタイミング……!
「なに、末っ子くんが彼女といちゃいちゃモード入ってるって? 朝から濃いな〜」
「乃亜ちゃん、くっついて寝てたの? そんな怖がりだったっけ?」
「そ、そんな……ちがっ……違うんです……っ! そ、そばに……伊織くんがいて……それで……!」
うわぁ、なに言ってるの私……!
なんかもっと恥ずかしいじゃん……!
「なになに〜?“そばに伊織がいたから”って、それほぼ告白じゃない? ねぇ大雅?」
「だよな。俺らが隣に座ってても、そんな風に怖がってくれなかったよな〜?」
「そ、それは……! そ、そういうんじゃ……!」
「ってか伊織、お前ちょっと嬉しそうすぎ。調子乗ってんじゃないの?」
「は? 乗ってないし。俺の隣が乃亜だった、それだけ。俺が一番落ち着けたってことじゃん?」
あああああ!もうっ、なんでみんな普通にそういうこと言えるの!?
顔隠してうずくまりたい……けど、伊織くんの声がすぐ隣で優しく響いて――
「俺のとこに来てくれた乃亜が可愛くて、めちゃくちゃ嬉しかったよ」
……もう、だめ。ほんとに、顔から湯気出そう……!
翌朝 ──リビングにて(伊織視点)
乃亜の寝顔って、ほんと見てて飽きない。
昨日、ホラー映画見ながらピタッて俺の腕にしがみついてきたときの顔も、思い出すだけで心臓やばかった。
小さく震えて、でも一生懸命我慢してて、でも限界が来たらそっと俺の方に体を寄せてくる。そういうとこ……ほんと可愛すぎる。
「おはよ。……よく眠れてた?」
目が合った瞬間の、あのビクッとした反応。ほんと、全部ピュアでたまらない。
でもそれを邪魔するのが――
「お、朝からリア充かよ〜」
「乃亜ちゃん、俺の隣にもいたのに、伊織にだけそんな甘えてたのか〜?」
兄貴たち。いつもこうやって茶々を入れてくる。しかも今日はやけにしつこい。
「別に。俺が隣にいたから、安心したんだよな? 乃亜」
「……う、うん……っ。だって……伊織くん、優しいから……」
乃亜の声が小さくて、途中から俯いて言葉が切れた。
──やばい。可愛すぎて爆発しそう。
「……乃亜、そんなとこも好きだよ」
頭ぽんって撫でたら、ぷしゅーって音しそうなくらい顔が真っ赤になる乃亜。
それを見た兄貴たちは、明らかにちょっとムッとしてた。
「……っち、朝からいちゃつきすぎだろ……」
「まあ……あれだけ可愛いと仕方ねぇか……」
「でもあんまり独り占めすんなよ、伊織。乃亜ちゃん、うちの天使なんだから」
「はいはい。わかってますよ、兄貴たち」
──でも譲る気、ないけどな。
乃亜は、俺の隣が一番落ち着ける。そう言わせたのは、俺だから。
だからこれからも、もっと俺の隣を“当たり前”にしていく。
誰より近くで、乃亜を甘やかして、守って、ドキドキさせたい。
そしていつか――
俺だけを、好きって言わせたい。