3兄弟とお泊まり会!?
その朝、制服のリボンを直してると、お母さんが声をかけてきた。
「乃亜、今週1週間ね、お父さんもお母さんも出張で家にいないの。留守番お願いしようと思ったんだけど、この間のこともあるし、できるだけ一人にしたくなくて……梓の家に泊まらせてもらえるようお願いしてあるの」
「え、うん……わかった」
最初は軽く返事しちゃった。梓さんといっぱいお話できるかな~ってちょっと嬉しくなって。
でも……家を出て、3兄弟の顔を見た瞬間、気づいたの。
……え、ちょっと待って?
梓さんの家って、伊織くんたちと同じ家だよね?
え、え、え……ってことは――
「乃亜!今日から俺らの家に泊まるんだろ?」
「1週間も一緒に過ごせるのか」
「乃亜ちゃん、俺の部屋に泊まっていいからね」
う、うそ……待って待って待って、聞いてないんだけど!?
これって、かなり……ヤバいやつなのでは!?
ただでさえこの3人には毎日ドキドキさせられてるのに、1週間お泊まりって……心臓がもたないよ~……。
「なに、もう赤くなってんの?」
「乃亜は俺の部屋に泊まるよな?」
「今日もかわいいね」
……もう無理。顔も心も真っ赤っか。
やっぱり、ヒロイン力って、こういうイベントも引き寄せちゃうの……?
そのあとも頭の中はそれでいっぱいだったけど(でもちゃんと授業は聞いたし、ノートも取ったよ)、なんとか1日が終わって、放課後になった。
いつものように4人で帰って、一度家に戻って、荷物の準備。
お気に入りのパジャマに、学校の用意、それと着替えと……ハンカチも忘れずに入れて。
荷物をまとめて、深呼吸してから伊織くんたちの家へ。
「おじゃまします……」
玄関を開けたら、すぐに梓さんがにこにこしながら迎えてくれた。
「乃亜ちゃん、いらっしゃい!一週間もお泊まりしてくれるなんて、おばさん嬉しいわ~」
その言葉にちょっとほっとして、私は小さく笑って言った。
「えっと、梓さん……よろしくお願いします」
心臓はまだちょっとドキドキしてたけど……伊織くんたちと過ごす、1週間の始まりだった。
玄関でスリッパを借りて、お家の中に入ると、どこかふわっと優しい匂いがした。梓さんの香りかな。
いつもより広く感じるリビングには、もう3人ともそろってて、私のことを見た瞬間に、ニヤって笑った。
「乃亜、部屋案内するよ。荷物、持つから」
そう言ってくれたのは伊織くん。なんとなく手を引かれるままについていった。
階段を上がると、廊下の奥に一部屋、客間として準備されてるお部屋があった。
「ここが乃亜の部屋。1週間、よろしくね」
「うん……ありがと」
シンプルだけど、すごく綺麗なお部屋で、ベッドの上にはふわふわのクッションがいくつも置かれていた。
荷物を置いて、ほっとひと息ついた瞬間――
「……えっ、乃亜ちゃんひとりの部屋なの? 俺、てっきり一緒かと」
なんて、晃矢くんがいたずらっぽく言ってくるから、思わずクッション抱きしめた。
「な、なに言ってるの……!」
「でも、何かあったらすぐ呼んでね。俺、すぐ隣だから」
大雅くんの優しい声に、胸がきゅっとなった。
……もう、みんな本当にこういうとこ、ずるいんだから。
それから夜ごはんになって、みんなで食卓を囲んだ。
梓さんのご飯はすごく美味しくて、話も弾んで――でも、内心はちょっと緊張してて、お箸を落としそうになったのはここだけの話。
食後、梓さんが言った。
「乃亜ちゃん、お風呂沸いてるわよ。女の子のものは全部棚にあるから、好きに使ってね」
「はい、ありがとうございます」
そう答えてからお風呂へ向かって、着替えを持って洗面所の扉を開けようとした瞬間――
ガチャッ。
中から出てきたのは……伊織くんだった。
「わっ……!」
お互い、ちょうど入れ違いだったんだけど、顔がすごく近くて、一瞬お互い固まって。
「……あ、ご、ごめん!」
「う、ううん! こっちこそ……!」
急いで横に避けようとしたのに、緊張で足がもつれて、少しバランスを崩して――
「わっ!」
「乃亜っ!」
気づいた時には、伊織くんが私の腕をしっかり掴んでて、危うく転びそうだったのを支えてくれてた。
「……大丈夫?」
すごく近い距離で、まっすぐに見つめられて――心臓の音が聞こえそうなくらい、どきどきしてしまった。
「……うん。ありがとう……」
「……乃亜、かわいすぎ」
ぽつりと、伊織くんが呟いたその声はすごく優しくて、嬉しくて……でも、もうこれ以上ドキドキしちゃったらお風呂どころじゃないってくらい、胸がいっぱいになった。
この家で過ごす1週間――なんだか、とても大変なことになりそうな気がする。
でも、そんな毎日を、少し楽しみに思ってしまっている私がいた。
お風呂から上がると、湯気でほわほわした気持ちのまま、自分の部屋に戻った。
髪も乾かしたし、パジャマもお気に入りのを着てる。なのに、なぜか胸のあたりがずっと落ち着かない。
だって、さっきの――伊織くんとの距離、すごく近かった。
「かわいすぎ」って、言われたの……聞き間違いじゃ、ないよね。
ベッドに腰を下ろして、ほっと一息ついた瞬間、コンコン、とドアをノックする音。
「乃亜、まだ起きてる?」
「う、うん。起きてるよ」
ドアがゆっくり開いて、顔を出したのは伊織くんだった。さっきより、なんだか柔らかい表情。
「よかった。ちょっと話せるかな。……あ、ちゃんとドアは閉めて、廊下で」
「うん、うん。行くね」
慌てて上着だけ羽織って、伊織くんと一緒に廊下に出た。夜の家は静かで、さっきまでいたリビングの明かりももう消えてる。
「乃亜、今日…変なこと言ってごめん。ドキドキさせたよな」
「え……?」
「さっき、風呂のとこでさ。“かわいすぎ”って。無意識だったけど、本音だったんだ。だけど…驚かせたよな、って思って」
伊織くんは、目を逸らすように天井を見ながら言った。
その横顔が、なんだかすごく大人びて見えて、私は思わず小さな声で言ってた。
「……ううん。びっくりしたけど……嫌じゃなかったよ」
「乃亜……」
伊織くんが、驚いたように私の顔を見てきた。
その目が優しくて、でもどこか真剣で……心が熱くなった。
「ね、伊織くん。こういうのって、よく分からないけど……私、ここに来れてよかったって、思ってる。今、すごく、楽しいよ」
「そっか……なら、よかった」
伊織くんが微笑んで、そっと私の頭をなでてくれた。
その手の温かさに、思わず目を閉じてしまう。
「1週間なんて、きっとあっという間だな」
「……うん」
「でも、毎日こうして話せたら嬉しい。……もし嫌じゃなければ」
「……ううん、私も嬉しい」
そう言った私の声が、きっとすごく小さかったはずなのに、伊織くんはちゃんと笑ってくれた。
そのあと、「じゃあ、また明日ね」って優しく言って、自分の部屋に戻っていった。
私は部屋に戻ってベッドにもぐりこみながら、胸に手を当てた。
――どうしよう。ずっとドキドキが止まらない。
でも、なんだかすごく、すごく幸せな気持ちで眠れそうだった。