文化祭〜side伊織〜
ホームルームで先生が「文化祭の実行委員を男女一人ずつ決めます」って言い出したとき、迷わず手を挙げた。やる気があったというよりは、ただ……乃亜と一緒にやりたかった。それだけだった。
乃亜の手も勝手に挙げてやったら、案の定、休み時間になってぷくっと膨れた顔で俺のところに来た。
「もう、なんで私の手も挙げたの?」
怒ってるっていうより、困ってるって顔だった。こういうとき、乃亜ってすごく分かりやすい。だから、立ってる彼女を下から上目遣いで見てみる。案の定、すぐに赤くなる。
「……ずるい」
小さな声でそう言った乃亜は、ほんとにずるいって言いたいのはこっちだろってくらい可愛かった。真っ赤になった頬と、ぎゅっと握った手。何度見ても、たまらなくなる。
文化祭の準備は、想像以上に楽しかった。いや、楽しかったというより……癒された、かな。乃亜は一生懸命で、真面目で、優しくて、ちょっと不器用。でもそんなところが、俺には全部愛おしかった。
俺が無理やり巻き込んだくせに、気づけば俺以上に真剣に動いてて。そんな姿を見るたびに、「好き」って気持ちがどんどん膨らんでいった。
本番の文化祭の日。俺たちはいつも通り、兄貴たちも一緒に4人で行動してた。でも、ふと気づいたら、乃亜の姿がない。
「……どこだ、乃亜」
あの子はそこそこ有名人だから、他校の生徒も顔を知ってる。だから聞き込みして回った。だけど、誰も見てないっていう。焦りが胸に広がる。
そのとき、三年の先輩が話してた。
「乃亜様なら、他校の制服の男たちに話しかけられてたの見たよ」
名前が出たその高校は、不良だらけで有名な学校だった。
一気に血の気が引いた。
乃亜に何かあったら――
俺たちは言われた場所に急いで向かう。どこかにいるはず。あいつらに連れて行かれたとしても、乃亜なら抵抗したに違いない。だから、遠くには行ってない。そう思って探していると――
「……嫌っ……」
小さな、小さな声。でも、絶対に聞き間違えようのない声だった。
「兄貴、乃亜の声がした。すぐ近くにいる」
そして、見つけた。
非常階段の裏。2人の男に囲まれ、壁に押し付けられていた。制服は乱れ、肩が露わになっていた。怒りで全身が震えた。
「おい!お前ら何してんだよ!」
俺の怒鳴り声に、男たちは振り返る。
「俺の乃亜に触るな」
後ろから大雅にいも声を上げる。
「俺の乃亜ちゃんだろ。離れろ」
晃矢にいの低い声が響いた。
相手の男たちは舌打ちして、逃げていった。
「乃亜、大丈夫か?」
俺は駆け寄って、震えていた乃亜の肩に手を添える。目が合った瞬間、溢れるように涙が零れた。
「ありがとっ……怖かった……うう……」
「ごめん。はぐれてごめん……」
俺はそのまま、乃亜を強く抱きしめた。震える小さな身体が、すごく頼りなくて、なのに必死に耐えてたのが伝わってきて、胸が締めつけられた。
大雅にいは自分の上着を背中にかけてやって、晃矢にいは前を隠すように服を差し出してくれた。俺たちは、ずっと乃亜のそばにいた。
あんな思い、もう二度とさせたくない。
このとき、俺たちは心から誓った。
――乃亜を守る。これから先も、ずっと。