文化祭
あれから約1ヶ月。
毎朝、伊織くん・晃矢くん・大雅くんと一緒に登校して、教室では伊織くんと隣同士で過ごして、お昼休みは四人でお弁当を囲んで、帰り道もみんなで歩く。そんな日々が、私にとっていつの間にか当たり前になっていた。
だけど、私たちのことを見ているまわりの反応は、ちっとも落ち着く様子がない。
「来たよ!プリンセス乃亜と三人の騎士!」
「今日も麗しい…」
「完全にお姫様を守る騎士団じゃん!」
「この尊さ、朝から心が浄化された…!」
毎朝のように、そんな声が飛び交う。兄弟たちはすっかり慣れた様子で、いつものように自然に振る舞っているけれど……私は、毎日まだちょっとだけ恥ずかしくて、顔が赤くなってしまう。
それに――最近は、私の呼び方まで変わってきてしまって。
「乃亜様〜!今日もお美しいです〜!」
「伊織くんこっち向いてー!」
……"様"って。そんな呼ばれ方、されたことないのに。
本来なら、漫画やドラマでこんな立場のヒロインは、まわりの女子たちに妬まれたりするものなんじゃないかなって思っていた。けれど、私の場合はちょっと違っていた。皆が温かくて、応援してくれていて――
「乃亜様、照れてる〜!か、可愛いっ!」
「清楚で可憐すぎて眩しい…っ!」
……どうしてこんなに優しいの?と、思ってしまう。
「可愛いって言われてるよ、乃亜ちゃん」
晃矢くんが笑いながら私の顔を覗き込む。
「きゃーっ!!」
その声にびっくりして振り返ると、周囲の女の子たちから、今日も元気な黄色い歓声が上がっていた。
「ちょっと、晃矢くん……」
言おうとすると、今度は大雅くんが、私の肩をそっと引き寄せた。
「兄貴、俺の乃亜にあんまり近づかないでよ」
「きゃーっ!!!」(また歓声)
そして最後に――伊織くんが、私の手を取って言った。
「残念だけど、ここで兄さんたちとはお別れ。乃亜は俺のだから」
そのまま手を繋いで、校舎の中へ駆け出す伊織くん。
「きゃーーーーーーーっ!!!!」
朝から学校がプチ騒然となるのは、もう日課みたいになっていた。
「今日から文化祭の準備を始めていきます」
一時間目のホームルームで先生がそう言うと、クラスは一気にわくわくした空気に包まれた。
「まずは実行委員を男女一人ずつ決めたいと思います。やりたい人はいますか?」
「はーい!俺と美浜さんでやりたいです!」
「へっ!?」
突然、伊織くんが私の手まで一緒に挙げていた。
「では、藤堂くんと美浜さんでいいと思う人、拍手をお願いします」
『パチパチパチパチパチパチ!』
満場一致だった。……断れないよね、これ。
「では、よろしくお願いしますね」
「もうっ、なんで私の手まで挙げたの?」
「乃亜と一緒にやりたかったんだもん。だめ?」
座ったまま上目遣いで見てくる伊織くんのその顔――ずるい。ほんとにずるい。そんな顔されたら、私、もう何も言えない。
「……ずるいよ」
「何がずるいの~?」
俯いて赤くなっている私の顔を、伊織くんが覗き込んでくる。
「乃亜って、ほんとすぐ真っ赤になるね。……可愛い」
「きゃああっ!」
クラスの女の子たちから、また黄色い悲鳴。ああもう、恥ずかしい……!
……そして、あっという間に文化祭当日。
私たち四人は、みんなで一緒に会場を見て回る予定だった。でも、来場者の数が思った以上に多くて、中には中学生や他校の生徒もいて――そのせいで、気づけば私は三人とはぐれてしまった。
「……みんな、どこ……?」
迷っていると、突然、声をかけられた。
「ねえ、君、この学校の子だよね?」
「俺たちと一緒に回ろうよ」
目の前にいたのは、いかにも怖そうな二人組。不良だらけで有名な高校の制服だった。
「いえ……友達と来てるので……」
「でも、いなくね?迷子? ならさ、探すの手伝ってやるよ」
「触らないでください!」
腕を掴まれて、私は抵抗した。でも、彼らの表情は一気に変わって、怖い目をして、私を人気のない方へと引っ張っていった。
「やだ……っ」
壁に押し付けられ、制服を引っ張られて、ボタンが外れる。
――怖い、助けて。
「おいっ!!何してんだよ!!」
その瞬間、聞き慣れた声が響いた。
「俺の乃亜に触るな!」
大雅くんの怒鳴り声。
「俺の乃亜ちゃんに決まってんだろ」
晃矢くんの声も。
そして――
「離れろ。乃亜ちゃんに何してんだよ」
伊織くんの声が、私の名前を呼んだ。
不良たちは舌打ちしながら、逃げるように去っていった。
「乃亜!大丈夫か!?」
伊織くんが私の顔を覗き込む。大雅くんは自分の上着を私の背中にかけてくれて、晃矢くんは前から羽織らせてくれた。
「ありが……と……」
そう言いかけたところで、涙が止まらなくなってしまった。
「怖かった……っ」
「ごめんな、はぐれさせて……俺たちがもっと気をつけていれば……」
伊織くんがそっと抱きしめてくれる。優しいぬくもりに包まれて、私の涙はようやく静かに落ち着いた。
大雅くんと晃矢くんも、ずっとそばにいてくれて、私の背中をさすったり、手を握ってくれたり――私はひとりじゃなかった。
その後、先生や警察に連絡がいって、不良たちの通っていた高校の校長先生や、相手の保護者からも謝罪を受けた。そして、事件は無事に解決したけれど……。
あれ以来、三人は私のそばを絶対に離れようとしなくなった。
私は守られている。優しくて強くて、まっすぐな三人の騎士に。
そして、そんな日々が、少しずつ、私の心を変えていっていた――。