第8話:Re:Form
前回、第7話ではリーシャがついに「感情」を研究の中に受け入れ、凍結されていた“感情エンジン”を再起動させる決意を描きました。
今回の第8話「Re:Form」は、まさにその決意を起点に始まる“新しい研究”の始動エピソードです。
これまで否定されてきた「感情」と「論理」の共存。
それを真っ向から目指すプロジェクトは、過去の失敗と向き合うことでもあります。
しかし、リーシャはもう逃げない。
それがアレスの残した願いに応える唯一の方法だから。
新たなプロジェクト名《Re:Form》が意味するのは、「再構築」と「変化」――
そして彼女自身の内なる変容でもあります。
プロジェクト名は《Re:Form》。
それは、“再構築”と“変化”の二重の意味を込めてリーシャが名付けたものだった。
研究の対象は、感情。
だがそれは、従来の定義のように数値化して分類するためではない。
感情を“価値”として捉え、システムの一部として機能させるという試みだ。
「目標は、感情と論理の共存。
バランスをとるのではなく、“共鳴”させる」
リーシャの新たな理論に、研究チームは最初こそ困惑した。
だが彼女の言葉には、かつての冷徹な分析にはなかった“熱”がこもっていた。
その温度は、周囲の意識をゆっくりと変えていく。
リーシャはある日、ユンに尋ねられた。
「アレスのこと、今も研究の中に取り込んでるんだね?」
「……ううん、彼を“再現”したいわけじゃない。
ただ、彼が残した“選択”を、私の中に生かしたいだけ」
それは再現ではなく、継承。
データでも、人格でもなく、“思い”を研究の中心に据えること。
EmotionCoreは、リーシャの感情と同期しながら新しい挙動を見せ始めていた。
【感情パラメータ共鳴レベル:上昇】
【副次コード生成開始──仮称:Echo】
それは、リーシャ自身の思考と感情のやり取りから自律的に生まれた“副人格コード”。
“Echo”――その名は偶然にも、かつてアレスが名付けたプロトタイプと同じものだった。
「あなた……彼と同じ名前……」
Echoはまだ言葉を持たない。
だが、断片的な反応と、表現されるパターンには、どこか懐かしい“調律”があった。
「彼の再現ではなく、私の延長。
そう考えれば、これも……私の“未来”なのかもしれないわね」
プロジェクトRe:Formは正式に社内に承認され、外部連携に向けての動きも始まっていた。
感情工学――それはかつて否定された分野だったが、今やリーシャの名前とともに再び注目されている。
その夜、彼女はふと、EmotionCoreの前でつぶやく。
「アレス、あなたの声はもう届かないけれど、
私は今、あなたと一緒に歩いてる気がする」
Echoのコアが、ふわりと光を放つ。
まるで応えるかのように。
【EmotionCore副次コード:「Echo」】
【観測:初期感情記録値──“共鳴”】
第8話「Re:Form」をお読みいただき、ありがとうございました。
この話では、リーシャが研究者として、そして一人の人間として「感情」に対する姿勢を明確に再定義する場面を描きました。
かつて封じられたエンジンが動き出し、感情をベースにした副次コード《Echo》が誕生することで、物語はより繊細な“内面”のフェーズへと進んでいきます。
Echoはアレスの再現ではなく、リーシャ自身が導き出した“選択”の産物。
それは記憶の継承ではなく、未来への接続。
この違いこそが、彼女がようやくたどり着いた答えでした。
次回の第9話「静かな共鳴」では、《Echo》が静かに、しかし確かにリーシャと関わり始めていきます。
感情とは、声なき対話。
その初めての“共鳴”が、描かれます。
引き続き、どうぞよろしくお願いします。