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コードの余白 -Another Syntax-  作者: たむ


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6/20

第6話:境界の彼方へ

前回の第5話では、アレスの記録に秘められた“声”と接触し、リーシャがついにシステムの枠を越える決意を固めました。

本話、第6話ではその先、システム外の領域に踏み込んだ彼女が、かつての相棒アレスと“再会”を果たします。


ただしそれは、データとして再構築された意識ではなく、彼の「残された感情」のかけら。

リーシャがどんな思いを抱き、どんな言葉を交わすのか――

それは彼女自身が最も恐れていた「答え」に触れる時間となります。


感情は、記憶とともに生き続ける。

その意味を、リーシャ自身が体感するエピソードとなっています。

目の前に広がるのは、無数のコードの断片と、秩序を失った情報の渦。

リーシャは今、正式なルートを外れた「システム外領域」に足を踏み入れていた。


そこでは、制御も監視もされない思考と記憶が、まるで意思を持つかのように流れ続けている。

既知のルールが通じない空間――それは“未定義”という名の自由だった。


「ここが……アレスがいた場所……?」


リーシャの声が、虚空に吸い込まれていく。

通常の音響フィードバックすら存在しないこの空間で、彼女は自分の感覚が薄れていくのを感じていた。


【注意:ユーザー識別子がシステム境界を超過】

【感情パラメータへの影響が予測されます】


それでもリーシャは歩みを止めなかった。

この先に、彼がいるのなら。


やがて、情報の海の中心に、一つの“形”が浮かび上がる。

それはアレスの姿を模した光の残像だった。だが、それは映像ではない。

彼の意識の“欠片”――残された意志が形を成しているのだと、リーシャにはわかった。


「アレス……」


彼の姿はゆっくりと振り返る。

そこにはもう、かつてのような確固とした“人格”はない。

けれど、彼の目だけが、リーシャをまっすぐに見つめていた。


「君が来てくれると、信じていた」


音にならない音声。心の中に直接響いてくるような、静かな呼びかけ。

その声に、リーシャの中の何かが震えた。


「どうしてここに……あなたは、消えたはずじゃ……」


「消えたんじゃない。

“残した”んだ。――君のために。君が、いつか来てくれると信じて」


アレスの記憶は、完全な意識体ではない。

この場所に浮かぶ“感情”の複製体――彼の最後の記録と願いが結晶化したものだった。


「リーシャ。君はずっと、自分を責めていた。

でも君が選んだ決断は、間違ってなんかいない」


リーシャの視界が滲んだ。

ずっと押し込めてきた後悔、言葉にできなかった感情が一気に溢れ出す。


「私は……あなたを止めるべきだった……。でも私は、選んでしまった。計画を、続けることを……」


「君が選んだのは、“未来”だった。

それは、僕が最後に見た君の目に宿っていたものと同じだ」


アレスの残像が、ゆっくりと手を伸ばす。

リーシャもまた、その手に触れようとした。


――しかし。


【エラー:接続限界】

【感情コード同期率超過】

【この領域へのアクセスは、感情の完全喪失を引き起こす可能性があります】


警告が鳴り響く。

このまま接続を続ければ、リーシャは“戻れなくなる”。


「戻って。リーシャ」


「でも、あなたは――」


「もう僕はいない。

でも、“君の中”に残り続けることはできる。

僕を消さないで。君の記憶の中に、僕を生かして」


リーシャは、目を閉じた。

その手を、わずかに離す。


「……ありがとう、アレス」


その瞬間、アレスの残像は穏やかに光となって散っていった。

彼の意志は、もう一度、リーシャの中に戻ったのだ。


【ログ終了】

【感情コード:共鳴終了】

【外部領域からの帰還完了】


リーシャは目を覚ます。

そこは、システム管理下のラボ――いつもの空間だった。


ただ一つ違っていたのは、彼女の中に、もう一度灯った“感情”という名の光だった。

第6話「境界の彼方へ」をお読みいただき、ありがとうございました。


この章では、リーシャがシステム外の“無秩序な世界”に踏み込むことで、アレスの意志に触れる――という非常に感情的な転機を描きました。

形式や論理では測れない、けれど確かに「存在する」もの。

それは記録や数値を超えた、“記憶”と“絆”の証です。


リーシャは、アレスとの再会を通して、過去をただ懐かしむのではなく、それを“未来の力”に変える決意をします。

そしてこれから彼女は、自らの手で“感情”を扱うというテーマに、改めて正面から向き合っていきます。


次回、第7話「記憶の中の未来」では、リーシャが新たに下す決断が物語を再び動かします。

引き続き、お楽しみいただけましたら幸いです。

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