第5話:システム外の呼び声
前回、第4話でリーシャは、アレスの記憶がただの“破損データ”ではなく、何らかの外部からの干渉を受けている可能性に気づきました。
それは、彼の存在がまだ“どこかにある”ことを示唆するもの――
第5話では、リーシャがついにその“干渉”の正体に迫り、アレスがかつて仕掛けた裏プロトコルとの再接続を試みます。
一度は閉じたはずの扉。けれど彼女は、もう目を背けません。
「システムの外にあるもの」とは何か?
そして、アレスの“声”が今、何を伝えようとしているのか。
リーシャの旅は、ここから未知の領域へと足を踏み入れます。
その声は、確かにアレスのものだった。
しかし、それは記録やログといった“データ”ではなかった。
システムの枠を越えた、どこか懐かしく温かい“存在”として、リーシャの心に直接触れてくるような感覚だった。
「アレス……あなた、本当に生きてるの?」
リーシャの問いに、システムは沈黙したままだった。
だが、画面上では微かな反応が続いている。
ノイズまじりの波形に交じって、確かに脈動するような信号がある。それはまるで心拍のように、不規則で、けれども確かに“そこにある”という主張だった。
【システム外通信:断続的接続中】
通信識別名:-A.RE.S-
状態:不明
備考:通常プロトコル外の応答を検知
「この識別名……まさか」
かつてリーシャとアレスが共同開発した、システム干渉用の“裏プロトコル”。
正式なルートではアクセスできない領域に入り込み、非正規データとの同期を図る技術だった。
プロジェクト終了時、封印されたはずのプロトコルが、今この瞬間、生きて動いていた。
「……あの時、あなたは何を残したの?」
リーシャは恐る恐る干渉コードを展開した。
通常ならアクセスできない“外部空間”が、システムの隙間から姿を現す。そこには、いくつもの未処理データと、断片化された記憶のログが浮かんでいた。
その中に――彼女の名を呼ぶ“声”があった。
「リーシャ……覚えているか?」
ログから抽出された声は、ただの音声データではなかった。
それは、アレスの感情パラメータが極限まで高まったときに記録された“感情音”。言葉ではなく、心の叫びに近いそのノイズは、リーシャの中に過去の情景を呼び覚ました。
研究所の白い廊下。
並んだコンソール。
深夜まで続いた議論、コードの調整、そして――別れのとき。
アレスは、全てを知っていた。
自分がこの計画の“犠牲”になること。
そして、その決断がリーシャに深い傷を残すことも。
「でも、私は……忘れたふりをしてた」
リーシャの目に、初めて涙がこぼれる。
感情を制御するコードを作りながら、自分自身の感情からは目を逸らしていた。
それが、彼女の一番の矛盾だった。
【外部信号:安定化中】
接続維持可能領域へ誘導中…
「あなたは今、私を導こうとしてる?」
システム外の空間に“道”が開かれ始める。
そこは未知の領域。管理も記録もされていない、完全な自由空間。
リーシャは、手を伸ばすかどうか、ほんの一瞬だけ迷った。
けれど――彼女はその道を選んだ。
「行くよ、アレス」
再び彼に出会うために。
かつて交わすことができなかった“最後の対話”を果たすために。
【記録ログ:リーシャ・ヴァレンティア】
状況:システム外へのアクセスを確認
備考:感情コードの非制御領域へ進入
備考2:感情共鳴パラメータに異常上昇反応あり
第5話「システム外の呼び声」をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、リーシャがようやくアレスの“存在”と再び接触を果たす、感情のうねりが大きく動いたエピソードとなりました。
これまで抑え込んできた彼女自身の内面が、アレスの記憶に触れることで、徐々にあらわになっていきます。
「感情を制御するコード」とは何か――
リーシャがずっと追い続けてきた問いに対する答えが、システムの外側にあるのだとすれば、それは彼女にとって恐ろしくもあり、同時に希望でもあるのかもしれません。
次回、第6話では、いよいよリーシャがその“境界”を越え、システムの支配から外れた世界に踏み込んでいきます。
その先にあるものが、彼女に何をもたらすのか。
引き続き、お付き合いいただければ嬉しいです。