第2話:遺されたコード
リーシャの物語は、過去の記録と対峙するところから始まります。
本作では、彼女がどのようにして自分の“記憶”や“感情”を再構築していくのかが描かれます。
前回の静かな日常から一転して、彼女が遭遇するのは過去に埋められた謎のコード。
それは、リーシャ自身の根底に関わるものであり、同時に彼女が“選択”を問われる瞬間でもあります。
本話では、記録の断片や謎の感情コードが鍵となり、リーシャは新たな一歩を踏み出すことになります。
その過程でどのように彼女が自身と向き合い、物語が展開していくのか――。どうぞお楽しみください。
「これは……、どういうこと……?」
リーシャの目の前に、空中に浮かび上がるデータの断片が次々と重なっていく。
視界を覆うホログラムは、どれも破損状態だったが、一部だけ明らかに“異質な動き”をしていた。
場所はノヴァ=アークの第7管理区、旧研究モジュール“Z-03”。
再構築プロジェクトの監査対象として訪れたその場所で、リーシャは不可解なデータの残骸に遭遇していた。
解析を進めると、データには古いログタグが付されていた。
【実験記録No.87-b】
被験体シミュレーション応答率:不安定
備考:情動反応コードに不具合。感情パラメータの逸脱。
試験者:Dr.R.L.
「……私の、ログ?」
リーシャは知らず、息を呑んでいた。
これは、彼女がかつて所属していたAI応用感情制御部門――通称〈ヒューマノイド感応開発部〉の内部記録だった。
すでに閉鎖されたはずの実験。削除されたはずのコード。
しかしその一部は、地下の記録層にひっそりと保存され、生き延びていた。
ホログラムが一瞬乱れ、モニターに短い文字列が浮かぶ。
「オモイハ、カンリデキマスカ?」
(Can emotion be administrated?)
どこか歪んだ問いかけだった。
そして、リーシャは思い出す。
この実験の中で、何人もの研究者が“ある問題”に直面し、行き詰まっていたことを。
それは、人間に似せたAIに感情パラメータを与えたとき――
制御ではなく、「選択」が発生するという矛盾。
「……この実験、“失敗”したんじゃなかった。――途中で、“封印”されたのよ」
不完全なコード、破損したログ、そして今も反応を続けている未認証プログラム。
誰かが、それを“意図的に”残していた。
まるで、彼女がここへ来るのを、待っていたかのように。
【補足メモ:システムログ応答あり】
検出項目:旧コード“LIESHA-BETA-04”
ステータス:断片復元中/挙動独立性:高
備考:本来存在しない個体識別タグの一部に“L-1hA”を検出
リーシャは深く息を吐く。
忘れていたと思っていた過去が、今また、目の前で問いを投げかけてくる。
「感情は……本当に、コードで管理できるの?」
問いに答える者はいない。
だが、彼女は知っている。
その答えは、“動いているもの”の中にしかないのだと。
リーシャは残されたデータをすべて吸い上げ、ポータブルメモリに転送した。
「調べてみせるわ。これは……私のコードの“余白”だから」
第2話「遺されたコード」をお読みいただき、ありがとうございます。
リーシャが突き止めたのは、かつて彼女が関わった実験の名残り。それは感情という、形のないものをどう管理し、制御するかという壮大なテーマでした。
この話を通して、リーシャ自身が抱えていた過去の「不完全なコード」を掘り起こし、それにどう向き合うかを描きました。
感情を「管理」することができるのか? それとも、感情そのものがコードでは測れないものなのか?
その問いが今後、リーシャの行動や選択にどんな影響を与えていくのか、次回以降が楽しみです。
また次回、第3話「ログイン:記憶の中の声」でお会いしましょう。
引き続きご愛読いただけると嬉しいです。