第1話:起動ログ -はじまりの静寂-
『コードの向こう側』が描いた戦いと選択の物語の、その少し先。
物語は終わったはずの世界で、もう一人の主人公――リーシャが歩み始める、新たな章が始まります。
かつて都市の中枢に迫り、科学と人間の狭間に立った彼女。
その後日談として、本作《コードの余白》では、「日常」の中に残された“まだ記されていないコード”を見つけていく旅が描かれます。
これは剣も魔法も使わない、静かな探究と対話の物語。
リーシャがどのように過去と向き合い、未来を再定義していくのか。
その一歩目を、ぜひご覧ください。
都市は、静かに目を覚ましつつあった。
中央中枢の崩壊と再統合を経て、ノヴァ=アークはようやく“呼吸”を再開し始めていた。
リーシャは高層モニター室の窓から、ゆっくりと広がる朝の光景を眺めていた。
再建途中のビル群、稼働しはじめた道路ネットワーク、そして歩き出す人々。
「静かね……でも、これは“静けさ”じゃない。“整いつつある”って感じ」
彼女の言葉に、誰も答えない。
ここは、彼女ひとりきりの研究ログルーム。
今の職場は、再構築局の技術開発課、通称“コードライン室”。
かつての戦いの記憶が遠くなるにつれ、リーシャの生活はどこか穏やかなものになっていた。
研究所では小規模なAI制御や、古いコードの洗浄作業が日々の業務だ。
それでも――彼女の中には、あの時の熱が残っていた。
「選ぶって、怖いことね。でも、選ばないまま立ち止まるのは……もっと怖い」
彼女が今ここにいるのは、あの日の“選択”の続き。
翔太たちと歩んだ時間、アストレアと向き合ったあの瞬間。
そして――
「……今日は、初めて外部ログ監査に出る日だったわね」
PCフレームを腕に装着しながら、リーシャはひとり呟いた。
この日、彼女はまだ知らなかった。
都市の片隅で、“もう一つの思考”が動き出していることを――
【システムメモ:ログ記録開始】
・ユーザー:リーシャ・エルグリフ
・タグ:再構築プロジェクト/旧中枢コード解析/心的影響予測
・備考:ログNo.0001「はじまりの静寂」
第1話、お読みいただきありがとうございます。
「起動ログ:はじまりの静寂」は、リーシャが日常へと戻りながらも、心の奥ではまだ何かを探し続けている姿を描きました。
翔太たちと並んでいた日々とは違い、今作では彼女がひとりで“コード”と向き合っていく形になります。
それは研究者としての視点であり、同時に“感情”という目に見えない存在をどう扱うかという問いでもあります。
次回、第2話「遺されたコード」では、リーシャがかつて関わった“ある記録”と再会します。
それは、彼女の過去を揺さぶるもの――そして、新たな選択の始まりです。
今作も、どうぞ最後までお付き合いください。