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第8話 わたしから説明するわ

「でも、徒歩で移動ってきっついよね」

 わたしはため息をつきながらそう言ったけれど、何となく――厭な感じがして辺りを見回した。すると、急にリアムがわたしの腕を取り、あっという間に脇に荷物のように抱えて地面を蹴った。

「うわお」

 変な声を上げつつ、今のわたしはさっきのドロシーみたいだな、と考える余裕があったのは本当に一瞬のことだった。

 気が付けばリアムはわたしを抱えたまま、近くにあったひと際大きな木の上、天辺辺りにある太い木の枝に上っていた。心地よい風が頬を撫でているのなんてどうでもよくて、わたしは「高い! 危なっ!」と叫ぶことしかできない。

「重いんだよ。痩せろよてめえは」

 あっさりと酷い言葉をわたしに投げつけつつ、リアムは森を見下ろして小さく唸る。「五月って言ってたわりに、枯れてる木が多いな」

「……え?」

 わたしはいつ木の枝が折れるかとひやひやしながら、彼と同じように辺りを見回す。

 確かに、ちょうどわたしたちがいた場所は鬱蒼と茂る木々に覆われているものの、遠くに見える木々などは葉が落ちて、貧相な幹と枝を露にしている。すかすかの空間の向こう側には、やはり枯れ果てた雑草と、剥き出しになった地面がある。そんな状態がずっと続いていると、まるで冬の最中のようだ。

「五月って、この世界だと春? 夏?」

 わたしがそう訊くと、面倒くさそうな声が返ってくる。

「獣人たちの縄張り辺りだと、初夏だな。魔人族の国なら冬だが」

「初夏で木が枯れてるって異常?」

「ああ」

 そう言えば、ドロシーが薬草を探しに来たって言ってた。初夏だっていうのにまともに植物が育っていないってことなんだと思うけど……。


 やっぱり、説明が足りない!

 大雑把な説明だけして消えるなんてとんでもない話だ。

 わたしがスマホをアバターの衣装から取り出そうと意識した瞬間、左手の中に唐突に目的のものが出現した。どうやらわたしは魔法だか魔術が使えるようになったらしい。ちょっとその現実に思考を停止させてから、慌てて頭を再起動。そして、リアムに抱えられた格好のままスマホを操作した。


 ゲームアプリを開くと、謎猫を呼び出す方法はないかと色々見て回る。

 とりあえず、『お問い合わせ』というところをタップしたら――。


『呼び出し中……』

 そんな文章が現れて待たされること数十秒、唇を尖らせた瞬間だった。


「にゃにゃっとこんにちは! ボクは君の案内役、アデル! 困ったことがあったら――」

「あるに決まってるじゃないかぁ!」

 ぼん、と煙をまき散らせながら目の前に現われた謎猫に、思わず叫んでしまう。「ちょっと責任者呼び出しなさいよ! 何なのよ、もっとちゃんと説明して! 大体、わたしをこうやって抱えてるリアムは」

「ちゃ、ちゃんと状況を確認してる途中だったにゃ」

 小さなクリームパンみたいな前足をわたしの前でぶんぶんと振り回しながら、口元をぴくぴくと引きつらせたアデルが口早に続ける。「さっきも言ったけど、レディ・メディオス様はお忙しい方ですにゃ! だから、ちょっと時間がかかってしまったのは申し訳にゃかったのにゃ……」

 ぱたぱたと翼をはためかせながらアデルはそこまで言って。


『そこからはわたしから説明するわ』

 と、唐突にアデルの口から聞き覚えのない女性の声が零れ落ちる。艶っぽいその声は、わたしより年上のように思える。

「ええと……誰ですか?」

 わたしが恐る恐るそう訊くと、アデルは空中でくるくると回りながら小さく笑い声を立てた。

『この世界の創造神であるメディオスとはわたしのことねぇ』

「出たな、諸悪の根源」

 ぽろりと本音が口をついて出てきたけれど、相手は気を悪くした様子はない。むしろ上機嫌な様子で、わたしの顔の前に鼻を近づかせた。

『面白いことになってるじゃない? アデルに聞いてびっくりしたわぁ』

「おい、何だこれは」

 リアムが鼻白んだ声を出し、わたしを抱えている腕に力がこもるのが解った。怒ってもいいけど、落とさないでよね、と祈りつつわたしも頷く。

「あの! 謎猫アデルに聞きましたが、この世界を滅ぼすだの審判の役割がどうの」

「いや、それより俺のことはどうした。魔人族はどうなったんだよ!」

「ちょっと待って、わたしは元の世界に戻れるの?」

「俺の仲間たちはどうしたんだ。この世界は今、どうなって」

『面倒くさいわねえ』

 アデルの中に入っているらしいレディ・メディオス様とやらは、わたしたちの慌てっぷりが面白いのかくすくすと笑う。『全部説明するつもりはないのよ。だって、神という存在は基本的にただ見ているだけ。世界を造り、命を与える。進化は時の流れに任せ、たまに見下ろして、気まぐれに手を伸ばす。あなたのことも、放置するつもりだったのよね。どうせ、この世界を見回っているうちに色々解るだろうと思っていたしね』

「え、酷くないですか!?」

『まあ、簡単に言うわ』

「お願いします」

『あなたを向こうの世界に戻すつもりはないわ』

「ええ!?」

 クリームパンがわたしの額に当てられて、ひんやりした肉球の感触が伝わってくる。

『ただし、この世界が滅ぶことになったら、向こうの世界に逃がしてあげる』

「え」

『そして、魔人族は……ええと、あなたも解っていると思うけど、肉体は封印されてるのよね。魂ごと封印されていたはず』

 謎猫の肉球はわたしの額から離れ、どうやらリアムの額に押し当てられたらしい。

「じゃあ、何で俺の身体は」

『それはわたしも意外だったんだけど』

 うふふ、と笑った謎猫は、少しだけその声に困惑を秘めて続けた。『無理やりこっちに連れてこられて可哀そうだから、この子にわたしの加護をつけてあげたのよね』

「加護?」

『そう、わたしの加護』


 わたしを襲う、ぐらぐらと揺れるような感覚。

 この世界が滅ぶことになったら。

 そうしたら戻れる?

 その言葉が頭をぐるぐると駆け巡り、頭上で繰り広げられているリアムたちの会話が足早にわたしの頭の中を通り抜けていく。


『自由気ままにこの世界を歩けるように、色々な能力を与えたのよ。魔法も魔術も知らないこの子が、何でもできるように。何一つ不自由ない生活ができるように、能力を詰め込んであげたの。そのスマホとかいう魔道具の中にも、その身体の中にも、わたしが力を詰め込んだのだけど、どうやら向こうの世界でも神の一人に加護を与えられていたみたいでね、わたしが想定していたよりも力が強すぎたみたい。同行者というか、守護者となる非生命体をつけようと思ったら、その子が意図せずに魔人族の王の魂すら封印を解いて呼び出したみたいね』

「ああ?」

 リアムが不機嫌そうな声を上げたと同時に、わたしも我に返る。

 何か、わたしに関することを話している。

 その中で、なんかとんでもないことが含まれていることにも気づく。

「加護……。向こうの世界でも?」

 わたしが思わずそう問いかけると、ふわりとわたしの目の前に謎猫が降りてきた。

『そう。あの若い神。鼎、だったかしら? 小さな社の中に祀られている神器』

 ――鼎。カナエ?

 唐突にわたしの脳裏に幼い巫女の姿が浮かび上がった。

『あなた、彼女の庭を掃除していたみたいね? それで気に入られたみたいよ?』

 掃除。

 あの神社の境内。そこまで続く長い道と階段。ゴミが落ちていたら普通に拾って片づけていただけ。

 でも、それで……気に入ってくれた?

 あの子に?

 っていうか、あの子が神様だったの? あの神社の?


 わたしが口をぽかんと開けたまま固まっていたのが面白かったようで、謎猫がくくく、と笑う。それから、さらにわたしの頭上をくるくると飛び回りながら唸る。

『どうしようかしらぁ』

「何がだよ」

 リアムが低く言う。

『わたしも忙しいから、次に出てこられるのはしばらく先になると思うのよねぇ。正直に言うと魔人族の王……あなたのことは放置しておくつもりだったけど、これも何かの縁よね』

「はあ?」

『あなたにもわたしの力を与えておくわ』

 謎猫――レディ・メディオスは、いきなりリアムの額に後ろ足で蹴りを入れた。

「何すんだ、このクソ猫!」

 急にわたしを抱えていた彼の腕が緩みそうになり、わたしは冷や汗を流しながらその腕にしがみつく。

 やめて、地面が遠いのよ! 落ちて怪我をしたら慰謝料請求するからね!

 そう叫びそうになったところで、今度は謎猫がわたしの額に蹴りを入れた。

「ふぎゃん!」

 わたしがそんな珍妙な叫び声を上げた瞬間、リアムの腕から解放されてそのまま地面に落下――。


 と、思った。

 でも、何故か身体が勝手に動いて、まるでアバター通りというか何と言うか、猫みたいにくるりと回転してわたしは地面の上に立っていた。

 何が起きたの?

 っていうか、凄く身体が軽い。

 わたしが驚いて自分の身体を見下ろしていると、頭上でリアムも同じように驚いたように声を上げていた。

「何だ? 心臓動いてる。この身体が……」

『そうね。せっかくだから、元の肉体に戻れるまで、ちゃんと生命体にしてあげたから』

「戻れるまで。ってことは」

『魔人族の城に行って、結界を壊せたら元に戻れるはずよ』

「壊せたら」

『そう。その子が上手く自分の魔力を使いこなせるようになったら、触れるだけで壊せるはずだからね?』


 ――え?

 わたしはそこで、頭上を見上げる。

 木の枝の上に乗ったままのリアムと、ふわふわと宙に浮かぶ謎猫。

 彼らの視線がわたしに向けられているけれど……。


「ええと。魔力?」

 わたしが首を傾げると、レディ・メディオスがにやりと笑って続けた。

『そう。あなた、ずっと魔力回路が詰まっていたから、今、それを解放してあげたわ。魔力の流れが滞っていたから、あなたの身体も随分と丸くなっていたみたいだけど、これからは少しずつ痩せていくはずよ? ただし、いきなり魔力が流れ始めたから不具合は出てくるだろうけど、大丈夫、死にはしないから』


 ――ほわっつ?

 どういうこと? 情報過多、情報過多。頭が働かない。

 でも、わたしにファンタジー世界でよく聞くような、そんな魔力があるってことなのよね?


 そう訊きたかったけれど、何だか急に足から力が抜けていくような感覚がして、目の前が暗くなった。

 それが、わたしが初めて経験する、気絶というやつだった。

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