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第6話 どこの田舎からでてきたんだよ?

「それはわたしもよく解ってないから、また後で話そうか」

「おい」

「それより、何か聞こえない?」

 リアムがこちらに詰め寄ってくる圧を両手を突き出して遮り、わたしは辺りを見回した。

 森の中に何か聞こえる。誰かの叫び声のようだ。

「あ、おにいしゃん」

 と、そこでドロシーが大きく口を開いて背筋を伸ばす。そして、凄い勢いで走り出した。

 わたしは右手にシュクロを持ったまま立ち尽くし、リアムは幼女が消えていった方向を見つめたまま小さく言う。

「面倒だし逃げるか?」

「これを持ったまま?」

 薬草をひらひらと揺らしながら、わたしは唸る。でも、悩んでいる時間はなかったらしい。リアムが何か諦めたような声を上げた瞬間、凄い勢いでこちらに向かってきた黒い影が、ぴたりとわたしたちの前で動きをとめた。

「お前たちは何だ!」

 そう叫んだ影――銀色の髪の毛を逆立てたイケメンが、小脇にドロシーを抱えながら叫んでいる。「うちのドロシーを攫おうとしたのか!? もしそうなら殺してやる!」

「違う」

 わたしがそう言うのと、荷物のように抱えられたドロシーが「違うよう、おにいしゃん」と言うのが同時だった。

「俺たちが助けてやったんだよ」

 リアムが頭を雑に掻きながら口を開く。「どっかの人間が仕掛けた箱罠に引っかかったんだろ。そんなちっこいのを自由に森を歩き回らせるお前が悪いだろうが。馬鹿か」

「ちょっと」

 わたしがリアムの横腹を突きながら遮ったけれど、彼は全く気にした様子はなく、ぶつぶつと続ける。

「助けてやったっていうのにコレかよ。礼儀ってものがねえのか」

「もう、喧嘩を売らないでよ」

 わたしはため息をこぼしながらそう小さく言って、改めてドロシーのお兄ちゃんらしき獣人を観察した。

 ドロシーに似た三角の耳、ぶわりと膨らんだ尻尾、ツンツンと跳ねている短い銀髪。見た目は十代後半くらいで、わたしとそれほど変わらないだろう。細マッチョみたいな身体つきで、白いシャツと黒いズボン、そして裸足。なかなかワイルドだなあ、と思った辺りで、その狼獣人は耳を情けなく下げて見せた。

「助けてもらったのか」

 そう彼がドロシーに尋ねると、小さな頭がこくこくと頷いた。

「そうだよ、おにいしゃん。ごめんね? あのね、おかあしゃんが心配でね、ドロシーもおかあしゃんを助けたくて家を飛び出したの……」


 ドロシーの兄はニールと名乗った。

 何度も謝られた後で、妹を助けてくれて感謝する、と頭を下げた。どうやら、ずっとドロシーを探して森を走り回っていたらしい。

 わたしが彼らにシュクロを差し出すと、さらにニールは身体を小さくしてお礼を言ってきた。そして歩きながら、ぽつぽつと彼らのことを話してくれた。


 獣人の住む街が近くにあるようだが、わたしたちがいるこの場所は人間が住む村に近いため、よほどのことがない限り近づかないのだそうだ。人間は獣人を誘拐し、奴隷のように扱うらしい。人間よりも運動能力が優れているため、肉体労働させるにはちょうどいいんだとか。

「人間に捕まったら逃げ出せないの?」

 わたしが訊くと、ニールは僅かに怪訝そうにこちらを見つめ、小さく頷いた。

「あんたたちは知らないのか? 隷属の首輪っていう魔道具があるから、俺たちが捕まったらそれを付けられてしまうんだ。そうなったら、死ぬまでこき使われるってわけ」

「隷属……」

 わたしは眉根を寄せて低く唸る。

 そうか、ここは奴隷制度がある世界なのか。何だか厭だな。

 わたしが沈黙している間に、今度はリアムが口を開く。

「そういや、今は何年の何月だ? 他の種族はどこで暮らしてる?」

「今は帝国暦十三年の五月……って、何でそんなことを訊くんだ? 他の種族って、精霊族とか竜人族とかか?」

「いや、魔人族とか神人族とか……」

 リアムが僅かに言葉に詰まったように続けると、ニールが苦笑した。

「あんたたち、どこの田舎から出てきたんだよ? 神人族は滅んだし、魔人族だって生き残りはいるみたいだけど、どこにいるかは解らない。人間族が定期的に狩りに出てるみたいだから、そろそろ滅ぶんじゃないかな」

「生き残り……」

 リアムは歯切れ悪く言葉を続けた。「魔人族は……勇者にやられたんだったか? 魔人族の王は……」

「ああ、あの若い王様か? 勇者に魔人族の城に封印されてるって噂だけど、どうなんかな? 城というか、魔人族の住処となってる山がまるごと誰も近づけないみたいだから、よく解らないんだよな。でも、神人族は間違いなく滅んでる。正直、この二つの種族がこんな状況だから、人間族がでかい顔をしてるんだよ。すげえムカつくよな。そのうち、俺たち獣人族もやべえかもな。戦争が始まるんじゃないかって言われてるけど……」

「戦争か」


 リアムは何とかニールから情報を引き出そうとしているみたいだけど、だんだんニールの声音に懐疑的な響きが含まれていくのも解った。

 多分、わたしたちが知りたいことは彼らにとっては常識な事柄なんだろう。

 このまま質問を続けていたら、もっと疑われてしまうんじゃないだろうか。わたしが人間であることは何とか誤魔化せているみたいだけど、でも、情報は欲しい。それはもう、切実に!

 とにかく、質問内容に気を付けて……ええと、次は何を訊こう?

 魔人族、神人族、勇者、さらに精霊族に竜人族……? 全部気になる。

 リアムは魔人族であるらしいけど、それについてはリアム本人に訊いた方がよさそうだよね。

 うーん?


「……何か、あんたたち、人間みたいな匂いがすんなあ。誰もが知ってることを訊いてくるし、何なんだ? もしかして人間に奴隷として捕まってたからそんな匂いがすんのか? どこかに閉じ込められていたから常識を知らない? それにしては……隷属化された同胞にはまともな食事も与えられないって聞くけど、あんたたちは健康そうだし……」

 ニールの視線が悩み続けていたわたしに向いて我に返る。

 すみませんね、健康的な見た目で!

 わたしは大きな身体をできるだけ小さくしようと両腕で自分を抱きしめたけれど、どれだけダイエットしようが食事制限しようが痩せることのなかったこのサイズは――。

「ええと、まあ、色々あるんですぅ」

 そう言うことしかできないわたしだった。


「ねえ、おにいしゃん」

 相変わらず荷物扱いされているドロシーが、彼の右腕の下に抱きかかえられたまま声を上げた。「おかあしゃんに早くシュクロを届けてあげたいの。おかあしゃん、大丈夫なの……?」

「う」

 妹の言葉に心苦しそうに言葉を詰まらせたニールは、きょろきょろと辺りを見回してからため息をついた。

「兄貴たちもシュクロを探して走り回ってるけど……もう、まともな薬草類が俺たちの街辺りじゃ生えてないから」

「まだ見つかってないかも?」

「ああ」

 途端にそわそわし出す彼らを見て、わたしはおずおずと提案した。

「あの、ここで別れる? わたしたちは何とかなると思うし」

「迷子なんだろ、あんたら。こんな森の中で大丈夫なのかよ。人間に見つかったらやばいだろ」

 ニールが瞬時にそう返してきて、黙り込むしかない。

 ええ、まあ、そうだよねー、という意味で。

「それに、妹を助けてもらった上にシュクロも分けてもらったんだ、お礼をしなきゃ俺が兄貴たちにぶっ飛ばされる。俺たち獣人族は人間と違って義理堅いんだよ」


 う、うーん?


「まあ、ちょっと人間臭いのが気になるけど。あんたらが人間の手から放たれた間諜とかだったら、そうと解った時点で殺すからよろしく」


 う、うううん?

 わたしは思わず口元を引きつらせたものの、リアムは静かにこう言うのだ。


「安心しろ。俺も人間は嫌いだ。見つけたらちゃんと殺してやる」

「そうか、なら安心だ」


 えええええ。

 わたしはニールとリアムの顔を交互に見やりながら、背中に厭な汗を流し――心の中で叫んでいた。


 ちょっと責任者出てきなさいよぉ!

 謎猫アデル、それから神様とやら!

 わたしの立場、凄く弱くない!? もうちょっとチートなスローライフを用意してくれてもよかったんじゃないの!?

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