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第5話 ここから出して

「……なるほど? そしてそれを俺に信じろと?」

 森の中、僅かに冷えてきた風の中、わたしは地面に座り込んで彼(?)を見上げていた。美女は明らかに不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら、腕を組んで木の幹にもたれかかっている。

 結構時間をかけて、わたしは自分の状況を彼――リアムと名乗った美女に説明した。異世界である日本からやってきたこと、この世界がゲームと何らかの関係があること、レディ・なんとか様が言ったであろうこと。


 ――この世界を救うか見捨てるか、選んでにゃ。

 そう伝えてきたアデルは消えたままで、戻ってくる気配はない。あの謎生物が説明してくれれば、信憑性も上がっただろうけど。


「信じて欲しいとは思ってますけど……無理かな」

 自分でも荒唐無稽な話だと思うし、簡単に信じられるはずがないよねえ……。

 それに、わたしもまだ混乱しているから上手に説明できなかった気がする。


「……ま、俺も混乱しているからか、まともな言葉一つ言えねえが」

 彼はそう言いながら乱暴に頭を掻くけれど、綺麗にセットされた髪型は寸分も崩れることはなかった。アバターだから?

 そういや、さっき彼が魔人族の王とか言ってたような――。

 魔人って何だろう。王様ってことは、いわゆる魔王なんだろうか。魔王っていうと、イメージ的には人類の敵みたいな立ち位置よね?


「それでも」

 彼は唇を歪めるようにして笑い、低く続けた。「この世界がどうあれ、人間どもは滅んでいい。むしろ、俺が滅ぼしてやる」


 ――う、うーん? やっぱり人類の敵か?

 一気に黒々とした嘲笑を満面に浮かべたリアムを見て、わたしはやべー奴を呼び出してしまった、と不安になった。その不安が伝わったのか、勝手に自分のアバターの尻尾がぱたぱたと揺れた。

「おい猫娘」

「すーちゃんです。猫じゃないですよ? そういや、言い忘れてましたがわたしは」

 獣人みたいな格好をしているのはアバター……変装なわけで。

 そこまで説明していなかったから、どうやらわたしは誤解されているみたいだ。

 日本――異世界に住んでるのは人間で、獣人とかいないし魔術も魔法もない。改めてそれを言おうとしたのに、彼は軽く手を振って遮った。

「うるせえ。とにかく、ずっとここにいるわけにもいかねーだろ。移動すんぞ」

「ええと、どこに……」

 わたしがリアムに言葉を続けようとしたところ、突然、辺りに『バァン!』と何かが激しく叩きつけられるような音が響いた。それを聞いて、リアムが音のした方へ目をやる。

 音は何度も何度も繰り返されるけれど、その合間に――。

「助けて!」

 とか。

「ここから出して!」

 とか幼い子の声が聞こえてくる。


「どうする」

 リアムが僅かにつまらなさそうに鼻を鳴らした。

「どうするって?」

「助けに行くか? まあ、ちょっと頭が働くんなら厄介事には関わらないのがいいって解るだろうがな」

「何言ってんの。困ってる人がいるなら手を貸してあげなきゃ」

 ムカッときて彼を睨んだけれど、リアムは「ハッ」と鼻で嗤った。

 美女がそういう表情すると、見事に悪役そのものである。ムカつく。


 とにかく、わたしは勢いよく立ち上がり、声が響いている方へ歩き出す。リアムの深いため息が背後で聞こえた後、わたしの後を追ってくる足音が響いてくる。

 森はどこまでも深い。

 獣道とも呼べない、背の高い草も掻き分けなくては進めない場所もあり、足元が見えないということも緊張感を与えてくる。日本にいれば、こんな道なき道を進むなんてこと、ほぼないからね。

 でも、季節が冬でなくてよかった。雪でも降ってたら遭難してた。死んでた。うん。寒いのは嫌い。


「そういえば、この辺りは獣人の縄張りだってあの謎猫が言ってたよ? わたし、猫耳と尻尾ついてるけど獣人じゃないんです。何だか、人間の姿だと危険だっていうから、こんな変装をしていて……おわっ」

 そう話しながら進んでいたら、草の中にょっと大きな石が転がっていたみたいで躓いてしまった。何とか倒れずに済んだけど、背の高い雑草に顔を突っ込んだものだから、色々なところがひりひりした。

 頬を撫でながら背後に目をやると、リアムが心底厭そうな顔でわたしを見つめていた。


「人間……?」

「はい、人間です」

「マジかよ」

「大マジですが何か」


 そう返しながら、わたしはふと気が付いてしまった。

 そういや、獣人と人間の関係がよくなさそうっていうのはアデルから聞いていたけれど、もしかして魔人族とやらとも人間が対立しているんだろうか。

 だとしたら、素直に人間だと言ったわたしが考えなしだった?


「ええと……」

 わたしは何とか言葉を探して彼に訊く。「もしかして、人間が嫌いですか? さっき、滅ぼしてやるって言ってましたよね」

「……ああ、そうだよ」

 リアムは苦々し気にわたしから目をそらす。「よりによって人間かよ。人間の命令を聞くって、俺も落ちたもんだ。っていうか、何で俺、こんな身体になってんだ」

 ぶつぶつと小さく呟き続ける彼は、すっかりわたしの声など聞こえなくなってしまったようで、それきり不機嫌そうな顔をしたまま宙を見つめている。

 わたしは小さくため息をついてから、ずっと聞こえている声の方へ歩き出した。


 背の高い草を掻き分け、僅かに開けた獣道に出る。どうやら、誰かが通りやすいように背の低い場所に広がる枝が切り落とされたような跡がある。

 そして、ひときわ大きな木の上に、小さな檻みたいなものがぶら下がっているのが見えた。

「助けて!」

 その檻の中で、小さな影が暴れているのが解る。

 結構高いところにあるからよく見えないものの、三角の獣耳のついた幼い女の子みたいだ。ずっと叫んでいたのか、少し声が枯れている気がする。そして、わたしたちの姿に気づいたのか、小さな声がさらに大きくなった。

「助けて! お願い、ここから出して!」

 わたしが急いで駆け寄ろうとすると、後ろから「馬鹿」と言いながら腕を引いてくるリアム。

「他にも箱罠がある」

「え?」

 リアムの視線を追うと、木々や地面を覆う草や葉に巧妙に隠されたロープみたいなものと金属製の棒みたいなものがあった。

 もしかして、ヤバい仕掛けがあった?

 そんなわたしの考えを読んだかのように、リアムが続けた。

「あれが獣人を捕獲するための罠だ。あの檻のところに、赤く光ってる魔石があるだろう?」

「うん」

 確かに、銀色に輝く小さな檻の上部に、赤く点滅している光が見えた。

「おそらく、獲物がかかったら仕掛けた側にも連絡がいくようになってる魔道具だ」

「え、じゃあ急がなきゃ」

 わたしが慌てて辺りを見回しながら言うと、リアムは無言で地面を蹴って宙に飛び上がる。しかも、途中で他の罠の仕掛けも壊したらしく、破壊音と共に色々な破片が辺りに飛び散った。

「おおう」

 凄い。

 そう思った瞬間、頭上にある檻を吊り下げていた銀色のロープみたいなものがバチンという音と共に切れ、地面に降りが落ちる。

「やばっ! アブなっ!」

 わたしは箱罠の中にいる小さな影を心配しながらも、さすがにそれを受け止めることはできず、咄嗟に後ずさる。最悪な結果になっていたら……と血の気が引いたけれど、リアムがその細い腕でロープを掴んでいて、衝撃を和らげてくれていたらしい。

「う、うわぁぁあん……」

 と、幼女が怯えて泣いていたけれど、どうやらケガはないらしく、地面に落ちた檻の中で元気いっぱいに暴れていた。

「あ、ありがと」

 わたしがリアムにそう声をかけたけれど、彼はそれを聞き流したようで、無言のまま箱罠に近づいてその檻を両手で掴んで『ぐい』と開く。

 そう、腕力を使って開いた。

 針金か何かを引っ張ったみたいに、呆気なく。

「あ、ありがとございますぅぅ」

 そう泣きながら飛び出してきた幼女は、リアムの膝元に飛び込んで抱き着いた。

「おい、こら放せ」

「怖かったよぅ……」

 幼女――犬耳みたいな三角がぴこぴこと動き、もさもさの尻尾がくるりと足元にしまい込まれている彼女は、涙で濡れた顔をリアムの太腿にこすり付けていた。人間でいうところの幼稚園生くらいだろうか、小さくて可愛い。

 動きやすそうな赤いベストとキュロットスカート、白いブラウス、喉元には可愛らしい青い石のチャームがついたチョーカー。銀色の髪の毛と長い睫毛、元気いっぱいなのにどこかか弱そうな雰囲気の美幼女。


「大丈夫?」

 逃げようとしているリアムは放っておいて、わたしはその場にしゃがみこんで幼女の目線の高さに合わせ、にこりと微笑む。

 すると、幼女がおずおずとこちらに顔を向け、わたしの猫耳を見てちょっとだけ表情を和らげた。

「ありがとう、ごじゃ、ます」

 泣いていたせいか、途切れ途切れの声でそんなことを言う。

 可愛いー! 撫でたい、めっちゃ撫でたい! でも、さすがにいきなりそれは怖がらせてしまう! いいなあリアム、抱き着いてもらっていて!

 そんな邪な思いを必死に押し殺し、わたしは何度も頷いて見せる。

「とりあえず、ここは危ないから移動しよう? ね、リアムいいでしょ? この子を送っていこう?」

 わたしがリアムの方を見上げて言うと、一気に彼の顔が苦々し気になる。

「ま、この場を離れるのは賛成だ。でも、俺たちも道に迷ってるんじゃねえのか。ここはどこだ」

「そういえばそうか」

 勢いでここまで来たけど、確かにわたしは右も左も解らない、ただの迷子である。リアムは冷ややかな目でわたしを睨んだ後、少しだけ気を取り直したように幼女に向き直る。

「で、狼娘、お前はどこから来た。案内しろ」


 狼娘?

 犬の獣人じゃないんだ?

 と、そんなことを考えていると、幼女はぐい、と右手の甲で涙を拭い、改めて小さな頭を下げてきた。

「わたしは、ドロシー。えと、狼族の村が近くにあって……でも、帰る前にお願いがあるの。あの、あの、おかーしゃんに薬草を届けたくて! 絶対にどこかにあるの!」

「薬草?」

 わたしが首を傾げていると、幼女――ドロシーがまた涙を目元に浮かべながら何度も頷いた。

「そう、毒消しの薬草。葉っぱが赤と青で、ええと、確か、シュクロっていう名前の薬草……」

「シュクロ」

 わたしはそこで、何だか聞き覚えがあるぞ、と思った。

 シュクロ、シュクロ。

 そう言えば、ゲームの中で聞いた単語だ。っていうか、ガチャを回すと出てくるアイテムの一種だった。

 ゲーム内で使える薬草が色々あってあって、シュクロというのはその中の一つだ。アイテムを二つ選んで合成することで、ゲーム内で使えるポーションができるんだよね、確か。一応、アクションゲームみたいなこともできるから、HPやMP回復薬だったり、出てくる敵を攻撃するための毒薬だったり。


 わたしの猫獣人アバターもこうして使えたということは、他のアイテムも普通に使えるんじゃない?

 だとすれば、アイテムボックスの中には結構なお宝が眠っていることになる。


 わたしはそこで、スマホを取り出してアプリを立ち上げる。

 アイテムボックスを開くと、キャラクターカード、装備、衣装、薬草、料理、家具、その他もろもろが選べるようになっている。

「あった」

 わたしは薬草のページを開いて、ポインセチアみたいな見た目のシュクロを選ぶ。すると、タップしただけでわたしの狙い通り――。


「ええと、これかな?」

 キラキラした光と共にその場に現われた薬草を手に、わたしはドロシーを見つめた。

 そして、一瞬の間の後。

「そ、それー!」

「おい、どこから出した!」

 そんな叫びが森の中に響き渡ったのだった。

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