第3話 君はいわゆる、審判の役割にゃ
「夢と思うならそれでいいにゃ! いや、よくにゃいけど!」
猫又もどきは宙をくるくると動き回りながら言う。「とりあえず、メイスフィールドにようこそですにゃ!」
「メイスフィールド……。ってことは、やっぱりゲームの世界にきたんだ……夢じゃないんだ……」
わたしは茫然と呟く。だって、そういうの、小説とかアニメでよくあるパターンだからね。頭の中がお気楽……じゃなかった、柔軟なわたしだったらすぐに察したよね。手の甲を指でつねって痛みがあることも確認した後で、だけど。
「でも、何で?」
その場にしゃがみ込んで、頭上でふわふわと浮いている謎猫に問いかける。「何でわたしなの? 何のためにわたしをここに誘拐してきたの?」
「誘拐とは人聞きが悪いにゃ」
ぷすー、と鼻を鳴らしながら謎生物は小さく唸る。大体、その背中の翼は飾りなのか? 全然ぱたぱたしてないのに空を飛ぶとはこれいかに。
謎――いや、アデルと名乗ったそいつは、自慢げに胸を張って続けた。
「ボクはこの世界の神、レディ・メディオス様の御使い! ボクの言葉は君にとっては重要ですにゃ!」
「レディ……何?」
「メディオス様にゃ! この世界だけじゃなく、他にもたくさんの世界を管理する女神様なのにゃ! レディ・メディオス様はお忙しい方にゃから、このボクから色々説明しますにゃ!」
「……何だろう、世の中の猫は可愛いのに、目の前にいるこの変なのは語尾がうるさいからムカつく……」
「失礼ですにゃ! にゃにゃ!」
いきなりアデルが翼をばたばたさせながらわたしの頭に突っ込んでたものだから、思わずその首根っこを捕まえて立ち上がるわたし。
「どっちの立場が上か、これから勝負しようじゃないか。ああん?」
「ボクの方が上にゃ! 放せにゃー!」
じたばた暴れまくる猫の足を見つめながら、わたしはそこでため息をこぼす。
どうしてこうなったのか。
本当に夢じゃないとしたら最悪だ。
「……大体、最近の流行りは異世界転生じゃないの。トラックに轢かれて転生、それが王道。そして転生したらチート能力を得て、悠々自適に過ごすのよ……。あ」
そこで、わたしは暴れるのに疲れてだらんとしているアデルに詰め寄る。「ないの? チート能力! 勝手にわたしをこの世界に誘拐してきたんだから、何か特典をつけてくれないといけないでしょ? ちょっと、責任者呼びなさいよ!」
「レディ・メディオス様はお忙しいですにゃ。でも、ちーと能力とやらはついているはずにゃ。君が持ってるその『すまほ』と『すまーとうぉっち』を強化しておいたから、自由に使えばいいにゃ」
「ほわっつ」
わたしはそこで、謎猫アデルを放り出し、改めてスマホの画面を覗き込んだ。
ゲーム画面は相変わらず何の問題もなく動いている。ゲームアプリの画面を消して、次にメッセージアプリを開いたところで異変に気付く。
お母さんに送ったメッセージが全部、日本語じゃなくなってる。
「文字化けしてる」
「それはメイスフィールドの言語にゃ。もう読めるはずだにゃ」
「……確かに」
それは唐突に、はっきりとわたしの頭の中に飛び込んできた。
さっきまで文字化けにしか思えなかった文字が、ちゃんとした言語として読める。
さらに、スマホをいじっているうちにどんどんホーム画面が新しい言語に切り替えられていく。
ふと思いついて、インターネット用のブラウザを開いたものの、どこを押しても検索窓しか出てこない。しかも、Google先生じゃない、知らないデザインの――『帝国検索』という意味の言葉が左上に出ている。
『メイスフィールド』
そこで、躊躇いつつもこの国の名前とやらを検索窓に打ち込んでみると。
『新大陸の南部にある、人間が統治する国。人口はおよそ一億五千万人。現在の王はジョザイア・メイスフィールド』
その文章の後にも、ずらずらと色々な説明文が出てきたけれど、過去の戦争のことやら他の民族との歴史みたいなものがびっしり並んでいるせいで目が滑る。
でも、大雑把に読んでみただけで――何だか血の気の多そうな国だと解った。
いつどこでどの国に戦争をしかけたか、死者の数、停戦やら終戦やら繰り返し、今もなお――戦っているみたいだ。現在、彼らが明確に対立しているのは、獣人族だと書いてある。
獣人族。
そうか、獣人がいるのか。
ちょっと心がときめいたりするけれど、対立しているということは――。
「人族は獣人族に恨まれているから、君も気を付けた方がいいにゃ。今君がいる場所は獣人族の縄張りにゃから、見つかったら襲われるかもしれにゃいというか、襲われるにゃ。だから、アバター変更とやらを使っておくのがおすすめにゃ」
「アバター変更……」
また変なことを言い出したぞ、この謎猫。
わたしはアデルを見つめたけれど、多分、胡乱そうな目つきになっていただろう。アデルは少しだけ不満そうに声音を低くさせ、可愛らしい前足でわたしのスマホをぱしぱしと叩く。
「そのゲームで使えるシステムは、この世界でも有効にゃ。ほらほら、さっさとやるにゃ」
「……ああ、もう」
わたしは深いため息をついてから、改めてゲームアプリを開く。
このゲームでは、ユーザーのアバターを設定することができる。毎日回せる無料ガチャで、そこそこいいアイテムがもらえていた。
改めてアバター設定をタップすると、何故かそこには今のわたしの服――ジャージ姿のデブ、じゃなかった、ぽっちゃり系女子がいる。アバターアイテムボックスを開くと、ずらりと並んだ衣装の中から、とあるアバターを選んで設定した。
「ばっちりにゃ」
「そうかなあ」
微妙にテンションが下がりつつ、わたしは自分の格好を見下ろした。
長い虎模様の尻尾がだらりと下がりつつ小刻みに揺れていて、わたしが右手を上げて頭を撫でるとふわふわの猫耳があるのが解る。
スマホの画面には、猫獣人みたいなぽっちゃり系女子。どうやら、アバター設定するとそのまま同じ衣装が自分に反映されるらしい。だから今のわたしの姿は、どこぞの民族衣装みたいな赤いベストと白いブラウス、紺色のシンプルなキュロットスカートといういで立ちである。
似合っているのかどうなのか、というと……あんまり似合ってない。こういう服は痩せてる子が着て映えるものなんだよね。だって今のわたしは、さらに太って見えるもの。
「でも」
わたしは顔を顰めつつ、アデルに訊いた。「これで獣人族の人たちには襲われなくなったのかもしれないけど、人間に見つかったらどうなん?」
「襲われるにゃ」
「本末転倒ー!」
あああ、その頭を抱えてその場にしゃがみ込むと、アデルは不思議そうな声音で続けた。
「何が問題にゃ?」
「問題しかにゃいわ」
うん、あまりにもアレな状況なんで語尾も伝染するというものである。「大体、何でわたしはここにいるのよ。何で誘拐されたの。わたしはここで何をしろっていうの」
地面を見下ろしながら呟いていると、アデルがぽんぽん、と前足でわたしの肩を叩いてきた。
「君にやってもらうことはちゃーんとあるにゃ」
「何それ」
「この世界を救うか見捨てるか、選んでにゃ」
「はあ?」
わたしはすぐ目の前に浮かぶアデルを見つめながら唸る。
よくある異世界転移ものとかは、その世界を救うために呼ばれるんだっけ? なんてことを考えて――。
「あ、思い出した!」
わたしはそこで、ぽん、と手を叩いた。「さっきの変な人たちが言ってた! 聖女様がどうとか何とか! つまりアレだ! わたしはこの世界に、聖女様として呼ばれたというわけね!?」
「違うにゃ」
「違うんかーい!」
思わずノリ突っ込みみたいなことをしてしまった。誰も笑ってくれないし、笑わせるつもりもないけど。
アデルも感情の読めない猫みたいな顔でわたしを見つめるだけだ。
「君はいわゆる、審判の役割にゃ」
「審判?」
「レディ・メディオス様が君に望んでいるのは、この世界の生物が生きるのに値するかどうか見届けることにゃ。君はこの世界の瘴気を祓う力を持っているし、その力を伝いたいなら使えばいいにゃ。でも、救う価値がないと感じたら、この世界が瘴気に呑まれて朽ちていくのを見届けるのも一つの道にゃ。争うことしかできない種族ばかりいるこの世界に、君が何かの価値を見出せることができるのかどうかが重要なのにゃ」
「何でわたし? どうしてわたしだったの。レディ何とかさんは、わたしみたいな一般ピーポーにそんな重要なことをさせようとしてるの」
わたしはかなり本気で困惑していただろう。
でも、アデルもまた困惑していたのかもしれない。
「そこまで教えてもらってないにゃ」
「ええ……」
「でもきっと、レディ・メディオス様には何か考えがあるはずにゃ。だからボクは君をサポートするんですにゃ」
――そんなことを言われてもね……。
わたしは心の底から、『帰りたい』と思った。家に、日本に、ここではないどこかに。
「まあ、御使いであるボクはあまり他の種族に見られるわけにはいかにゃいから、君のサポート役は別にお願いしようと思うのにゃ」
「あっそう……」
妙に疲れ切ってしまって、わたしはただテンション低く返すことしかできない。
「君はこの世界を歩くのに慣れてにゃいだろうし、共に戦う仲間を一人、召喚させてあげるにゃ」
何ソレ。
わたしはのろのろと頭を上げ、アデルをじっと見つめた。