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第9話 リアム:悪夢を見ている気分

「……無責任だろ」

 俺は地面に崩れ落ちたデブ――猫耳のついた人間を見下ろし、深いため息をついた。どんなに考えてもまだこの現実を受け入れるのは難しい。

「あんたが本当に神なら。創造神メディオスってのが本当なら、あいつを……ドルフを生き返らせろよ。死んでいった仲間たちを蘇らせてみせろよ」

『無茶言わないで。世界の理ってのがあってね、死んだら終わるの』

 レディ・メディオスは猫娘の上をくるくると飛び回りながら、呆れたように続けた。『女の子を放置するって本気? 助け起こしてあげなさいよ』

「……人間なんだろ」

『だから何? 魔人族の仇でもないのに憎しみを向けるのって短絡的ね』

「ちっ」

 俺はそこで頭を乱暴に掻き、倒れたままの猫娘を抱え起こして、やっぱり重い、と内心で悪態をつく。それから、俺がその場に腰を下ろして猫娘を膝の上に寝かせた。

「……俺は、仇を討つつもりだ」

『ふうん。いいんじゃない?』

 ぱたぱたとお気楽な様子で頭上を飛び回る猫もどきに、俺は苛立ちをぶつけた。

「いいのかよ。あんたは神なんだろ? この世界を守るのがあんたの仕事なんじゃないのか」

『仕事なんかじゃないわよ』

 クソ猫が俺の顔の前に降り立って、意識を失ったままの猫娘の頭の上で座り込む。『この世界はわたしが最初に作った作品なの』

「作品」

『人口のバランスも色々考えたわ。種族はたくさんいても、それでこの世界が存続できるように魔力も割り振っていたのに、気が付いたらわたしの知らないところで種族同士の殺し合いでしょ? しかも、くだらない野望とか欲望のままに、多くの命を奪った男が人間族の王なのよ。もう、呆れたし失望した。わたしの手でこの世界を終わらせるのも一つの道かと思ったけど』

「なのに、こいつを呼んだのか」

 俺は気を失ったままの猫娘を見て、思わず顔を顰めた。お気楽な顔で寝やがって。

『そうね。一応、これを最後のチャンスにしようと思って』

「最後のチャンス?」


 急に、レディ・メディオスが宙に浮かび上がった。それから、目を細めて南の方向――獣人族たちがいる方向に目をやった。

『そのうち、あなたにも見えるわよ、魔人族の王リアム?』

「何が?」

『神人族と魔人族が殺されて、精霊族も弱い個体は眠りについた。神人族と精霊族に浄化されることもない大地となった今、人間族が我が物顔でこの世界を統治してる。この世界のバランスはもう崩れてる。わたしももうこの世界を救うつもりはなかったから、新しくこの大地には魔人族と神人族の子供は生まれないようにした。どうせ人間たちに殺される存在なら、生まれてくる必然性がないものね。その状態で、早く終わりがくるように最果てを作ったの』

「最果て? 何だそれは」

『この世界の終わりのところに、壁を作った。それが最果て。壁はゆっくりとこの生命体の居住区に近づいてくるでしょう。海も大地も、まだ生きているものたちも呑み込んで命を奪い、虚無を生みながら』


 ――虚無。それは。


『あなたがそうしようと思うまでもなく、それほど遠くないうちにこの世界は消える。敵を討つ必要なんてないわね。あなたが憎む相手も死ぬし、あなたも死ぬ。この世界の生命は全部虚無と変わる』

「……勝手だな」

『当たり前でしょ、神だもの』

 クソ猫の視線は遠くを見たままだ。

 俺はしばらくレディ・メディオスを見上げていたが、なかなか次の言葉が見つからない。何の感情もない横顔しかそこにはないし、何を言ってもそれは変わらないだろうと本能的に解る。


 どうせ死ぬなら。

 それでもいいのか。


 俺はいつの間にか、視線を落として猫娘の顔を見つめていた。すると、レディ・メディオスが小さく笑った。


『この世界を救うかどうかは、その子に任せようと思ったんだけど、魔人族の王がここにいるならちょうどいいわね』

「何がだよ」

『わたしはさっき、魔人族も神人族も生まれないようにしたって言ったわよね』

「ああ」

 レディ・メディオスが猫娘の近くの地面に降り立って、その鼻を気を失っている白い頬に近づける。僅かに触れた、と思った瞬間、猫娘の身体全体が淡く金色に輝いた。

『一応、解除しておくわ』

「解除? 何をした」

 俺が何となく厭な予感を感じつつ、クソ猫を睨みつけると――レディ・メディオスはとんでもないことを言った。

『あなたが元の身体に戻ることができて、魔人族の王が子孫を残したいと思えるようになったら』

「なったら」

『魔人族の子供が生まれるようにしてあげる。神人族の子供もね』


 ――何、馬鹿なことを言ってんだコイツ。


 俺はおそらく、心底厭そうな顔をしただろう。


 魔人族と神人族がどうやって生まれてくるのか。

 魔人族は魔人族同士、神人族は神人族同士で子供を作る。魔人族と神人族が婚姻を結んだ場合、生まれるのは強い魔力を持っている側の子供が生まれる。

 そしてごく稀に、人間族からも魔人と神人は生まれるらしい。ただ、持って生まれた魔力は低めで、人間族の住む場所では生きていくのは難しいため、生まれた直後に神殿に預けられ、最終的には魔人は魔人族の国へ、神人は神人族の国へ送られる。

 元々、魔人や神人は人間よりも上の種族とされて敬われていた。

 それが、いつの間にか変わってしまった。


 人間たちが言い出したのだ。

 魔人や神人はただその種族に生まれたというだけで、大きな顔をしている、と。

 人間を下に見て、支配しようとしている。

 破壊を司る能力を持つ魔人族はこの世界にとって害悪にしかならず、神人は何も有益なことをしていないのにその立場に甘んじてふんぞり返っている、と。

 そして気が付けば、人間側から憎まれる種族へと変化した。

 その結果、先だっての戦争時に、人間族から生まれた魔人や神人の子供たちは全て殺された。いらない種族だと判断されたということだ。


 ――ってことは、また同じことの繰り返しじゃねえか。

 生まれても殺される命。


『あなたの懸念は解る。だから、人間族からは生まれないようにするわ』

「へえ」

 俺は口元を歪めながら笑った。「魔人族はまだ全滅してねえんだったか? だったら確かに可能性はある。でも、神人族は滅んだって聞いたぜ。じゃあ、もう血筋は絶えてる」

『あら、滅んでないわよ』

「神人族にも生き残りがいるってことか」

『そう』

 レディ・メディオスはその前足を猫娘の額に置いて、さらに笑った。『例えば、こことかに』

「はあ?」

 俺が顔を顰めると、彼女はその前足でぐりぐりと猫娘の白い頬を押した。

『この子は神人族なのよ。それも、次期女王になるはずの魔力を秘めた娘なの』


 ――ああ!?


 俺が色々問い詰めようと言葉を探しているうちに、あのクソ猫の姿は消えた。

『次にあの子が呼び出した時は、わたしの使徒アデルの方だからよろしくぅ』

 なんて言い残して。


 他にもたくさんの世界を見て回ってるから忙しいんだとか言ってたが、本当に無責任すぎんだろ!

 大体、こいつのどこが神人だぁ!?

 俺が見たことのある神人ってのは、誰もがすげえ美男美女ばかりだったし、体型だって細身のやつばかりだった。何なんだよこのまん丸は!

 ふざけんなよ、あのクソ女神!


 そして、それから数分後。


「ふう、よく寝た。変な夢見たわぁ……」

 猫娘がむにゃむにゃと変な声を上げながら欠伸をするが、その途中で絶望したような声色に変わる。「夢じゃなかった。夢だけど夢じゃなかった、なんて有名な台詞を自分が言うことになるなんてどうなの」

 ぶつぶつと呟き続ける猫娘は、俺が左腕で抱えたまま、だらりと両腕と両足を下にぶらぶらさせている。

「そうだな、俺も悪夢を見てる気分だよ」

 舌打ちしながら俺は走り続けている。

 俺の今の身体は、魔人族と――魔王である俺の身体と同じように魔力に溢れていて、筋力も体力も桁違いだ。でけえ身体を持ってる猫娘を横に持ちながら木々の間を走り抜けるなんてことも簡単。

 枯れた森を走り抜け、獣人たちの街に到着するのもあっという間だ。


 高い塀に囲まれたその街は、門を守る獣人たちにも守られている。遠くからでも解る、でかい男たちが武装して門の脇に立っていた。

 奴らと関わるのは面倒だが、情報は欲しい。


『本当はその子にだけこの世界の未来を選んでもらおうと思ったけど、あなたにもお願いするわ』

 あのクソ女神の声が頭の中で木霊する。

 本当にこの世界のことなどどうでもいいと考えているのか、レディ・メディオスの声はどこか投げやりにも聞こえたが――それでも、僅かにそれだけではない感情も読み取れた気がする。

『この世界を見て回って、決めてちょうだい。あなたがもし、この子と恋をして結ばれたら、魔人か神人の子供が生まれてくる。そうなったら、この世界が滅ぶのも遠ざかるかもね』


「んなわけねーだろ! 馬鹿にしてんのか、あのクソ猫! 俺が誰と恋をするって!? 結ばれるって!? ぜってーにないからな、覚えてろ!」

 俺が空を見上げてそう叫ぶと、俺の左側にいる『荷物』が「うわ、びっくりした」と声を上げた。

「もう、いきなり叫ばないでくれる? わたしの心臓、か弱いんだから」

「うるせえ! どこがか弱いんだよ、頭ン中かコラ! いいからお前は痩せろよ、重いんだよ!」

「言っていいことと悪いことがあるって知らないの!? もうちょっと優しく言ってくれてもいいじゃん! いいじゃん!」


 ぎゃあぎゃあ言い合っていると、俺たちが騒いでいることに気づいたのか、門を守っていたらしい獣人の一人が俺たちの前まで走ってきていた。

「あんたらが薬草を分けてくれたっていう奴らか? 何騒いでんだ?」

 そう言った男はどうやら熊の獣人らしく、丸い茶色の耳と立派な筋肉を持つ美丈夫だった。

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