フリーデン裏方の日々①
ある森の中に突然不自然な程大きな家が数十軒建てられたのは3年くらい前だったが周辺に住む者達が誰も気が付かなかったのは、その一帯の持ち主である資産家が亡くなり未亡人となった若い夫人が誰にも話さずにいた事もだが家の中から全く気配を感じなかったからだ。
「ねぇねぇ!」
いつもはどの家も静かな様相だが今日は珍しくその中の1軒から大きな声が聞こえていた。
「ねぇねぇ!」
漸く二桁の年齢に達したばかりだろうか大きな緑色の瞳を輝かせた少女は、布を抜い合わせる手を止め隣で同じ作業をしている二十歳は過ぎているだろう紺色の長い髪をした艶やかな女性に声をかける。
「………次はどうしたの?」
女性は手を止めることなく今日何度目になるか分からない少女の問いかけに返事をした。
「モイヒェル様今何していると思う?」
「モイヒェ?……あぁ寝てるんじゃない?」
少女は先程の質問とは違い何か期待を込めた眼差しで問いかけていたがその様子を見る余裕が無かった女性はそのことに気が付かず、お互い良く知っているが少女よりも数年付き合いが長い青年の顔を一瞬思い出すと吐き捨てるように迷いなく答えた。
「…………。」
どうやら求めた答えでは無かったのか少女の瞳から輝いていた光が失われ椅子の背凭れに体を預け動かなくなった。
「…………。」
「何?どうしたのよ?」
「…………。」
数十分後少女が微動だにしなくなったことに気付き、不安を覚えた女性が手を止める視線を向ければ、恨みが籠められた生気の無い瞳をただ黙って向けていた。
「…………。」
「何なのよ一体。」
「…………。」
いつもであればもう少し少女と向き合う事をしたであろうが、既に誰かを気遣う事が出来ない程に女性も追い詰められていた。
「…………。」
「あぁ!もうほら!手を動かして!間に合わないでしょ!!」
「…………。」
完全にやる気を無くした少女はただ黙って女性を見つめるだけで手どころか瞼を動かす事もなかった。
「プロスティどうした?大きな声出して?」
「!プトゥ…トリーチェがいきなり動かなくなっちゃったのよ。」
紺色の髪の女性プロスティの大声を聞きつけて其処に銀の様な白の様な色の短髪をしたプロスティと同じ年齢位のプトゥと言う青年が隣の扉を開けて入ってきた。
「いきなりじゃないもん……、プロスティが酷いこと言ったからやる気がなくなったの!」
「酷い事?何て言ったんだ?」
トリーチェと呼ばれた少女は背凭れから体を起こすと濃緑の瞳をプロスティからプトゥに視線を変えて大きな声で主張を始めた。
「モイヒェル様今何していると思う?って聞いたのそうしたら……」
「モイヒェ?……あぁ寝てるだろう?」
プトゥはトリーチェの瞳よりも薄い緑色のクセのある柔らかな髪を撫でて宥めるとプロスティと同じ解答を口にした。
「……プトゥまで……ヒドイーー!!」
「何が??酷いんだ?」
「わからないから私は手を動かしてって怒鳴ったのよ。」
「なるほどなー。」
トリーチェはプトゥの手を払い除けると先程よりも大きな声で叫び始め、その行動の意味が分からない2人はただトリーチェを見つめ様子を見守った。
「もう!何でモイヒェル様が休んでいると思うんですか!!モイヒェル様は皆の為に休みなく働いているんですよ!!」
「「…………。」」
自分達の知っている人物とトリーチェの知っている人物は別人なのでは無いかと思ったが、この3人が共通で知る人物で今その名を持つ者は1人しか居なかった。
「それなのにお二人とも寝ているなんてモイヒェル様に失礼じゃないですか!酷いです!」
「「…………。」」
地団駄を踏み始めたトリーチェの顔を覗き込み確認すると取り敢えず作業戻る事にしたプロスティは黙々と又布を縫い合わせ出した。
「…………。」
「…………。」
プトゥはプロスティの正面の椅子に座りトリーチェが途中まで縫い合わせた布を手に取りその続きを始めた。
「どんな依頼もっ嫌な…顔をされずっっ受けてご自身で何でも………………
等々声に嗚咽が混じるようになりあの大きな瞳に涙を溜めているだろうが、2人はトリーチェを見ることなくただひたすら布に針を通し糸で縫い合わせていく。
「あいつ入ったばかりか?」
「そこそこ長いらしいけどあれと一緒に行動するようになったのは今回の任務が初めてみたいね…………。」
「あぁ……なら仕方がないか……。」
「ええ、これからどんな奴か知っていくのよ。」
「…………。」
今もなお自分達の知らない人物を語り続けているトリーチェに先に我慢の限界を迎えたプトゥがプロスティに疑問を口にすると、一緒に行動した経験が無いことを知り少女の様子に納得したが、こんなにも幼馴染に夢を見ている少女に対するプロスティの救いようのない一言に今後の事を考え少し可哀想な気持ちが芽生えた。
「…………いい加減うるせぇな。」