お嬢様とのお買い物は遠慮したい。1 リアン目線
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「貴方は…分かっていてこんな事をしたのかしらね?……ラヴーシュカ?」
桃色の髪を1つに纏めたリアンは、あの時向かい側から見たこの場所の光景を思い出し、どの国からも禁忌とされる唇状の白い萼を持つ薄青の抜いた花を手に持ち今はもう屋敷には居ない同僚を思い浮かべた。
『お庭の手入れが大変らしいから手伝いに行ってくるわね。』
そう言ってお嬢様の部屋を出たらしい元同僚が、この緑豊かな庭でお嬢様の婚約者と唯ならぬ関係である事を知ったのは、お茶の用意をして東屋に向かっていた途中で出会したお嬢様の様子に違和感を覚えたからだった。
(本当はお嬢様があの光景を見たのかと思ったけれど、そんな様子も無かったからつい蓋をしたまま忘れてしまっていたのよね…。)
もし彼等の関係をお嬢様が家長様に進言するならば、同じ光景を目撃したと告げる予定だったが、特にその事に触れることが無かったお嬢様に、家長と婚約者との間で結ばれた契約に何か思う所が出来たのだろうとあの日見た少し違和感があったその光景に蓋をしていた。
(あの婚約者の方はラヴーシュカに嵌められたのかも知れないわね……。)
花弁を傷つけること無く茎を持ち地面から根ごとゆっくり抜き取り、服の下地を破き作った簡易の布袋に入れていく手を休ませずに、あの日見たオクラドヴァニアの様子に覚えた軽い違和感を隠している逢瀬への興奮かとも思い深く考えもせすに蓋をしてしまった事を後悔した。
(彼女は一体何を望んで植えたのかしらね……。)
以前泳ぎが苦手な庭師が池の辺りは全てラヴーシュカに手入れをして貰っていると嬉しそうに話していたのを聞いた事があった。
この花を植えたのは十中八九彼女なのだろう。
(………こんな花さえ無ければ…。)
強い幻覚作用や催淫作用を齎すこの花が問題になり各諸国其々細部まで取り締まりが行われ見ることが無くなった事から絶滅したと言われるようになったのはいつの頃なのかは分からないが、未だ姿形や各国で起こった悲劇が詳細に描かれ重量的に持つことが難しい書物が婚姻後に配られどんな家庭にも置いてあるのは後世に確実に伝える為にだろう。
(……それにしても種か苗かは分からないけれどラヴーシュカはどうやってこれを手に入れたのかしら…?)
蘇る目の前に映る1人の影と全てが一気に赤く燃え盛っていく過去の風景に眉を顰め元凶の1つでもある目の前の花を冷めた瞳で抜き続けた。
「そんなことよりも!!どうかしていると思うのよ!」
量が多く抜いても抜いても減らない花に簡易の布袋はもう8割ほど埋まり、次は下地の無くなった長いスカートに手を掛けるべきかと中身を見ながら考えつつ、抑えられない怒りと焦りからラヴーシュカへの文句の言葉が出始める。
「本当に考え無し!」
「あり得ない!」
「何故お嬢様に仕えていてこんな事が出来るのかしら!」
「何も考えていなかったとしか思えないわ!」
等々ラヴーシュカを殴るだけでは収まらない程の苛立ちを感じ出し、この花によってどんな最悪な事態が起きてしまうのか心の叫びが口に出た。
「こんなの…お嬢様が見たら、嬉々として内緒で育てようとするじゃない!!!」
この花を見つけた瞬間瞳を輝かせ、このまま秘密裏に育てようと言い出しかねないお嬢様を想像し、急いで目に付きそうな場所の花は駆除しなけばと何も持たずに来てしまった事を後悔したが、まさか少し気になって来てみたら、いきなり目の前に仕える家ではなく国家全体で責任を取らされかねない代物が現れるとは誰が想像出来ただろう。
(お嬢様は、ある程度の事は諦めてくれるけれど、どうしてもとなったら場合何をしでかすか分からないのよね…。)
「はあ……。」
これが全く知らない相手なら遠くから只々眺め面白いわねと言っていられるが、小さい頃に出会った十歳下のお嬢様は主人兼妹や、いた事はないが娘の様な存在になっていき、過去様々な件を知るからこその小さな溜息が漏れた。
(それに、そろそろ街に行きたいと言い出しかねない時期だわ…。今回は何やら危険な予感がするからお嬢様には私とスルジャとマーデカの勤務日が揃った時にしてもらわなければ……。)
「はあ〜〜〜〜。」
お嬢様と街に向かう事を想像しただけで既に疲れ始め、憂鬱に支配されて肩が落ちるほどの大きな溜息を吐くと、既に8年の付き合いがある看板が掲げられていないお嬢様顔馴染みのお店を思い浮かべる。
(いつ行ってもあそこは慣れないわ……。)