第4話 帰宅
あたしはバイクの後ろにアルトを乗せて、村に向かって走り出した。その間のアルトの表情は当然わからなかったけど、想像はついたし、たぶんその通りのはずだ。だからあたしは、村に着くまで何も言わなかったし、聞かなかった。
村に着いたら、村中のみんながあたしたちを取り囲んだ。男の子だ! どこから来たの? 名前は? 何歳? 友達なの? 恋人なの? ってあれこれ聞いてくる。
あたしは静かな声で「おねがい。この子、疲れてるの……いまは、そっとしてあげて」とだけ言った。
みんなは、あたしの言葉とアルトの表情だけで、アルトが何者かはともかく、ひどく落ち込んでいることを察してくれたようだった。
あたしはいつもお世話になってる宿屋のおかみさんに、アルトのぶんの部屋と着るもの、食べるものを用意してほしいっておねがいした。おかみさんは、食べるもの以外は明日までかかるかも、と前置きしながらも、こころよく引き受けてくれた。
あたしはお礼を言って、今日の寝床を確保するために、アルトを自分の家に連れていくことにした。
あたしの家――といっても、村の大半と同じ、鉄骨とトタン板とか、廃材をつなぎ合わせて、雨や砂を防げるようにしただけの空間だ。床は少しでも居心地が良くなるように布で覆って、壁の隙間をふさぐように古いポスターや絵が貼ってある。子どもたちやお年寄りの住むところは、もう少し過ごしやすくなるようにしているけど、たいていの家は似たようなものだ。
あたしは家の中で、アルトに昔なにがあって今の地球がどうなのかを話した。といっても、記録や映像から目をそらし続けてきたあたしに、話せることは多くなかった。それでもアルトは現状を理解してくれたようだった。
「やっぱり夢じゃ、ないんですね。……千年前、地球は小惑星の爆発で滅亡した。覚えていないけど、ノアはおそらく、ボクを生きのびさせるために、ボクをコールドスリープさせた。そしていま、ステラさんに目覚めさせてもらって、赤い地球にいる。これが……いまの現実なんですね」
「うん……残念だけど、きみの言うとおりだよ。地球はきみの知ってる青い地球から、赤い地球になっちゃった。ノアちゃんのことも、それであってると思う。あの子、最後までアルトのことを思っていたね」
あたしは立ち上がって、いつも食料を入れているボックスを開けた。アルトに「たいしたものはないけど……なにか、食べる? おなか空いてるでしょ?」とたずねた。
「いえ、大丈夫です」
「そっか、わかった」あたしは静かにボックスを閉め……るまえに、飲料水のボトルをひとつ、とりだした。ボトルをアルトに差し出す。
「……せめて、水分だけでもとって。体、こわしちゃうよ」
「……ありがとうございます」アルトはキャップを開けて、少しずつ水に口をつけた。
震えていた。つらそうだった。悲しそうだった。目から光が消えているように見えた。
当然だと思う。青い地球で家族といるのが日常だった子が、次に目を覚ましたら、ボロボロになった赤い地球を目の当たりにしたんだもの。
でも、目元にたまった雫が流れ出すのを、アルトは必死にこらえていた。青い地球を知っている子が、この荒れ果てた赤い地球をを見るのがどれほどつらいか、あたしにだって想像できる。それでも泣くのを我慢しているアルトを、あたしは本当にすごいと思った。
「今日は疲れただろうから、もう寝たほうがいいよ。ベッド、貸してあげるから好きに使って。マットレスはくたびれてるけど、シーツはさっき新しくしたから、清潔だよ」
「……はい。ありがとうございます」
アルトは静かに立ち上がると、壁に顔を向けてベッドに横になった。
「あたしは屋根裏にいるから、何かあったら呼んでね」
返事はなかった。かわりに寝息が聞こえてくる。もうとっくに限界だったんだろう。
静かにドアを閉める。あたしは、大きく息を吐いて、家の外壁に背中を預けると、そのままずるずると下がっていって、しりもちをついた。
星空を見上げる。アルトがついこの間までいた、きらきらの星空を。
――あたし、取り返しのつかないこと、しちゃったかもしれない。
あたしがあの『スフィア』を見つけなければよかったんだ。触ったのがいけなかったんだ。開けたのがいけなかったんだ。
もし『スフィア』が閉じたままだったら、あの子は幸せな夢の中に居続けられたかもしれないのに。こんな悲惨な現実を見ないで、家族との思い出を胸に眠り続けられたかもしれないのに。この赤い地球から旅立って、空の上で待っている家族のところに行けたかもしれないのに。
ずっと、星の王子さまでいられたかもしれないのに。
あたしが、あの子を、この赤い地球に落としてしまったんだ。
「アルト、ごめんね。ごめんね。ごめん……」
錆びついた鉄板の上で膝を抱える。アルトと違って根性なしのあたしには、膝の上に、ぽつりぽつりと雫が流れ落ちていくのを、どうしても止めることができなかった。
***
アルトは丸一日、目を覚まさなかった。もしかしたら起きている時間もあったのかもしれないけど、とにかく、ベッドからは出てこなかった。
体の疲れもあっただろうけど、なにより心が現実についていけていないんだと思う。いまの彼にはたぶん、時間が必要だろう。
――ぜんぶあたしのせいだ。
アルトに対する罪悪感が消えなくて、そんな心を少しでも落ち着かせたくて、あたしはとある場所に来ていた。その場所は、村の端っこにあって、少し盛られた土の上に、形を整えた石の板が立てられていた。
ここは、村の人たちのお墓。そして、いまあたしの目の前にあるのが――あたしのパパとママのお墓だ。
ママはあたしを産んだ後、からだを悪くしてすぐに亡くなったそうだ。
パパはひとりであたしを育ててくれたけど、仕事で旅をしていた時に、運悪く小惑星の破片が落ちてきて、行方不明になった。だからパパのお墓には、パパが村を出る前に置いていってた仕事道具が収めてある。
それと、ふたりのお墓にもうひとつ収めているものがある。
それは、あたしの写真。毎年一回、あたしの誕生日に取り変えるようにしてる。ふたりに、あたしが元気にやってるよって伝えたくて、せめて写真のあたしだけでも、一緒にいてあげたいと思って。……ううん、もしかしたら、逆かも。あたしのことを、パパとママに見てほしいだけかもしれない。
あたしはお墓の前でしゃがんで「ねえ、パパ、ママ、聞いて? 昨日、あたし、星の王子さまに会ったんだよ」と話しかけた。
うそじゃない。だってアルトはあの星――『スフィア』に乗って宇宙から降りてきたんだから。
「寝てたところを起こしてあげたの。でもね、あたし、それが正しいことだったのかわからないんだ。だって王子さま――アルトはあたしのせいで、赤い地球で生きていかなきゃならなくなっちゃったんだもん」
パパとママ、ふたりのお墓に話しかける。もちろん返事はない。
村のほうから、子どもの声と、大人の話し声が聞こえてきた。明るく楽しそうな、家族の声。赤い地球の上でもたくましく生きてる子どもと、その子を優しく育てている両親の声だ。
あたしはもう決して聞くことができない、パパとママの声。――家族の、声。
「……ねえ、助けて。パパ、ママ、助けてよ。あたし、どうしたらいいの? どうしたらよかったの……?」
やっぱり返事はない。
あたし、なんでこんな目にあわないといけないんだろう。お墓と写真の家族なんていやだ。あたしだって、ママにたくさん抱っこしてほしかった。パパにもっといろいろ教わりたかった。――三人で、家族で一緒にいたかった。
パパたちの返事の代わりに、いきなりものすごい風が吹いてきた。砂が顔じゅうを叩いてくる。砂嵐が近づいているんだ。家に戻って、鎧戸を閉めないとまずい。家が壊れてしまうし、なによりアルトが危ない。砂嵐のことなんて知らないだろうし。
ほんのわずかな時間、ふたりのお墓を振り返る。
――せっかくパパたちと話してたのに。大切な時間だったのに。赤い地球は、そんな時間もこうやって簡単に奪っていくんだね。
あたしはうつむいて、袖で目をぬぐいながら、村に戻っていった。
***
砂嵐から逃げるように家に入ると、アルトが目を覚ましていた。
「ス、ステラさん!? おはようございますこのゆれはいった」
「だいじょうぶ! 窓をしめてやりすごすしかないけどね! 窓の鉄板を閉めて! 早く!」
あたしの指示を的確に理解してくれて、アルトは窓の鎧戸を閉じて、かんぬきをかけてくれた。
できることをやったら、あとは祈るしかない。あたしはアルトを部屋の隅に押し込むと、ジャケットの前を開いて、彼を自分の下に包み込んだ。
すさまじい轟音と揺れ、バチバチと砂がたたきつける音を必死で我慢しながら、家が吹っ飛んでしまわないことを願い続ける。
何分? 何時間? どれくらいたったのかはわからないけれど、砂嵐は徐々に去っていき、いつもの穏やかな風が戻ってきた。もう安心だ。
「……アルト、だいじょうぶ?」
返事がない。
「アルト? アルトっ!?」
「もごもごもごもごも」
あ。原因が分かった。
あたしの体がアルトの顔を押しつぶしていた。息ができないから、当然返事もできないよね。彼の顔にのしかかっていたのは、分厚いジャケット……じゃない。だってさっき、前を開けたから。だから、アルトをむぎゅむぎゅってしていたのは……あたしのシャツの中にある、その、つまり、女の子のあれ、ってことになる。
「ご、ごめん!」あたしはあわててアルトの上から降りて、胸元を腕で隠した。なんだか顔に熱っぽさを感じる。これは砂嵐をやりすごすために仕方のないことだっんたと、あたしは心の中で弁解した。
「……だ、だいじょうぶです。ありがとうございます、ステラさん」なんか、アルトの顔も赤く見えるんだけど、これは必死に体を縮こまらせていたからだ……よね?
うん、よし、この話はこれでおしまいにしよう、いいね、あたし?
「けっこう揺れたから、床や鉄板に引っ掛けたかもって思ったけど、どこか痛いところあったりする?」
「そうですね、ちょっとひじやひざをすりむきましたけど、問題ないです。ステラさんのほうはどうですか」
「あたしは、ええと……大丈夫。だって、女の子だもん!」
「???」
「と、とにかく! 千年ぶりの地球だったのに、最悪のめざましだったね!?」
「はい。……やっぱり自然の力って、とんでもないですね」
「あたしもほんとそう思うよ。最近は砂嵐とか、異常気象も増えてきててさ、この村もいつまで持つかわからない、って村長さんが言ってた」
「……」アルトは押し黙ってしまった。気まずい。……さっきのむぎゅむぎゅ事案もあるし。
「と、とりあえず、村の無事を確認しがてら、宿屋のおかみさんのところに行こう。アルトの服とか、寝床とか、もう準備ができてると思うから」
「わかりました」
昨日とは打って変わって、アルトはきびきびと立ち上がった。瞳の輝きも戻ってきている。その元気あふれるふるまいにあたしは少し不安を感じながら、アルトと一緒に家を出た。
(つづく)




