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第3話 星の王子さま

 外見もすごかったけど、中身はもっとすごいねえ。長生きはしてみるもんだ。十五年だけど。


 青白く光る回線や、不思議なシリンダー、なにかの結晶のようなものが埋め込まれている壁。その壁も半透明で、触ってみるとひんやりと冷たかった。


 回線はまるで生きているかのようにとくんとくんとゆれていたし、シリンダーの中には不思議な液体がゆっくりと流れていた。まるで別の世界に迷い込んだような感覚だった。


 ところどころに、どうやって開ければいいかもわからない変な扉もあった。この中にもなにかあるのかなあ。


【要望。あなたの視線や行動から、本船内部の設備に興味を持っていると推測。ですが今は、マスターの救助に集中していただくことを希望します】


「あはは、珍しいものが多すぎて、ちょっとびっくりしちゃってさ」


【理解。ですが、あなたには再度、速やかなマスターの救助を依頼します。マスターの生命を守るのが、『ノア・システム』の最優先事項です】


 その声は、やっぱり抑揚はほとんどなかったけど、なんとなくそのマスターって人への心配や愛情が感じられた。


「ごめんね、悪かった。……このまままっすぐ進めばいいんだね、ノアちゃん?」


【肯定。『スフィア』の内部構造は単純にできています。数分あればマスタースペースに到着可能です】


「了解。速やかにマスタースペースに移動することを決断。実行します」


 ノアちゃんのしゃべりかたを真似して言ってみた。


【感謝および質問。さきほどの『ノアちゃん』という言葉は、もしかして『ノア・システム』のことを指しているのですか?】


「そうだけど?」


【疑問。わたしは『ノア・システム』であり、人間と同様の名称は必要ないと考えられます】


「あたしはそう思わないよ。あなたみたいに、大切な人に尽くせる人が、ただの機械だなんて、あたしは思わない。……あたしも、名前で呼ばれないのはヤだな。あたしはステラ。これからはステラって呼んで」


 歩きながらあたしはノアちゃんにそう言った。


【理解不能、および、感謝。ステラ】ノアちゃんのつぶやく声が聞こえた。




 まっすぐ歩いて数分、ひときわ大きな扉にたどり着いた。


「着いた、のかな? ノアちゃん、ここでいいの?」


【肯定です、ステラ。マスタースペース、シールド開放】


 ぷしゅーっと音を立てて、分厚い鉄板のような扉が左右に割れていく。その中は、丸い球のような空間になっていて、壁にも天井にも、あたしがまったく知らない機械がたくさん取り付けられていた。




 空間の中央に、ガラスのような、透明ななにかでつくられた筒があった。




 その中で、ひとりの男の子が、眠っていた。




「この子が……マスター?」


【肯定。……『ノア・システム』エネルギー残量、わずか。コールドスリープカプセル、オープン。……マスターの覚醒、および不……測の事態に備えて……ださ、い】


 破裂するような音がして、カプセルが開いた。冷たい霧のようなものが、ふわふわと外に流れ出てくる。じっさいその霧はものすごく冷たくて、ブーツ越しでも足に鳥肌が立つほどだった。


 同時に、その子が横になっていたベッドのようなものがゆっくり起き上がってきた。霧が晴れて、その子の顔が見える。


 白い肌と黒髪の、穏やかそうな顔つきの男の子だ。白くてやわらかそうな服を着て、あたまやからだにいろいろなケーブルがついているのが見えた。


【覚醒シーケ、ンス、開始。マスターの身体機能、異常なし。体温、正常範囲内。脳内物質、異常……なし。『スフィア』外の環境におい、て、生存可能と判断。その他、外的危、険、な……し。コールド……スリープ終了。……マスターアルト、おはよ……うございます。起きてください】


 男の子からケーブルが外れ、少しずつまぶたが開いていく。


 しかしまぶたがまたすぐ落ちていく。


「ノア、あと5分だけ……」


 ありきたりすぎるぞ、少年。それにいまは洒落にならない事態なんだ。ノアちゃんもそう言ってる。


【不可能。マスター、起きてください。アルト、起きてください。『ノア・システム』エネルギー残量、あと一分。お願いです、アルト、目を覚ましてください】


 さっきまでとは違う、焦りを含んだ心配そうな声でノアちゃんが言った。ノアちゃんの声色から、とにかくこの子が寝ぼけてる余裕がないのはわかった。あたしはずかずかと男の子のところまで歩いて行って、


「ほら、目を覚まして。ノアちゃんが困ってるから、ほら!」


 ぐいぐいと肩をゆすってやった。男の子のまぶたがパッと開く。彼が見開いた瞳は、青くてキラキラしていて、まるで宝石のようだった。


「……うわあっ!」男の子が驚いてしりもちをついた。


「だ、誰ですかあなたは? ちょっと待って……ノア、どういうこと? 実験状況を教えて! 今は軌道上にいるはずなのに、なんでここにボク以外の人がいるの?」


 男の子は焦った顔で、あたしではなく天井、というかノアちゃんに話しかけていた。


【ああ……マスターアルト。ご無事でなによりです。『ノア・システム』エネルギー残量なし。まもなくスリープモードに移行。今後は、となりにいる女性と行動をともにしてください。ステラ……マスターを、アルトをたのみます】


 男の子が驚きの表情であたしを見る。その目は、何が起きているかわからないという戸惑いに満ちていた。


【『ノア・システム』ミッションコンプリート。スリープ。……生きてください、生き続けてください、アルト】


 その言葉を最後に、部屋の中が暗くなり、機械の立てていたわずかな音さえも聞こえなくなった。


「ノア、どういうことなの!? ノア、ノアっ!」


 男の子がどれだけノアちゃんに話しかけても、声がただ反響するだけで、もう彼女は返事をしなかった。


 あたしはいつも持っている懐中電灯をつけた。光の中の男の子は天井を向いたまま動かない。表情は見えないけれど、想像はついた。


 本当は、この子の気持ちが落ち着くまで待ってあげたかった。


 でも、この子をここから連れ出して、生きさせなきゃ。それがノアちゃんの最後の言葉、ノアちゃんの願いなんだから。




 この……『星の王子さま』を助けなきゃ。




 あたしは男の子の腕をがしっとつかんだ。振り払われないよう、思い切り力をこめてつかむ。男の子があたしのことを見つめてきた。きれいな、青い瞳で。


「おねがい。わからないことだらけだと思うけど、あたしについてきてほしい。あたし、ノアちゃんに頼まれたんだ。きみの命を助けてくれって、きみを生きさせてくれって」


「ノアが……あなたに……? あなたはいったい、誰なんですか?」


「あたしはステラ。赤い地球の、しがない住人だよ」


「あ、赤い地球? 変なことを言いますね? 地球の色は青にきまってるじゃないですか?」




 ――この子、もしかして。




「とにかくついてきて。ノアちゃんが寝ちゃった以上、ここにいてもなにもできない。とにかく外に出よう?」


「わ、わかりました。……え、外ですか!? 出られるわけないじゃないですか、外は宇宙ですよ?」


「いいから、あたしの言うとおりにして! あたしはステラ。あなたの名前は?」


「あ、アルト、です」


 男の子――アルトはおぼつかない足取りで歩きだす。なんにもないところでいきなり転びそうになったので、あたしはあわててアルトを支えた。


「だいじょうぶ? ごめんごめん、ずっと寝てたんならいきなり歩くのは大変だよね」


「ずっとではないはずなのですが……『スフィア』の実験は一週間程度の予定でしたし。それにおかしい。コールドスリープの実験は今回のリストには入っていなかったはず……なんでボクはカプセルに……? 思い出せない……」




 ――やっぱり、知らないんだ。




 ということは。


 アルトと手をつないで歩きだす。ゆっくりと、でも確実に、『スフィア』の外に向けて。


「行こうか。ただ、ひとつ先に言っておくね。きみはたぶん、つらいものを見ることになる」


 あたしは前置きしておいた。アルトの顔色から血の気が引いていく。


「そ、それはどういうことですか?」


「出れば……見ればわかるよ。それに、生きるためには、出るしかない」


 あたしはもと来た通路を男の子といっしょに進んでいって、ハッチの外に出た。


 太陽の光に目を細める。


 ――そこにあるのは、赤い大地、赤い砂。青も緑もない、岩とがれきだらけの景色。




 あたしには見慣れた、そしてアルトには初めての――赤い地球。




「……? なんですか、これ。なんなんですか? どこなんですか。ここは……?」


「地球だよ。……千年前、小惑星の爆発と山盛りの破片で滅亡した……赤い地球だよ」


「ここが……ち、地球? せ、千年……? 滅亡? そ、そんな……父さんは、母さんは!? みんなは? ……地球は?」


 アルトは赤い大地を見ながら、茫然と立ちつくしていた。完全に光を失った瞳で、彼は赤い地球を見つめ続けていた。


 何の役にも立たないだろうと思ったけれど、あたしは自分のジャケットをアルトの肩にかけて、背中からぎゅっと抱きしめた。せめて、なにか心の安らぎのカケラにでもなればいいと思って。


 アルトの体はがくがくと震えていた。その顔色は真っ青で、青くなったくちびるから独りごとをつぶやきつづけていたけれど、涙だけは、その青い瞳にとどまっていた。




(つづく)

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