第2話 『スフィア』
一週間後。
あたしはまた、浜辺に向かってバイクを走らせていた。――以前のとは違うバイクを。
なぜなら、前のバイクはあたしを村に送り届けてくれたときに、本当にバラバラになっちゃったからだ。
前のバイクは、ねじを一本だけ残して、土に埋めてあげた。再利用できる部分もあっただろうけど、あたしはそうしなかった。
あのバイクには、あたしのたくさんの思い出が詰まっていた。毎日のように一緒に走り回った日々、何度もへたくそなりに修理してはまた走り出した時間。たくさん迷惑かけちゃった、あたしのたいせつな相棒。
だから――もうじゅうぶん働いてくれたから、静かに眠らせてあげたかった。
それにこんな地球を走らせるのはもう、かわいそうだったし。
「ごめんね。いままでありがとう」あたしは盛り上がったをポンポンと叩きながらお礼を言って、その場をあとにした。
ねじはひもをつけて首に下げておいた。あのバイクへの感謝を忘れたくなかった。もっとあたしがかしこくて、修理の技術があれば、あの子は壊れなかったかも。それか、素直に村の人に助けを求めればよかったのかな、とかあれこれ考えてしまって、胸が詰まった。
ねじをつまんで見つめる。実はこのねじは特別製で、星のカケラをあたしが削り出してつくったんだ。まっすぐじゃなかったり、ねじ穴がゆがんでるのはそのせい。だけど最後まで折れたり割れたりせずに、きれいなかたちで残ってくれた。
あたしと相棒の、絆のしるし。
がたん、とバイクが石を踏み越えて、車体が転びそうになるのを、あたしはなんとかこらえた。思い出と後悔でいっぱいになっていたあたまが現実に戻ってくる。
「いけない。前を見て安全運転、ってね」
ねじをシャツの中にしまって、スピードを上げる。修理屋のお兄さんに感謝しなきゃ。なにしろ、星のカケラを放り出して、無一文で帰ってきたあたしに、バイクを譲ってくれたんだから。新しいバイクは悲鳴を上げないし、スピードも前の相棒より速い。……だけど、やっぱりどこか、物寂しい。
浜辺に着くずっと前から、地面にいろんなものが転がっているのが見えた。きっと、津波が海の中にあるものを運んできたんだろう。ほとんどは建物のがれきや、錆びついた金属の塊だったけど、直せば使えそうな機械や、わりとかたちが残っているエンジンのようなものもあった。村の誰かなら、使い道を思いつくかもしれないな。帰ったら伝えておこう。
ほどなくして、浜辺に着いた。
「……あっちゃ~。いくらなんでもこれはないでしょうよ」
あたしの目に映る浜辺のありさまは、それはそれはもう悲惨なものだった。
青い海や砂の浜はどこにもなくて、代わりに泥といろんなものが混ざったものですべてが塗りつぶされていた。
赤色、茶色、錆色、黒色。どろどろで、ぐちゃぐちゃで、べっちゃべちゃな何か。無数のがれきや破片。
まるで、流れ星にいじめられた地球が、泣きべそをかいているような、そんな感じだった。
これが『大自然の脅威』ってやつか。改めて思う。こんなの、人間じゃかないっこない。あたしたちは、自然の前じゃ完全に無力なんだって、思い知らされる光景だった。
「……これじゃしばらくカケラさがしは無理かな。村でなにか仕事をもらおう」
でも、あたしみたいなやつにできる仕事、あるかな。ちょっと、不安だ。
肩を落として、浜辺をあとにしようと思ったその時、あたしの目に不思議なものが見えた。
『玉』だ。
大きい『玉』。すごく大きい。人の背丈の何倍もある。太陽を反射して表面がピカピカに輝いてる。そう、まるで――夜空に浮かぶ星みたいに。
「見に行ってみよう」
あたしは砂とべちょべちょに足を取られつつも、一目散に『玉』に向かって走っていった。
***
「いやー、ほんとにでっかいな。なんなんだこれ」
海からどんぶらこ、どんぶらこ、って流れてきたに違いない、そのでっかい『玉』は、濁った海とべとべとだらけの浜辺の間に転がっているのに、なぜか汚れ一つ付いていなかった。
こんなの、見たことも聞いたこともない。ってことは、たぶん、今の地球にはないモノにちがいない。こいつがたぶん、この間のでっかい火の玉――流れ星の正体なんだろう。
表面を触ってみる。信じられないほどつるつるしていて、熱くも冷たくもない。軽くコンコンと叩いてみる。何の音もしない。勢いをつけて蹴ってみる。こっちの足が痛いだけだった。
すごいお宝の予感はするけど、中身がわからなければどうしようもなかった。「すごく大きな中身のわからない玉を見つけたから持って帰ってきた。飼っていい?」って村で言ったら、三秒後には「もとのところに帰してきなさい」って言われるのがオチだろう。というか、そもそも大きすぎてあたしひとりで動かすのは絶対に無理だ。
「中身は何なのかな、もし宇宙から来たっていうなら、大発見だよこれ」
昔は、一瞬であらゆる情報を調べられる薄い板のような機械や、世界中、それこそ地球の裏側とも会話できる電信機があったらしい。当然、今の地球にはそんなものないから、村にある記録室の資料で地道に調べるしかない。
「でも、今のうちに調べられるだけ調べておきたいな。流れて行っちゃったらヤだし」
そう、なにしろこれは『玉』なわけだから、波や風の向き次第では、ゴロゴロと転がって、また海にどんぶらこしてしまうだろう。それは勘弁ねがいたい。
「なんかないか……スイッチやレバー、なんでもいい……手掛かりになるようなものは……」
あたしは周囲をぐるぐる回りながら、表面をぺたぺた触り、何かないか探してみた。機械なら、レバーやボタンのひとつくらいあるはず……。
ぐるぐる。ぺたぺた。ぐるぐるぐる。ぺたぺたぺた。ぐるぐるぐるぐる――
ない。どこにもない。なーんにもない。村の子どもが磨いて作った泥団子みたいにつるっつる。
表面に薄い線のような、もようのようなものはいくつか見える。たぶんそこが開いたり閉じたりするんだろうけど、かんじんの開け閉めの方法があたしにはわからなかった。
「てがかりなしかよ~。ふええ、疲れた。ちょっと休憩しよ」
なるべくべたべたが少ないところに座って、『玉』に背中を預ける。目に見える景色は、やっぱり赤一色で、がれきだらけで、草木一本生えていない、どこまでも赤い大地だった。
それでも今日の風はめずらしく澄んでいて、穏やかにあたしの髪を揺らし、頬を撫でてくれた。それが心地よくて、あたしのあたまは少しずつまどろみに落ちていきそうになる。
――ピピッ。
機械的な音がして、あたしのささやかなうたた寝は終わった。音は背中から聞こえてきたから、あたしは振り返って『玉』を見た。
そこで、びっくり仰天なことが起こった。
【『ノア・システム』スリープ解除】
はえ?『玉』がしゃべった?
【探知。外部センサー始動。近くに人間と思われる生命体を確認。各種データから、現在地は太陽系第三惑星、地球と確定。『スフィア』エネルギー残量、ごくわずか。マスターの安全を最優先。ハッチを開放します】
抑揚がほとんどない女の人の声のあとで、『玉』の一部がバンッ、と音を立てて開いた。
「なにこれ……階段?」
【肯定。正確にはタラップです。会話中の人物に依頼。マスターのコールドスリープカプセル、まもなく機能停止。カプセルから脱出する必要があります。『スフィア』内のマスターを保護していただけますか?】
「ええと、人生初のことが起こりすぎて理解できないんだけど、いましゃべっているあなたはこの『玉』の中の人なのかな?」
【否定及び肯定。あなたが『玉』と表現した本船の名称は『スフィア』。あなたと会話を実施しているのは、本船のオペレーターAI、『ノア・システム』です】
すふぃあとかえーあいとか、まったくわからん単語ばかり出てきた。あたしのバカな思考回路はショート寸前、今すぐ会いたいよ、誰か頭のいい人に。
「詳しいことはわからないけど、要はこの『玉』……じゃなかった、『スフィア』の中にいる人を助ければいいんだね?」
【肯定。依頼を実行可能ですか?】
「うん、まかせて。あたしはバカだけど、人の命がかかってるんなら、やれるだけのことはしてみるよ」
【感謝。タラップから『スフィア』内部に進入してください】
よし、ちゃちゃっとそのマスターとやらをお助けしてこよう。
あたしがタラップに勢いよく足をかけたその時、
【移動停止を要望】いきなり、入るなと言われた。なにゆえ?
「へ? なんで? 急がなきゃいけないんでしょ?」
【あなたをスキャンさせていただきます。……完了。有毒な物質、細菌、ウイルス等の検知なし。感染症、なし。健康状態、問題なし】
「ひとをバイキンあつかいしないでよ!」
【謝罪。しかし、マスターの安全のためです。ご理解ください】
まあ、たしかにそうか。こんなきれいな『スフィア』の中は、きっと赤い地球より百万倍は清潔だろうから、そのマスター君が風邪をひいたら困るもんね。
「よっしゃ、それじゃあらためて、おじゃましまーす」
あたしは」『スフィア』の中に入っていった。
(つづく)