最終話 あたしは
【……無線の返信を受信。明朝、村の方が迎えに来てくれるそうです】
「ありがとう、ノアちゃん」
外側が大破した『スフィア』の脇に座って、村からのメッセージを待っていたあたしはノアちゃんにお礼を言った。あたしはヘロヘロで動けないから、アルトの足の間に座っている。アルトがあたしに頬を寄せて抱きしめてくれてるんだけど、ノアちゃんの前だから、なんか恥ずかしい。
あたしたちの戦いは終わった。大自然の脅威との戦いに、あたしたちは打ち勝った。
もちろん、これは本当に些細な勝利だ。一万回負けて、一回勝ったって感じ。それでも勝ちは勝ちだ。
だけど、勝利の余韻にひたる前に、あたしはノアちゃんに謝らなきゃいけないことがあった。
「ごめん、アルト。あたしを『スフィア』の前に連れて行ってくれる?」
「? 構わないけど……」
アルトの手を借りて、あたしはよろよろと立ち上がった。
「……ノアちゃん、聞いてほしいことがある」
【はい、プリンセス・ステラ。何でしょうか?】
「その呼び名がふさわしくないの、ノアちゃんならわかってるよね?」
【推測。『ノア・システム』はさきほど、コールドスリープカプセル近辺において、爆発物が使用された痕跡を確認しました。これと関係があるようですね?】
「そう。あたしはノアちゃんを爆弾で壊そうと……ううん、殺そうとした。あたしの身勝手で、くだらないわがままのために」
あたしは『スフィア』の正面――主砲の前に立った。
「ステラ!?」あたしを呼ぶアルトを手で制する。
「あたしは絶対にしちゃいけない、最低のことをした。自分の居場所を守るために、ノアちゃんと『スフィア』をねたんで、ノアちゃんを殺そうとした」
【……】
「あたしは、その罪を償わなきゃいけない。だから、ノアちゃんの好きなようにしてくれてかまわない。あたしを海に放り出してもいいし、押しつぶしてもいいし。なんならそのビーム砲であたしを焼いてくれてもいい」
あたしは本心を言った。あたしがしたことは、事情がどうであれ絶対に許されないことだ。だって、『家族』を殺そうとしたんだから。その罪は、償いきれるものじゃない。
「ノアちゃん、お願い。――あたしを裁いて」
「待つんだ、ノア、ステラ! ノアもわかるだろ? あのときのステラの心はもう限界で……」
【無礼ながら申し上げます、マスターアルト。黙っていてください。今は『ノア・システム』とプリンセス・ステラが話をしています】
「アルト、ごめん、黙っててくれる? これはあたしたちの話なの」
まっすぐにノアちゃんの――『スフィア』の主砲を見つめる。大津波も、岩石も吹き飛ばしたビーム砲。ノアちゃんがほんのすこしエネルギーを出しただけで、あたしなんか一瞬で蒸発してしまうだろう。そしてあたしは、そうされることを覚悟していた。
だけど、ノアちゃんは。
【……感謝します。プリンセス・ステラ】
「……え?」予想してなかった言葉にあたしの頭が混乱する。
【あなたが極限の精神状態の中で生活していたことを私は理解しています。そもそもこの「赤い地球」で暮らすことが、どれほど過酷であったことでしょう。あなたは過ちを犯したと思っているかもしれません。しかし、そのような状況下にあっても、あなたは最善を模索し、行動していました。あなたがいなければ、マスターアルトも、『ノア・システム』もとっくに終焉していたのです。ステラ、あなたはまさしく地球のお姫さまなのです。『ノア・システム』はあなたを誇りに……いいえ、あなたに『家族』と言ってもらえたことに、本当に喜びを感じています】
「ノアちゃん……」
【非礼ながら申し上げます。ステラ……ありがとう】
あたしは『スフィア』の外殻に寄り添って、無機質な金属を撫でた。でもそこには、確かにノアちゃんの体温と、心があるように感じた。
「ノアちゃん……」【……ステラ】
お互いの名前を呼びあって、お互いのぬくもりを感じる。アルトが後ろからあたしの肩を抱きしめてくれた。
――嬉しい。
あたし、生きててよかった。
***
「しかしまあ、今回は本当に。奇跡を奇跡で煮込んで、奇跡をぶっかけたって感じだったねー」
夜の波と風を感じながら、あたしはつぶやいた。
「そうだね、本当に危なかった」あたしの背中を抱っこしてくれてるアルトも同じらしい。
だってそうじゃん? 星のカケラでつくった『星の杖』がノアちゃんと『スフィア』に適合して、十分なエネルギーを発揮して、津波を追い払って、最後のでっかい岩を、ノアちゃんと『あの子』が粉砕してくれた……。
「考えれば、もう最初っから奇跡だったよ。星のカケラがノアちゃんの腹ペコを解消してくれるなんてさ」
【ハラペコという概念はよくわかりませんが……プリンセス・ステラ、それは偶然ではないのです】
「えっ?」
【ステラが考えているのとは逆なのです。もともと宇宙移民計画は、『スター・フラグメント』――『星のカケラ』を発見したことから始まったのです】
ノアちゃんが驚きの話をし始めた。
【宇宙探査機が持ち帰った『スター・フラグメント』……。エネルギーとしても素材としても使用可能な、未知の鉱石であり、元素。これをもっと手に入れることができれば、人類は外宇宙に進出し、さらなる繁栄を遂げることができる……。そう思った科学者たちは、外宇宙への探査と移民を計画した。その『スター・フラグメント』を使用した実験機が『スフィア』なのです。ゆえに、いまの赤い地球に残された『星のカケラ』が『スフィア』に適合するのは、当然のことだったのです】
「へー。昔のあたまいい人はすごいねえ。まあでもとにかく、あのムカつく小惑星が、たったひとついいことをしたのが、『星のカケラ』ってことかぁ」
【どうでしょうか……。『ノア・システム』をはじめとしたAIや科学者たちが、『星のカケラ』の特性をもっと理解していれば、あの小惑星の危険性にもっと早く気づいていれば、青い地球は赤い地球になることはなかったのかもしれません。わたしたちは、利益を求めるあまり、リスクに目を向けずにいた……】
「もうやめるんだ、ノア」アルトがきっぱりと言った。
【マスターアルト……?】
「確かに、ボクたちのせいで『青い地球』は『赤い地球』になってしまったのかもしれない。だけど今日、ノアとボクは、ステラと、ステラの家族を助けた。それも事実だ。ステラもそれはわかってくれるだろ?」
「あったりまえじゃん。誰か一人でも欠けてたら、あたしたちはみーんなオシャカだったんだよ。誰が良い悪いなんて、考えなくていいと思う。だからさっき、ノアちゃんはあたしを許してくれたんでしょ?」
【……はい、たぶん、そうだと思います……】
「なら、もう誰も、何も、憎む必要も恨む必要もない。ボクたちはこの赤い地球で、精一杯生きて、生き続けていくだけさ」
「アルトのいうとおり! というわけでノアちゃんも、この赤い地球で頑張ってもらうよ! ……『スフィア』の上半分が、あの岩でブッ飛んじゃったのは、ちょっと誤算だったけど……」
【それは問題ありません。『スフィア』にはナノマシンによる自己修復能力が備わっていますから、『星のカケラ』を分けていただければ、時間はかかりますが全力発揮可能になります】
「なるほど、おなか一杯食べて休めば、元気になるってことだね。明日、みんなが来たら伝えておくよ。ノアちゃんがどんぶり山盛りの星のカケラを食べたいって言ってた、って」
【勘弁してください……】ノアちゃんの恥ずかしそうな声に、あたしはカラカラと笑った。
***
みんなで海と星を眺めながら、いろんなことを考えて、話した。これまでのこと、これからのこと。あたしたちのこと、みんなのこと。いろんなことを、たくさん。
「とりあえずノアちゃんが目を覚ましてくれたわけだから、『ノア計画』はおしまいってことになるんだけど……これからどうすればいいかなあ?」
【提案。『スフィア』が移動可能なレベルまで修復されたら、村の近くまで移動します。そして『スフィア』の技術を流用して、まずは村の環境を改善しましょう。それからのことは……またあとで考えればよいかと。申し訳ありません。プリンセス・ステラ。『ノア・システム』はまだ現在の地球の十分なデータを持っていませんので……】
「大丈夫だ、ノア。少しずつやっていこう。ボクと、ステラと、ノアと、みんなで。少しずつ」
「あたしもそれに賛成。まあ、とりあえず十分な食べ物と水だけは確保したいけど。食べ盛りの子どもたちとかいるからさ」
【了解しました、プリンセス・ステラ。まずは食糧と水に関わるシステムの修復に注力します】
「……ノアちゃん、何度も言ってるけどさ。その、プリンセス・ステラっての、いい加減にやめない?」
【否定。ステラは星の王子さまのパートナーなのですから、地球のお姫さまが適切かと思いますが】
「その理屈はわからんでもないけど……。でもあたしはやっぱりお姫さまってガラじゃないからねえ」
「ステラはかわいいんだから、お姫さまでもいいと思うんだけど」
「アルトまで、勘弁してよ……」こんな、おバカで泣きべそかいて王子様に頼りっきりのあたしが、お姫さまなんて名乗れっこない。
「まあでも、二つ名っていうか、肩書きみたいなのは欲しいよね。これから『スフィア』の技術を使っていろいろやっていくことになれば、旅をしたり、いろんな人に会うことになるだろうから」
なんかないかね。お姫さま呼ばわりはその、そりゃあもちろん、女の子だから悪い気はしないけど、初対面で言ったらアホ認定間違いなしだからなあ。
二つ名、肩書きかぁ。星のカケラを探す仕事をしてるんだし、星に関するものがいいけど。
そのとき、あたしは浜辺に一本の棒が打ち上げられていることに気づいた。
その棒は妙に長くて、先っぽになるほど細くなっていた。ぶんぶん振り回すとよくしなる。持ち手の近くには、ぐるぐる回るハンドルのようなものがついていた。
「これ、なんだろう? アルト知ってる?」
「それは釣り竿だよ」
「釣り竿?」
【説明。釣り竿は、海や川、浜辺で魚を釣り上げるための道具です。もっと大規模なものや自動に巻き上げるものなどもありました。プリンセス・ステラが手にしているものは、一人用の】
「オーケイわかった。ただし、それ以上プリンセスって呼んだらこの釣り竿でおしりをぺちぺちするよ、ノアちゃん?」
【恐怖。前言を撤回します。今後は、美しく聡明で、お姫さまにふさわしいステラちゃんさまとお呼びするこ】
ぺちん。
あたしは釣り竿で『スフィア』を軽くたたいてやった。
【暴力反対、ですが理解。ジョークプログラムを過度に使いすぎました。今後はステラちゃんと呼ばせていただきます。これで『おあいこ』ということになると考えます】
「落差がすんげえなあ……うん、でもそれでいいよ、ノアちゃん」
というわけで、あたしはめでたく地球のお姫さまの座を追われたわけだが、そうなるとあたしの仕事はなんなんだってことになる。
「星、んでもって釣り竿……。釣りか……」
いままで、海や浜辺で星のカケラを拾ってきた。だから星拾いって名乗るのもありかと思ったけど、せっかく釣り竿のことを知って、一つの言葉が思いついたから、変えることにしよう。
あたしがこれまでやってきて、これからもやっていく仕事。赤い地球を青い地球に変えていけるかもしれない、可能性を生み出す仕事。
それは。
「星釣り、にしようかな」
「星……釣り?」
「うん、きーめたっ。別に釣り竿で釣ってるわけじゃないけど、海で星のカケラを集めているんだから、いいんじゃないかなあって?」
あたしはアルトとノアちゃんに言った。キラキラの星空の下で、赤い地球の大地の上で、星の王子さま――あたしの大好きなアルトと、あたしたちの家族、ノアちゃんに向かって、ほほえみながら。
「あたしはステラ。仕事は星釣り。あたしは――星釣りのステラ」
(おしまい)




