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第13話 さよなら

【エネルギーユニット、出力低下。メイン・ステッキに亀裂発生……!】


 冷静沈着なノアちゃんが発したものとは思えない、震えた声を聞いて、あたしはものすごい寒気を背中に感じた。ヤバい、なにかわかんないけど、間違いなくすっごいヤバいことになってる。


「ノアちゃん!? いったいなにが起こってるの?」


【エネルギーユニット内のメイン・ステッキ……『スター・フラグメント』に亀裂が生じました。メイン・ステッキ、臨界状態維持不能、亀裂拡大、崩壊継続中。防御システム、ダウン。重力場システム、ダウン。攻撃システム、出力ゼロ。『スフィア』及び『ノア・システム』戦闘続行不能】


「そんな……みんなが作ってくれた『星の杖』が、ここで……!?」アルトがこぶしを握って呻く。


【申し訳、ありません、マスターアルト、プリンセス・ステラ。大自然を甘く見ていたのは、『ノア・システム』のほうでした】


 ノアちゃんがひどく落ち込んだ声で言う。


「で、でも、だいぶ海水も減ってたし、これならきっとちょっとどんぶらこはしちゃうかもだけど、村もあたしたちも大丈夫なんじゃないかな? かな?」


 実際はあたしも全然大丈夫だとは思っていないけれど、沈痛な空気に耐えられなくて軽口をたたいてみた。んだけど――


【否定。プリンセス・ステラ、これをみてください】


 あたしの軽口はノアちゃんが開いてくれた一枚きりのホログラムモニターによって叩き潰された。




『岩』だ。




 めちゃくちゃでっかい『岩』。


「なんなんだ、これは……!?」モニターを見てアルトが戸惑いの声を上げた。


 モニターの中には、津波に押し流されながら『スフィア』に向かってくる大きな岩が映っていた。まだまだ遠くだから感覚が狂いそうだけど、その岩は明らかに『スフィア』の何倍ものサイズがある。


【……燃え残った小惑星の岩石塊です。津波の脅威は排除できましたが、岩石塊の運動エネルギーは維持されています。岩石塊は『スフィア』への衝突コースを取っており、あれが直撃した場合、『スフィア』は確実に破壊されます】


「なんとかならないの!? さっきの光の柱とかで!」


【謝罪。プリンセス・ステラ、現在の『ノア・システム』にはその命令を実行できません。エネルギーユニット内のメイン・ステッキ――『スター・フラグメント』が崩壊したため、戦闘システムの稼働に必要なエネルギーを確保できません】


「ノア……」アルトがノアちゃんのコアユニットを見つめる。


【申し訳ありません、マスターアルト。現在の『ノア・システム』には、『スフィア』を防衛する手段が、あなたがたを守る手段が……ありません】


 ノアちゃんが悲し気な声で残酷な現実を告げる。


 そして、ノアちゃんがあたしたちにさらに残酷な言葉を投げかけた。


【……提案。マスターアルトおよびプリンセス・ステラ。ふたりはただちに本船を脱出、放棄し、海岸から離れてください】


「――ノアちゃん、なんて言ったの? ノアちゃんを捨てて、あたしたちだけで逃げろって言ったの?」


【その通りです。マスターアルトとプリンセス・ステラの生命を守ることが、『ノア・システム』の最優先事――】


「ふざけないでっ!」あたしはルームの壁がビリビリって震えるんじゃないかってくらい、思いっきり大声で怒鳴った。驚くアルトを横目に、あたしは続ける。


「めそめそしてたあたしがいうのもあれだけど、そんなのダメ! あたしが悪かった! 誰かが犠牲になろうとするの、もうやめよう! ノアちゃんも、アルトも、あたしも、みんな一緒に生きるの!」


 ついさっきまでの自分のことを思いっきり棚の上の上の一番上までブチ上げて、あたしはめちゃくちゃ身勝手なことを言った。


 わかるよ。あたしよりずっとずーっと頭のいいノアちゃんが言うことなんだから、逃げるのが一番正しいことなんだろう。それはわかるし、そうしたほうがいいんだろし、ノアちゃんはそうしてほしいんだろう。


 でも、あたしは、そうしたくなかった。したくないんだ。


 アルトと目が合った。アルトの目の中にも、同じ気持ちがあるのがわかった。


 もう誰も――独りにさせたくない。したくない。なりたくない。


「みんなで探そう、方法を! 最後の最後まで! あきらめずに!」


「ステラ……」【プリンセス・ステラ……ですが……どう計算しても……】


 考えろ、考えろ、考えろ! あたしのバカな脳みそ。ここで焼き切れてもいい、どんなバカな突拍子もない考えでもいい、なにかないか、なにか――




 ――ぐうううううう。




 あたしのおなかから間抜けな音がした。腹の虫だ。少しは空気読めよ……。


 そういえば、朝から何も食べてないや。もう腹ペコだ。あたしもエネルギー切れってことか――エネルギー切れ……




 ん? 待て? 待て待て待て?




 さっきノアちゃんは言ってた。




『スター・フラグメント』が崩壊、エネルギー残量、ゼロ……って。




「ねえ、食いしん坊のノアちゃん、聞きたいんだけど」


【く、食いしん坊? ステラ?】


「船はまだ壊れていないんだよね? なら、エネルギーさえあれば、まだ戦えるの?」


【こ、肯定。ですが、本船にはもう『スター・フラグメント』は……】


「あるよ。『スター・フラグメント』が。ううん、『星のカケラ』が!」


 あたしは首からぶら下がっているあのねじをつまんで、ノアちゃんのコアユニットに近づけた。ねじからはさっきと同じ、ポワポワした光が湧いていて、ほのかなあたたかさをあたしの指に伝えてくる。


【それは……そのペンダントのようなものは……解析……確かに、『スター・フラグメント』……】


「『星の杖』よりはずっとずっとちっちゃいけどさ、あのくそったれ大岩野郎に、一発カマすくらいできない?」


【急速解析……完了。はい、その分量の『スター・フラグメント』があれば、主砲を一回、発射することが可能です】


「わかった。……うん、わかった」




 ねじを胸元に抱いて数秒だけ、あたしは願った。




 ――最後まであたしのワガママに突き合わせてごめんね。でもお願い、ノアちゃんと、アルトと、あたしが生きるために、生き続けるために、力を貸して――




「――ノアちゃん、今から動力炉に行って、『星の杖』のかわりにこの星のカケラを入れる。その力で、あの岩っコロにぶちかましてやって」


「ステラの言う通りだ……やってみよう、ノア! なんとかなるはずだ!」


【……不同意。主砲の一発だけであの岩石塊を破壊できるか、確定できません。さらに、エネルギーユニットルームは現在すさまじい高温状態になっています。入室した場合、マスターアルト及びプリンセス・ステラの生命に危険が――】


「ごめんノアちゃん、よく聞こえなかったなぁ。ね、アルト?」ノアちゃんの声を遮って、あたしはアルトに目配せする。


「……うん、聞こえなかったな。さぁステラ、どうしようか?」


「決まってるじゃん。今から動力炉に行って、ノアちゃんにとびっきりのごちそうをするんだよ!」


【ま、待ってください!】




「「待たない!」」




 あたしとアルトはコアユニットルームのドアを開ける――のもめんどくさくて、ふたりで勢いよく蹴り飛ばした。転がる子ヤギのようにガラガラドンと飛んでったドアを尻目に、一目散に動力炉に向かう。


『スフィア』の中はものすごい温度になっていた。床や壁が赤熱していて、靴底が床に張り付きそうなほどだ。素手で触ったら、それこそ真っ黒こげになってしまうだろう。


 けどこれは、ノアちゃんががんばってくれた何よりのあかし。今度はあたしたちががんばる番だ。


 もうすでに勝手知ったる『スフィア』の中、あたしたちはすぐに動力炉にたどりついた。


 ノアちゃんの言ったとおり、通路とは比較にならない熱が部屋の外にまで漏れてきてる。最悪、中に入ったとたんに、あたしたちは消し炭になっちゃうかもしれない。


 それでも、やらなきゃいけないんだ。


 あたしはねじを両手でぎゅっと包んで、胸元にしっかりと抱きかかえた。このねじが――この子が最後の希望だから。


「アルト、あたしが星のカケラを投げ込む。お願い、道を拓いて!」


「任せろ!」言うが早いか、アルトは中に飛び込んでいって、動力炉のフタに手をかけた。ものすごい高温で、たちまち手袋が燃えだしてしまう。


「うぐっ……おおおおおおっ!」アルトが吠えた。


 右手で力任せに動力炉のフタを持ち上げて、左手でメイン・ステッキ――『星の杖』を引き抜き放り投げる。『星の杖』はノアちゃんの言ってたとおりひびだらけになっていて、床に転がった衝撃でバラバラに砕け散った。


「ステラ! 今だっ!」


 動力炉にぽっかり空いた、絶望の暗闇。


 そのなかに、あたしは最後の希望、星のカケラを――あの子を投げ込んだ。




 あの子が暗闇に入った瞬間、あたしの視界が光に包まれた。




***




 ――あれ?


 なんかポワポワしたところにいる? あたしは動力炉にいるはずじゃあ――


『ステラ』


 声が聞こえた。そっちを見る。


「あっ……」


 そこにあったのは、忘れもしない、決して忘れられない。


 あの子の……あたしの『相棒』の、シルエット……。


『これで、お別れだね』


「……そうだね。ごめん、最後の最後まで、あたし、あなたになにもしてあげられなかった……」


『何を言っているの、ステラ』


 シルエットがふるふると震える。


『ステラは、一緒に生きてくれたじゃないか。ぼくと走って、ぼくを直して、ぼくと笑って、生きてきたじゃないか。それだけで、ぼくはじゅうぶん幸せだったよ』


「……ありがとう」




『ぼくの最後のお願い。……生きて、生き続けて、ステラ。――さよなら!』




「――さよなら!」あたしは涙声で絶叫した。




***




 ――視界が動力炉に戻ってくる。


 はっきり見える! あの子が、暗闇の中で、小さく、ほのかに、大きく、鮮やかに、輝いていくのが――!


「ノアちゃん!」「ノア!」


【『スター・フラグメント』……いいえ、『星のカケラ』装填を確認! ふたりとも、ユニットから離れてください!】


「「了解!」」


 部屋を出たあたしを守るように、アルトが覆いかぶさってくれる。あたしもアルトを力いっぱい抱きしめる。




【戦闘システム開放! 主砲発射!】




 次の瞬間、光と、音と、衝撃で、あたしの意識は吹っ飛んでいった。




 ***




 星が見える。遠い遠い宇宙そらの――




 波が響く。遠い遠い海の――




「ステラ、起きて、ステラ……」【プリンセス・ステラ、目を覚ましてください……】




 声が聞こえる。近く近く。あたしの、たいせつな、かぞくの――




「……アルト、ノアちゃん……」




 ぼやけていた意識が戻ってくる。


 アルトがあたしを抱き起してくれている。


 ノアちゃんの声が聞こえる。


 『スフィア』の天井に大穴が空いているのが見える。


 あたしたちの周りに、大小の岩や破片が転がっているのが見える。




 手のなかに、もうあの子は、いない。




 アルトの心臓の音が聞こえる。ノアちゃんの鼓動を感じる。




 あたしの心臓の音が聞こえる。




 ――生きてる。




「ミッション・コンプリート、かな?」




「そうだね」アルトが笑う。




肯定イエス・マム。わたしたちの勝利です】




「へへっ……」あたしは軽く笑って、星空に指を立てて言ってやった。




「残念だったね、お星さま。今回は、あたしたちと、あの子の、勝ちだよ」




(最終話に続く)

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