第12話 『ノア・システム』
【『ノア・システム』スリープ解除】
その声は、あたしもアルトも聞いたことのある声で、いちばん聞きたかった声だった。
あたしは気づいた。――ノアちゃんのコアユニットの輝きがどんどん増していく。
【実施。『ノア・システム』及び『スフィア』再起動開始。エネルギー残量を確認中。内部スキャン及び外部スキャン開始。エマージェンシー。コアユニットルームに人間ふたりを確認……!? マスター? マスターアルトですか!?】
ノアちゃんがはじめての驚きの声を上げた。
「……ノア? ノアなのか? そうだよ、ボクだ、アルトだ! ノア!」
【ああ、マスターアルト、ご無事で何よりです。生きてくれたのですね。生き続けてくれたのですね】
「うん、生きられたんだ、生き続けられたんだ! ぜんぶノアとステラのおかげだよ!」
【歓喜。……ステラ!? そこにいるのはステラではありませんか!?】
「う、うん、あたしだよ、ノアちゃん。おひさしぶりだね!?」
【照合……不要。『ノア・システム』をノアちゃんと呼称する人間は、『ノア・システム』起動から現在に至るまで一名のみ。ああ、おひさしぶりです、そして、ありがとうございます、プリンセス・ステラ】
「プ、プリンセス!? なんで?」
「ノア、話したいことはいくらでもあるんだけど、いまはそれどころじゃないんだ! 小惑星の破片のせいで、津波が……」
【認知。『ノア・システム』外部センサー全周捜索終了。本船に大規模な津波が接近中。高さは本船の約十倍。総海水量、計測不能】
「「十倍!?」」
この『スフィア』の十倍の高さ? 『スフィア』だって人間の何倍も大きいのにその十倍? とんでもないってことしかわからない、想像もできない高さだ。それに、そんなにものすごい津波だとしたら、もしかしたら村にまで届いてしまうかもしれない。そうなったらみんなが、家族が……!
「ノアちゃん、助けて! このままじゃ村のみんなが! おねがい、助けて!」
「ノア、頼む! なんとかしてくれ!」
【了解、我が主。エネルギーユニット確認。組成および分子構造から現在のエネルギーユニットにおけるメイン・ステッキは『スター・フラグメント』であることを確認。安全装置、問題なし。エネルギーユニット、全力運転開始。マスターアルトおよびプリンセス・ステラに対し、ホログラムモニター展開】
キーンという、耳鳴りのような甲高い音がし始める。同時に何枚かのポスターのようなもの――ホログラムモニター? が空中に現れた。そのうちの一枚に、外の様子が映っている。
「なにこれ……!?」
それはまるで『海の壁』だった。空がまったく見えない。さらにそれがどんどんこちらに迫ってくる。こんなの、どうしようもない。人間の力じゃかないっこない。
「こんなのめちゃくちゃだよ! ノアちゃん、逃げよう! 村まで行って、みんなと一緒に――」
「ステラの言う通りだ! こんなの、人間の力じゃどうしようもない!」
【否定。心配には及びません。プリンセス・ステラ及びマスターアルト。『ノア・システム』にお任せください】
ノアちゃんのコアユニットと、モニターの一枚に映っている動力炉の『星の杖』が、より一層まばゆい光に包まれていく。
【『ノア・システム』及び『スフィア』戦闘システム起動】
ノアちゃんの声が厳しく、低くなった。
【攻撃システム運転開始。主砲、大規模津波および海水塊に対し、超々高エネルギー電磁砲、照射開始】
ホログラムモニターの中で、津波に向かってものすごくぶっとくて青白い光が突っ込んでいった。雷のようなビリビリをまとったその光が海に突き刺さった瞬間、真っ白な煙が――蒸気がものすごい勢いで噴き出した。
海水が、まるで爆発するかのように瞬時に蒸発して消えていき、それが晴れて星空の輝きが見えてくる。蒸気の勢いなのか光の柱のせいなのか、『スフィア』がビリビリと細かくゆれているのがわかる。
あたしとアルトは壁に張り付きながら見守ることしかできない。
光の柱が海水をどんどん蒸発させて、消し飛ばしていく。それでも、津波はどんどん次から次へとこちらへ突っ込んでくる。
「ノアちゃん、だいじょうぶ!?」
【問題ありません。主砲、範囲及び出力を三倍に増大。副攻撃ユニット、全機照射開始。続いて、防御システム運転開始。重力場ユニット、広域斥力場展開。海水の運動エネルギーに対し、反転干渉開始】
ノアちゃんが言っていることもやっていることも、なにがなにやらさっぱりわからないけれど、『スフィア』とノアちゃんががんばってくれてるのはわかった。
モニターの中、最初の光の柱はどんどん太くなっていって、ほかにも次々と光の柱が津波に突っ込んでいく。蒸気がどんどん膨らんで消えていき、そのぶん海水が減っていってる。そんでもって、津波の勢いがじわじわと弱くなっていく。
それでもまだ、津波はなくならない。だんだん海水が減ってきたから、村に届く心配はもうなさそうだけど、このまま波にさらわれてしまったら『スフィア』は破壊されてしまうかもしれない。
【思ったよりやりますね。それでは、こちらもそれなりに。――大自然の脅威だか何だか知りませんが、人間と『ノア・システム』を甘く見ないことです】
ノアちゃんが初めて、強い感情のこもった声で言った。
【『ノア・システム』及び『スフィア』全戦闘システムのリミッター、解除。移民船モードから戦闘艦モードに移行完了。エネルギーユニット出力、四百パーセント増加。主砲及び副砲、全力照射。防御システムを攻撃システムに転換。斥力場、狭域モード。運動エネルギーに対する強制反転開始。重力場、範囲最大、出力、地球基本重力の五十倍。メイン・ステッキ『スター・フラグメント』臨界点突破】
船じゅうからものすごい音がして、そんでもって船の外からもすさまじい音がして、あたしの、そしてたぶんアルトも、あたまの中がぐわんぐわんゆれてまともに立っていることもできない。
でも、モニターの中、光の柱と、ふしぎな力に津波が押し戻されていく!
「よっしゃあ、このままいっけえー! ノアちゃん!」
――ブツン。
「えっ?」
ホログラムモニターが消えた。ルームの照明が消えた。船の振動が消えた。ノアちゃんのコアユニットの輝きが、消えていく。
【問題発生。エネルギーユニット、出力低下。メイン・ステッキに亀裂発生】
(つづく)




