第11話 目覚め
――朝、出発の時間。むやみに村の人を心配させたくなかったから、計画実行のために村を出ることは、宿屋のおかみさんにしか話さなかった。
おかみさんは優しくほほえみながら「必ず帰ってくるんだよ。ごはん、用意して待ってるからね」と言ってくれた。アルトとあたしは「はい」とだけ答えてバイクに乗り、振り返らずに『スフィア』を目指した。
赤い地球に残された、ただひとつの希望に向かって。そして、あたしたちの大切な『家族』を救うために。
一時間後。
あたしとアルトは『スフィア』に来ていた。ここからは完全に未知の領域。そうさ、今こそアドベンチャーってやつだよ。
「アルト」「ステラ」あたしたちはお互いの名前を呼びあって、目を見て、頷き合った。
その後、あたしは静かに宣言した。――ノアちゃん、待ってて、いま行くからね。
「――『ノア計画』ミッションスタート!」
***
え~、息巻いてミッションスタートを宣言したのはいいことなのだ。でもあたしたちにできるのは、動力炉にいって『星の杖』を差し込むことだけなのだ。そんでいまはもう動力炉の部屋の中なのだ。わかりやすいことはいいことなのだ。
あたしは巻いていた布とヒモを解いて、『星の杖』を取り出した。あたしが集めて、アルトが考えて、みんなにつくってもらった『星の杖』。それは星のカケラと同じくきらきらと七色に輝いて、ほのかなあたたかさと光を放っていた。
「あたたかいね」「そうだね」
あたしが持っている『星の杖』にアルトが触れて、嬉しそうにほほえむ。けどそのほほえみはすぐに消えて、アルトは心配そうな顔をあたしに向けてきた。
「――ステラ、本当にいいの?」
「それはもう、何回も話し合って決めたじゃん。ふたりで一緒にやろうって」
計画が完成したとき、アルトが『星の杖』を使うのは自分一人でやる、って言いだしたんだ。
それは、あたしを巻き込まないためのアルトの優しさだった。なにしろ、これから何が起こるか、ほんとになんにもまったくわからないんだから。
けど、あたしはそれを断った。たしかにあたしだって怖い。でも、アルトを独りにしたくなかった。独りのつらさとさびしさを、あたしは誰よりも知っているから。それに、あたしはノアちゃんに謝らないといけないから、ね。
あと、昔のおとぎばなしはだいたいそうだったみたいだけどさ。
「王子さまのとなりには、お姫さまがいるものでしょう?」
あたしはそう言っておどけて見せて、ふたりで笑った。
動力炉の分厚いフタを開けて、あたしたちはふたりがかりで慎重に『星の杖』を差し込んでいった。ほかに何本も差し込まれていた真ん中のより細い棒は、先にすべて取り除いておいた。だからいま、動力炉には『星の杖』だけがあることになる。
『星の杖』は動力炉にぴったりと差し込むことができた。パーフェクトだ、おっちゃん。あたまのなかのおっちゃんが「感謝の極み」って言ってる気がした。
『星の杖』はまるで最初からそこにあるべきだったかのようにきれいに収まって、きらきらと輝いている。
「おねがい、届いて……ノアちゃんのところに……」
――待つ。――待ち続ける。
一分? 十分? 一時間? 外は昼を過ぎて、もう夜かもしれない。
――何も起きない。何の反応もない。それでも、座り続けながらひたすら待つ。
「何も起きないね……」
「焦らないで、アルト。ノアちゃんがあたしを見つけた時も、『スフィア』に寄りかかってしばらくたってからだったし。もう少し待ってみようよ」
「そうだね。でも……ステラ、感じる?」
「……うん、感じる。――この船、揺れ始めてるね」
じっとしていないとわからないけれど、床が、前後左右へ、不規則に揺れているのを感じた。
満潮の時間が近づいているんだ。
「なんで? 計算では明日だったはずなのに……!」
「アルト、落ち着いて。いつだって計算外のことは起こるよ。あたしの赤い地球でも起きるし、あなたの青い地球でも起きたでしょ?」
あたしも怖かったけど、明らかにアルトのほうが動揺していた。あたしは自分の恐怖を押し殺して軽口をたたいて、アルトを落ち着かせようとした。
――そのとき、音が聞こえた。
でもそれは……期待してたノアちゃんの声じゃなくて、おまけに船の外から聞こえてきた。
何かが落下してくるような……ううん、間違いなく落下してくる、すさまじい音だった。
ゴオオオオオオオ――ッ……
その音は『スフィア』の真上を通過していった。
――まさか。
しばらくして、夜の空気をぶっとばすようなドドドドーン! という轟音で、地面が激しく揺れた。それは、忘れもしない、この間『星の王子さま』が地球にやってきたときのと同じ音――!
「こ、この音は? それに揺れが……!」
「まずい! 破片が海に落ちたんだ! しかもでっかいやつ!」
ということは。
「ヤバい……マジでヤバいよ! 津波がくる!」
最悪を最悪で煮込んで、最悪をぶっかけたような状況になってしまった。前に『スフィア』が落ちたときは、ノアちゃんがしーるどだかなんだかでなんとかしてくれたみたいだけど、そのノアちゃんはまだ目を覚ましてない。つまりいまの『スフィア』は完全に無防備な状態。
津波に流されてしまえば、もうおしまいだ。そのまま山か谷かがれきにぶつけられて『スフィア』がバラバラになるか、引いていく波にさらわれて大海原にどんぶらこしてしまうか、そもそも海水の圧力に耐えられなくてぺしゃんこになってしまうかもしれない。
「……アルト、逃げて!」
「えっ!?」
「早く逃げて! あなたひとりなら、バイクで逃げられる! 村の人たちに、このことを伝えて!」
「でもそんなことしたらステラは?」
「あたしは……いい。あなたを赤い地球に落としたのはあたしだから。その責任をここでとるよ。ノアちゃんは、あなたに生きてほしい、生き続けてほしいって言ってた。あたしはもう、どうなってもいい。だから、あなただけでも――」
あたしの言葉はそこで止まった。理由は単純明快。
アルトがあたしをひっぱたいたからだ。
「アルト……?」
「ふざけたこと言うな! ボクのステラの、ボクの家族の命を、どうなってもいいなんて言うな!」
「……ごめん」
「探そう! なにか方法を! きっとまだ、できることがあるはず!」
「で、でも、できることはもうぜんぶ……」
「……ノア! そうだ、ノアのところに行こう!」
「ノアちゃんの? ノアちゃんの、コアユニットに?」
「うん、もしかしたら、ノアだけでも目を覚ましてるかも! そしたら、何か方法が――!」
言うが早いか、アルトは駆け出し、あたしはそのあとをおって動力炉を飛び出した。――最後の希望に向けて。
ノアちゃんの――『ノア・システム』のコアユニットルーム。
アルトの期待とは正反対に、ノアちゃんのコアユニットは、前回訪れたときとまったく同じ状態だった。
透明な球体の中にある、きれいな青と緑が揺らめく、小さな球体。
その儚い鼓動には、何の変化も起きていない。
「そんな……」アルトが目を見開いて声を絞り出す。
「……」あたしは言葉が見つからなかった。
どうして? やっぱり『星の杖』じゃ駄目だったんだろうか? エネルギーにならなかった? 足りなかった? ほかのやり方じゃないといけなかった? なにかスイッチとか、操作が必要だった? あたしたちの知らない何かが欠けてた? 『スフィア』を安全な位置に動かして、もっと時間をかけたほうが良かった?
――それとも、あたしの爆弾のせい?
もう考える時間はない。音で分かる。津波はどんどん近づいてる。
「アルト、ノアちゃん……ごめん、ごめんね」思わず膝をついてしまう。
「ステラ、しっかりして、きみのせいじゃないだろ、どこか安全な場所を探そう!」
「あたしのせいだよ! あたしがバカでダメでクズだから、アルトが、ノアちゃんが! あのバイクだって! みんなあたしのせいで!」
胸元にずっと下げている、あのバイクのねじをぎゅっと握りしめる。
あたしがバカじゃなかったら、走っていられたバイク。
あたしがダメじゃなかったら、生きていられたノアちゃんと『スフィア』。
あたしがクズじゃなかったら、生きていられたアルト。
「アルト、お願い。逃げて! それがノアちゃんの、ノアちゃんとあたしの約束なの!」
「ダメだ、しっかりしろ! さっき言っただろ!? ステラを置いてなんかいけない!」
どうしても足腰が立たないあたしを、アルトは必死に立ち上がらせようとする。
ああ、本当に、どこまでも優しくて、たくましくて、強情な子だなあ。
こんな素敵な『星の王子さま』だから、ううん、アルトだから、ノアちゃんも必死に守ろうとしたんだね。
――ノアちゃん、今度は、あたしがアルトを守るよ。
「ありがとう、アルト」
あたしは力を振り絞って立ち上がると、アルトを突き飛ばした。
「ステラ!? なにを……っ!?」
「行って! 生きて!」
いきなりのことでよろめいたアルトを無理やりコアユニットルームの外まで押し出す。暴れるアルトの手が引っかかって、あのねじがシャツの下から出てきた。
ルームに戻ってこようとするアルトを、もう一度無理やり、今度は全身で押し飛ばす。
コアユニットルームのハッチを力任せに閉める。
あのねじが、胸元に降りてきて、ちょうどあたしの手に収まった。
――おねがい。あなたも、一緒に願って。
ハッチの向こうでアルトが叫んでいる。
「――生きて。生き続けて。アルト。――さようなら」
ねじを両手で包み込みながら、アルトの目を見て、言った。
そのとき。
手の中のねじが――『星のカケラ』が、小さく、ポワッと輝いた。そして、
――ピピッ。
機械的な音が響いた。
【『ノア・システム』スリープ解除】
(つづく)




