第1話 赤い地球
太陽系、第三惑星、地球。
青い海と、白い雲と、緑の大地。人間と、文明と、たくさんの生き物が繁栄していた星。
たくさんの色に彩られた奇跡の惑星。
――かつてはそうだった。
ある日、地球に、小惑星が接近してきた。
ぶつかることはなかったけれど、小惑星は地球の引力の影響を受けてひび割れて、地球のすぐ近くで大爆発を起こした。
その爆発のエネルギーと、飛び散った大量の破片は、地球のあらゆるところに降り注ぎ、すべてを破壊した。
地球は、そのときたしかに一度、滅亡した。
地球は、「青い地球」から「赤い地球」になってしまった。
***
「――これが、むかしむかし、千年前のおはなし」
あたしは、本を閉じて、目の前の子どもたちに言った。
「ステラおねえちゃん、むずかしいことばがおおくてよくわかんなかった」
目をぱちくりさせている子のために、ステラおねえちゃんことあたしはもう少しやさしいことばで説明してあげた。
「そっか。うーんとね、つまり、でっかいお星さまが、地球のそばにやってきたとき、どっかーんってなっちゃった。で、そのどっかーんとお星さまがばらばらになったやつが、地球をだめにしちゃったってこと」
「でもおねえちゃん、ちきゅうがだめになっちゃったのに、なんでわたしたちはいきてるの?」
「それだけ昔の人はすごかった、あきらめずにがんばってくれた、ってことじゃないかな。だから、あたしたちがこうして生きていられる。うれしいね。さあさあ、お話はおしまい。あたしは仕事にいく時間だから」
「はーい」「おねえちゃん、まったねー!」「おしごとがんばってー」
「前を向いて歩かないと転ぶぞー」元気に走っていく子どもたちを見送ってから、あたしは立ち上がった。いつもありがとうね、と言ってくれたおじいさんに「大したことじゃないです」とペコペコしながら手を振って、そそくさと立ち去った。
服と持ち物を確認する。ポケットがたくさんついたオーバーオールと厚手のジャケット、ゴーグルのついた帽子とマスク、それとでかいバッグ。これが、あたしの仕事着。
ジャケットの左肩には、星の形をしたワッペンを付けている。
書かれた文字は『Stella』――ステラ。
それが、あたしの名前。字も柄もへったくそだけど、あたしががんばってつくったんだよ。
あたしはボロボロにさび付いた階段を音を立てて降りて行った。村の建物はだいたいどこも鉄板や鉄骨、どっかで拾ってきた廃材を組み合わせたものばかり。音を立てずに歩けるのは、むかし東の国にいたっていうニンジャくらいのものだろう。
相棒であるボロボロのバイクに乗って、ボロボロのエンジンをかける。目的地はいつもの浜辺だ。
「今日もよろしくね」バイクをぽんぽんと撫でて、あたしは走り始めた。
***
いつバラバラになってもおかしくないおんぼろバイクで、赤い地球を走る。
砂ぼこりが目と鼻にぶつかってくるのがうっとうしくて、あたしはゴーグルとマスクをつけた。
目に映る景色は、そりゃあひどいもんだ。今日も、昨日も、おとといも――そのずっとずっと前から。
どこを見ても土と岩しかない。生き物はいないし、植物も生えていない。たまに、昔の飛行機や自動車、船の一部、ぐしゃぐしゃになったよくわからない機械のようなものが落ちているくらいだ。
地平線の向こうには、一本何百メートルあるかわからない、でっかいビルが山積みになっている。昔はビルにもいろんな種類があったんだろうけど、今はみんなただのがれきだ。
あたしは村から遠く離れたことがないから、世界のことはわからないけれど、どうせどこも、おなじようなもんだろう。
――昔の地球には、たくさんの色や景色があったそうだ。青色の空、緑色の森、真っ白な雪。黄緑色に光る夜の虫たち、ピンク色の鳥の群れ、色とりどりの花や植物たち――。
今でも一部は記録で見られるらしい。でもあたしは見なかった。人が話しているのを立ち聞きしたぐらいだ。
見たくなかったんだ、もう無くなったものなんて。現実を見なきゃいけないと思った。あたしたちが生きていかなきゃいけないのは、けったくその悪い小惑星がめちゃくちゃにした、この赤い地球なんだから。
「お星さまのバッカやろー! あたしたちの地球をかえせー!」
空に向かって、あたしは悪口を言ってやった。タイヤが小石を踏んづけたのか、がたんとバイクが揺れて、ぎしぎしと音がした。
しばらく走ると、浜辺が見えてきた。千年のあいだに、海だけは自力できれいな姿を取り戻したらしくて、穏やかな波が太陽の光できらきらと輝いていた。自然の力ってほんとにすごいと思う。
バイクを止めて、海をながめる。ゴーグルとマスクを外して、海から流れてくる、砂ぼこりが含まれていない空気を胸いっぱいに吸い込む。あたしはすこしでもその空気をたくさん吸いたくて、からだと背中をぐーっと伸ばした。
「仕事しなきゃね。さて、じゃあ今日もがんばりますか」
海で仕事、といってもサカナをとるわけじゃない。昔、海にはサカナって生き物がやまほどいて、それを捕まえて食べていたらしいけど、今の海には、生き物はいない。少なくとも、浜辺から見えるところには。
じゃあ浜辺で何をするのか? それは小惑星の破片を拾うことだ。
地球をめちゃくちゃにした憎たらしい小惑星の破片だけど、この中には役立つ成分や、金属、資源、それに今の地球では手に入らない元素などが含まれている。もちろんそれはそれでたいせつなんだけど、一番欲しいのはそれじゃない。
本当のお目当ては、たまに破片の中に入っているきらきらした結晶。あたしたちは『星のカケラ』って呼んでる。
星のカケラは不思議な性質を持っていて、機械の動力にすることや、整形してすごく頑丈な部品にすることもできる。ふしぎなふしぎな万能素材『星のカケラ』を見つけて、持って帰るのがあたしの仕事。
あたしはもっぱら、浜辺で星のカケラを探す。千年前の大爆発で、地球のほとんどは海になってしまったらしい。ということは、小惑星の破片の多くは海の中にあるはずだから、海に一番近いところ、浜辺で探す。単純な話だ。それに、波が浜辺に破片を打ち上げてくれるから、あたしはそれを拾い集めるだけでいい。あたまの悪いあたしにもできる、単調で簡単な仕事だ。
村のみんなは、あたしみたいな仕事はしない。みんなは村で、それぞれの仕事や役割を持っているから。それは機械の修理屋だったり、宿屋の経営だったり、小さな学校で勉強をおしえることだったりする。残念ながら、あたしはみんなのために役立つ技術も知識もない。一生懸命頑張って勉強したんだけど、どうしてもあたしにはできるようにならなかった。
そんな自分が、ほかの人に世話になりながら暮らすのは、正直息が詰まった。だからこうして、浜辺で地道に石ころを探すっていう、独りでもできる仕事をしているんだ。
浜辺を歩きながら、星のカケラを探す。ざくざくと、靴と浜辺の間で砂がきしむ音がする。それにかさなる、ざざーん、ざざーんっていう大きな波の音と、ぱしゃ、ぱしゃっていう浜辺で砕ける小さな波の音。
「あ、さっそくいい感じのがある!」
あたしは手のひらに収まるくらいの小ぶりな石ころを拾って、手で砂を払った。
パッと見はただの石だけど、ほんのりあたたかくて、ヒビの中にわずかな光が見える。熱や光は、星のカケラが含まれている証拠だ。いきなり大当たりだ!
「幸先いいな。よおし、今日はたくさん見つけるぞー」
鼻歌を歌いながら、あたしはざっくざっくと浜辺を歩き続けた。
***
「よかったよかった。今日は幸せな日だねえ。こんな景気のいい日が続けばいいのにねえ」
星のカケラでいっぱいになったバッグをポンポンと叩く。バッグはあたしのあたまがすっぽり入るくらいのサイズだから、それなりに大きい。それが満杯になったわけだから、これはかなりの収穫だ。村のみんなに喜んでもらえたらいいな。
あたしはバイクのところに戻ってきて、バッグをバイクの後ろにのせた。ギシギシとバイクがきしむ音がして、あたしはもうちょっと量を減らしたほうがいいかもと、少し不安になった。
夜になりかけていた。休みがてら、砂に腰を下ろして、星空を見上げる。聴こえるのは波の音と、静かな風の音と、あたしの心臓の音だけ。
昔はきっと、虫が鳴く音とか、草木が風に揺れる音とか、もっといろんな音があったんだろうな。
「きれいだなあ」
暗い部分のほうが少ないんじゃないかってくらいの、ピカピカの星空。いろんな色が見える。赤、緑、青、紫、黄。でっかい星、そこそこの星、小さい星。
地球をぶっ壊した、ばかでかい石っころがこのきれいな宇宙から来たなんて、いまでも信じられない。
「お星さまのみんなー。地球を仲間外れにしないでよー」
夜空を見つめながらぶつくさ言ってやる。
そのときあたしは、目の端にちらつくなにかを見つけた。流れ星だ。小惑星の破片が、いまだに地球に振り続けている証拠。あたしは慌てて流れ星の方向を見たけれど、あっという間に消えてしまった。燃え尽きてしまったみたいだ。
「あー、間に合わなかったよお」
残念だなぁ。流れ星に三回願い事をするとそれがかなうって聞いたことがあるから、やってみたかったのに。
願い事はもう決まってるのになー。
「次は見逃さないぞ~。ほ~れ、いつでもこいや~」あたしは真上を見ながら言ってやった。
――次の瞬間。
さっきの流れ星とは違う、ずっとずっと大きくて明るい火の玉が見えた。
「えっ?」
火の玉は、あたしの真上を通って、ものすごい速さであっという間に水平線の向こうに消えていった。
しばらくして、夜の空気をぶっとばすようなドドドドーン! という轟音が聞こえてきて、地面が激しく揺れた。きっと、さっきの火の玉が海に落ちたんだ。
「――やっばい! 津波が来る!」昼間はウキウキしてたあたしの心臓が、一瞬でバキバキに凍りついた。
あたしは急いでバイクに飛び乗ると、バッグを投げ捨てて全速力で海から離れた。星のカケラはもったいなかったけど、そんなのは気にしていられなかった。
バイクのエンジン音が夜を引き裂くように響き、遠くから重い波の音が迫ってくる。
バイクは車体のあちこちからバラバラになりそうな悲鳴を上げながら、それでもあたし乗せて走り続けてくれた。
(つづく)